格納区 隠し空間 4
「いやー、待たせちまったな」
思ってたよりも早く、俺は限界から勇気を出して続けて出るよりも早くに戻ってきた。
その間、イシの眼差しを受け続ける辛さを知りようもないダグはどさりと座り直した。
「で、話はどこまでだ?」
「元老院が全滅してたところじゃよ。次は、わしらが虐殺されるところじゃな」
さっくりと言うイシからは不快な感じは受けないが、内容的に申し訳ない感じがする。
それを気にする風もなく、イシは続きを続けた。
「元老院は各々が何かしらのスペシャリスト、その中で不幸にもバーナムは魔法物理学の応用、魔方陣やゴーレムの専門家じゃった。だからここのゴーレムを操れたし、ここの施設を好きに弄れた。あいつが何を思って他の元老院を皆殺しにしたのかは、知りようもない。じゃが、それを知しったわしらを口封じに動いたのは、小物らしい考えじゃろ?」
パチリ、と焚き火が爆ぜた。
それで漏れるかと思った。
ここでの尿漏れ、笑えない。
「思い出してもあっという間の、一日もかからない虐殺じゃった。わしらが元老院全滅を確認するのとほぼ同時期に、バーナムはゴーレムたちを起動しおったんじゃ。それも命令系統を勝手に弄って、わしらを攻撃するように。わしらはそんな事夢にも思ってなかったら、一方的に、殺された。わしの上司も部下も、あの娘の母親もな……」
…………静かな沈黙、多くを語らないないことが、それを多く語っていた。
「……お主ら、下に先に行ったんなら、あの水に沈む亡骸を、仲間たちを見てきたんじゃろ?」
「見てきました。凄い、数でした」
ケイの返事にイシは頷き返す。
「あれは、バーナムがやらかしたんじゃ。ああして飲み水を汚して、潰して、文字通りわしらを干上がらせようと、な。じゃが椰子の木や果物を見逃しおって、所詮はその程度の浅知恵、じゃがわしらはその浅知恵に負けたんじゃ」
重い話、なのに水の話題から加速される。
「……後は十年、ここに隠れ住んでおる。ここは未完成のエリア、紙の地図しか知らないバーナムは知らない空間、もちろんゴーレムどももここには来れない。食料の封印はわしらにはどうしようもないが、それでも下の植物や動物で食いつなげてこれた。じゃが……本当はもっといた生き残りも一人減り、二人減り、終にはわしとあの娘の二人っきり。長い歳月じゃった」
……よし、話は終わったな。
ならトイレに行ける。しんみりした空気を程よく感じてさっくりと行ってこようそうしよう。
「質問」
バニングさんの余計な質問、手を高々と上げてやがる。
「あたしらが聞いた話だと、あの娘、ヨゾラちゃんとあたしらは交戦状態だったらしいけど、それはなん」
衝撃、それは同時に起こった。
バニングさんの質問をぶったきり、魔法の灯りを弾けさせ、焚き火の炎を一瞬大きくし、俺の全身をざわつかせ、ちょっと漏らした。
それは一瞬で収まり、そして消えた。
残るのはざわつきの感覚と、湿ったふんどしだけだった。
今のはなんだと誰かが口を開く前に、バニングさんはガバリと立ち上がると、ズカズカと進んで、そしてイシの胸ぐらを掴んで引き立たせた。
「おい!」
止めようとしたダグを、バニングさんはひと睨みで黙らせる。
「……今のは過剰魔力放出現象、大きすぎる魔力が漏れて周囲に影響を与えるやつよ。あんたもまかりなりにも魔法を使うなら今のヤバさがわかるでしょ?」
バニングさんの言葉に、ダグは沈黙で肯定した。
「……普通は魔力のこもった物の、魔方陣や杖なんかの近くで局地的に起こる現象よ。だけど今のは全て、まとめてよ。これだけの規模、その魔力の絶対量は一個人どころか、国レベルの人数が集まっても全然足りない。だけど、ここには、あれがある」
「下の灯りか。あの地脈を使ってるとかいうやつの」
漏らしたことを誤魔化すようにでた俺の言葉にバニングさんは頷く。
「応えなさい。事によっちゃあ仕事とか軍とか命令とか、そんなものよりも重大な事件よ」
「ドグマです」
凄むバニングさんに、応えたのはケイだった。
そのケイにイシは目線を移す。
「秘密漏洩の責任は私が取ります」
ケイが何を言ってるのかはわからないが、これでトイレに行く前の話が伸びたことはーーわかった。
▼
イシを放し、だが座らないバニングさん、睨む鋭さはそのままだ。
それに負けないほど、ケイの言葉はしっかりとしていた。
「……ご存知の通り、我々は同盟を組んで魔王軍と戦っていました。しかし団結しても魔王軍は強大でした。そこで同盟軍上層部は倒すため、様々な作戦、計画を実行してきました。その中の一つが、ここ、ドグマです」
真面目な語り口調、加えて緊張感、トイレ、言い出せない。
「表向き、というよりも建前としては、ドグマは元老院たちの避難誘導施設及びプログラム、のことですが、そもそも重要な頭脳集団ならもっと戦線から離れた後方に置くはずです。なのにここに残されてるのは、ずばりは厄介払いが本音です。しかし、真実は違います」
俺は舌を甘噛みする。
物語の核心、ここで漏らしたら生涯の思い出にされてしまう。
最悪、このまま噛み切った方が名誉は守れるが、それは未熟云々とは別の問題だ。我慢しろ。
「……本当の目的は囮、いや餌に近いものです。彼らの頭脳は確かに有用ですし、捕虜としての価値もある。そうでなくてもこの真上は交通の要衝、魔王軍が来れば間違いなく近くに基地を設ける。ならば目障りになる。だからここを攻略に来る」
「おいまさか」
ダグの声にケイはすぐに続いた。
「プロジェクト・ドグマとは、元老院を餌に集まった魔王軍を地脈を集めた魔方陣を決壊させる事によりまとめて吹き飛ばす、巨大魔法プロジェクトです」
思ったよりでかい話に、また漏れた。
▼
沈黙は一瞬だったはずだ。
だが考えることが多すぎて、頭の中が走馬灯だった。
漏れたことも一瞬だけ忘れることができた。
「……それってどんだけの爆発だ? ドームいくつ分だ?」
ダグの質問にケイは応える。
「事前の計算では、この下の、あの灯りの魔方陣から上が丸々吹き飛ぶ威力です。ですが狙いはその後、吹き飛ばされた大量の土砂が降り注いで、埋め尽くすのが一番の被害です」
「まて、それも込みで被害はどんだけだ?」
「ダグさんにもわかりやすく言うのなら、キャンディースタジアムとビーボドームの両方が被害予測地域に入ってます」
「おい冗談だろ? もうそこらって大都市圏、自然よりも人工物ばっかの地域じゃねぇか。しかも俺の地元もほど近いし」
「ツリートランク地方も若干ですが、被る事になりますね」
「それでこの爆発はどいつが着火したの? あんたが所々で言ってたやつも関係あるの?」
バニングさんの質問にもケイは応える。
「ドグマは、いくつかの条件が重なると自動で弾ける設定になっています。それが今、何段階なのかはわかりませんが、一番最後は、ジェネラルの死亡、だったはずです」
ケイの言葉にイシは頷く。
「わしは、軍の最期の生き残りじゃが、その手続きはちゃんと受け付いておる。わしがここにいて、生きてる限り自動では発動しない。断言できる」
だったら、となって、思いたつ名前は一つしかなかった。
「バーナム、やつがまだ死んでおらず、手動で動かしておるんじゃ」
この場の誰もが息を飲んだ。
「……やつは、自分のわがままのためにわしらを殺した。なら、また来た新しい連中も躊躇わず殺すじゃろう。最悪、道連れにしても、な」
イシの言葉に俺は大きくため息を吐き出した。
これは、答えが一つしかない問題だった。
「止める、しかないか」
「しかないわよ。今から地上に出て走っても魔法からは逃げられないし」
「それにこれは、私の権限でも最優先事項と言えます」
ダグもバニングさんもケイも、同じ答えらしい。
「わしは、専門じゃないから詳しくないが、手動で発動するにもそれなりの時間がかかるらしい。じゃがそれも長くはないはずじゃ。それと、わしは行けん」
「あぁわかってる。死なれたら自動だしな」
俺はイシに答えながら素早く立つ。
着物の前がふんどしに触れないように気をつけながら、濡らさないようにしながら、誤魔化す。
……よし、なんとか目立たない。
「バーナムがいる元老院地区は植物地区の横、お主らは言ってた豚のとことは反対側じゃ。出て反対側のトイレを超えた向こうにもう一つのトイレがあって、そこは下り専用の通路になっておる。そこを出ればすぐ目の前のはずじゃ。そして中には、土塊のゴーレムとは手間暇の違うゴーレムが待ち構えておる。前のままなら、強いぞ」
イシの警告、そこに説得力は感じられても恐怖はなかった。
「まぁ、やるだけやって生き残るさ」
俺の無駄にキザなセリフと共に俺ら四人は、一斉に動き出す。
なんか、なんとも言えない連帯感、尿意が無ければ感動すらしてただろう。
まぁ、これで、途中で抜けてトイレに行けばいい話だ。
「……なぁ、なんか臭わないか?」
…………鼻の良いダグなんか大っ嫌いだ。
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