第4話 オレサマ オマエ マルカジリ

「おお~、異世界だあ!」


 上部に胸壁のついた防壁に囲まれた街を見て、俺のテンションは上がっていた。いかめしい門の前には行列ができている。西洋風の胸甲ブレストプレート篭手ガントレット、脛当てなどを身につけ腰に剣を吊った門番が数名並んでおり、通行希望者をひとりひとり確認してから街に入れている。行列している人々も、人間のほかに犬や猫の耳や尻尾がついた獣人やら、長い耳に緑髪のエルフやら、背が低くてガッチリした体形のドワーフなど、定番のファンタジー種族が何名もいる。人間にしても、空色やオレンジ色などの髪色が見えるあたり、いかにも異世界! といった感じがある。


 しかし、街に入るのに門番が何か確認してるんだけど、大丈夫かな?


「街に入るのに何か身分証明書みたいなものが必要そうだけど?」


「世界管理者様よりご主人様の分も含めていただいておりますので大丈夫です」


 そう言いながらアイちゃんが取り出したのは、直径二センチほどの水晶球のような透明な玉だった。世界管理者かみさまにもらってたのか。


「身分証明オーブとか、そんな感じ?」


「似たようなものですね。このオーブは悪行をすると、だんだん赤く染まっていきます。その悪行を心から反省し、教会で懺悔ざんげすると赤色は落ちます。逆に善行を行うと青く染まります」


「ああ、悪人チェッカーなのね」


「はい。この世界には厳格な戸籍や身分証明書などがあるわけではないので、大きな街に入る場合などに極悪人をチェックするために使われています。普通は、多少赤く染まった程度では止められることはございません」


「持ってない人は?」


「たいていは衛兵の詰め所に置いてある大型のオーブで善悪判定を受けることになります。中流以上の市民は自分のオーブを持っていることが多いのですが、あまり街を出ない人や、たまにしか街に行かない周辺の農村の農民、スラム街の貧民などには持ち合わせていない者も大勢おります」


「なるほど」


 そう言いながら、アイちゃんの差し出すオーブを受け取る。見てみると、少し青色がかっている。


「あれ、俺、別に善行したおぼえはないんだけど?」


「わたくしがゴブリンやオーガーを殲滅しましたので。人を襲うモンスターを倒すことは善行になります。そして、家来や使用人が行った善行は主人の善行に加算されるのです。逆に、悪行の方も主人の監督責任ということで加算されますが」


「そうなんだ」


 人の上に立つってことは、責任もあるってことなんだね。パーフェクトなメイドであるアイちゃんの場合は悪行を心配する必要はなさそうだけど。


 そんなことを思いながら行列の最後尾に並ぶ。


 そうすると前の方で大きな荷物を持った行商人風の男が隣の男と何やら大声で話をしているのが耳に入ってきたんだけど……何を言ってるのか、ちっともわからない!


「あれ、あの人が話してることが全然わからないんだけど?」


「あれは西方語ですね。このあたりで使われている言葉です。わたくしはこの世界の言葉はすべてわかりますので、通訳いたしますからご安心ください」


 神様ぁ、普通は異世界言語理解能力くれるモンじゃないの!? ……って、俺のチートはアイちゃんだから、そういった能力は全部アイちゃんの所に行っちゃってるのか!


 アイちゃんは絶対に俺を裏切らないとはいえ、自分でわからないのは不便だなあ……よし!


「俺に言葉を教えてくれないかな。あの人は何て言ってるんだ?」


「かしこまりました。少しずつ学んでまいりましょう。あの人は『骨付き肉は丸かじりにするのが美味いんだ』と言っていましたね。○×△□が『骨付き肉』で、▲■×●が『丸かじり』、☆◇※が『美味しい』です。人の話を聞くのもよいかと思いますが、まずは簡単な挨拶から始めるのがよろしいかと。たとえば『こんにちは』は……」


 そうやってアイちゃんに挨拶の言葉なんかを教わっている間に行列は進んで、俺たちの番になった。


「コンニチハ、○○××△△、ワタクシの□□……」


 ダメだ、アイちゃんの言葉のうち、ほんの少ししか理解できるものがない。でもジェスチャーでオーブを出すよう指示されたので、俺のオーブを出して門番に示す。


「トオッテイイゾ」


「アリガトウゴザイマス」


 通行を許可されたのはわかったので、片言の西方語で一応お礼を言って門を通る。壁の中の街並みも西洋の田舎町風の石造りの建物が多い。そんな街並みをキョロキョロと見回していると、アイちゃんが話しかけてきた。


「ご主人様は東方辺境の小豪族の三男で、見聞を広げるための旅行中ということにいたしました。このあたりでは下級貴族や騎士に相当する階級の出身ということになります」


「わかった。それで、まずどこへ行くのかな? 宿屋?」


「先に冒険者ギルドで魔物の討伐部位や素材を換金いたしましょう。異世界管理者様より少々の路銀はいただいておりますが、一晩の宿代くらいしかございません。ゴブリンは雀の涙ほどにしかなりませんが、オーガーの方はそれなりの金額になるはずです」


「オッケー。冒険者ギルドはどっちの方にあるのかな?」


「先ほど門番のかたにうかがいました。こちらです」


 アイちゃんに先導されて進むと、石造りの比較的大きな建物が見えてきた。扉の上には、剣が交差したマークの大きな看板が出ている。なるほど、わかりやすい。


 扉を押し開けて中に入ると、広いロビーと受付カウンターがある役所っぽいところの隣に猥雑な酒場が並んでいるという、いかにも異世界の冒険者ギルドといった作りになっていた。


「カウンターに行けばいいのかな?」


「はい、あちらの方に……」


「オイコラ!」


 アイちゃんの説明を遮るように、誰かが野太い声で俺たちに話しかけてきた。


 声の方を見ると、皮鎧に身を包んだ筋肉ムキムキのでっかいおっさんが立っていた。身長は二メートル近くありそうだ。


「オレサマ□□××、オマエ△△○○、◇◇マルカジリ☆☆シテヤロウカ!?」


 聞き分けられる単語が少ないので意味不明なんだけど、何かものすごく不穏な感じで脅されてるっぽいことはわかる。これって、もしかしなくてもテンプレ展開?

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