無人島レコード問題の結末
この手紙を読んでいる人は、おそらく海の近くに住んでいるか、海水浴場に泳ぎに来た人でしょう。それとも漁師か、釣りが趣味の人でしょうか。ともかく、私はこの手紙を赤いビニールでくるみ、頑丈そうな瓶に詰めて、海に流すつもりです。いつか、誰かの手に届くことを期待して。
私はこの手紙で、助けを求めようとしている訳ではありません。だから安心して最後まで読んでほしい。大変だ、と思って手紙を放り投げ、通報をしたりレスキュー隊に連絡したり、マスコミに持ち込んだりする必要はありません。起きてしまったことはどうしようもないし、助かる見込みもほとんど無いでしょう。
私がこの手紙を書いているのは、そう、ご想像通り、無人島です。信じられますでしょうか?こんなに分かりやすい状況、これほどにテンプレート的と言える状態に自分が置かれていることに、私自身驚いています。私に見えるのは、おそらく太平洋の、どこまでも広い海、海、海。島の周りの気候は穏やかで、波が荒れることすらほとんどありません。朝日や夕日はとんでもなく美しく、時折降る雨はかなり高い確率で虹を発生させます。虹の向こうに見える青空と海鳥の羽ばたきの、なんと美しいことか。そうした景色を見ていると、自分の置かれた状況をほんの少しの間、忘れることができるほどです。
私の置かれた状況とは何か。無人島でひとりぼっち、そのものです。なぜ私はこのような状況に置かれることになったのか?始まりは、テレビ番組の企画に応募したことです。テレビ局がスペシャル番組のために、WEB上で懸賞付きのアンケートを実施していました。アンケートの内容は、「無人島に1枚だけ音楽アルバムを持っていけるとしたら、あなたは何を選びますか?」そして、「無人島に行ってみたいですか?」
あまりに馬鹿げたことなので、逆に想像もできませんでしたが、このアンケート内容は本気だったのです。私はおふざけで、好きな音楽アルバムの名前と、「規約に同意して応募する」にチェックを入れ、「無人島に行ってみたい」にチェックを入れて、「応募」ボタンをクリックしました。あのオレンジ色のボタンを押したことがすべての間違いです。オレンジ色のボタンと、それを押した私を恨んでも恨みきれない。今でも島の木の実や果物で、鮮やかなオレンジ色のものは取るのを避けているくらいです。
話はそれましたが、どうやら抽選の結果当選したらしく、テレビ番組の制作会社ディレクターを名乗る人物から、番組参加のオファーが届きました。その内容は、約1年間、無人島で生活してみないか、というものでした。その時の私には、あぁ恐ろしいことに、このオファーが魅力的に感じられたのです。私には仕事があり、恋人もいましたが、何やら自分を取り囲むあらゆるものに不満を感じており、何か、ちょっとしたきっかけを求めていたのです。ほんの少し、時間をかけて、何か他の人と違うことをすれば、道が開けるのではないか。ほんの少し、面白い体験ができれば、その後すべての人生の角度が、より望ましい方に傾くのではないか。そんな思いがあったのです。
私は勢いで会社を退職し、無人島に向かいました。それでも後悔はしていなかった。ディレクターの男は、番組をおもしろくするために、見た目上「厳しい生活、サバイバル感」を出す必要があるが、その実裏では生活に必要なものは用意し、ドクターやレンジャーをいつでも呼ぶことができる環境を用意している、と言い、私もそれを信用していたのです。しばらくの間、その話は本当でした。数週間に一度、どこか近くの島からでしょうか、ヘリでドクターがやってきて健康診断をしてくれました。カウンセラーらしい女性も同行しており、私の話に耳を傾けて不安を解消してくれたものです。また、ヘリには生活物資が積まれており、それを置いて行ってくれた。島の中腹の平野には、簡素な小屋が建っており、その中には生活に役立つ品物がストックされていたのです。
ですが、そんな状況は長く続きませんでした。ある時、暑い、暑い夏が終わり、太陽の光が少し緩んだ頃に、突然ヘリが来なくなったのです。はじめは何かの間違いか手違いだと思い、釣りや狩の真似事をして気を紛らわせました。小屋の近くで毎日、カメラの前でその日の出来事や気持ちを語る日課も欠かさず行い続けました。ですが、1週間、2週間、3週間、1ヶ月。待ち続けても、ヘリがやってくることはありません。それでもまだ、この状況も演出のうちではないか?と思い込むことにして待ち続けました。あのディレクターの男、丸メガネの演出手法ではないか?と。そう思うと腹立たしかったのですが、ヘリが来ない言い訳の中では説得力がありました。社会実験の名の下に、人を無人島に行かせるよな人間です。ちょっとばかり人を放置しておくことくらい、日常茶飯事なのではないか、と。
そうしているうちに半年が過ぎ、そしてこの前、遂に約束の1年が過ぎました。過ぎたはずです。正確な日付はカウントしていません。誰も、島にやってくることはありませんでした。もしかすると、何らかの事故で彼らスタッフは全員亡くなってしまったのではないか?もしかすると、テレビ局自体が潰れてしまったのではないか?それとも、考えたくはありませんが、戦争や天変地異や何かで、私の故郷やもっと広い範囲の人が死に絶えてしまったのではないか?
確かめようとしても、この島からは何もわかりません。この砂浜から見えるのは、1年中変わらない青い空、白い雲、どこまでも伸びる地平線、そして輝き続ける太陽だけです。そうしてそれらの美しい自然が、私の頭の中で悪夢を生み出してしまうのです。空間と時間の無限性は、一人の人間の精神で制御できるものではありませんでした。
この手紙を受け取ったあなたにお願いしたいことは、この手紙を読んでください、ということだけです。それで私は救われる。誰かが島の外で生き続けており、この手紙を読んでさえくれていれば、私は十分に救われるのです。
つまり、この手紙を出した時点で、その確率は生じ、私の心の何割かが救われる。すでに救われている。
そういえば、あなたなら無人島にたった1枚だけ音楽アルバムを持っていけるとしたら、何を選びますか?
経験者としては、「本当に好きなものを選ぶな」とアドバイスしたい。2度と見ることができない世界の懐かしい記憶を、思い出してしまうだけだから。
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