格納区 隠し空間 3
俺たちは、焚き火を囲んで座り、ケイの言葉を聞いていた。
語るのは、今までの歴史、あれからどうなったか、だ。魔王の封印、戦争の終結、戦後の混乱、現在の状況、熱心に聞き入るイシには悪いが、俺たちにとっては常識と言える内容だった。
加えて、暖かな空気に座れて伸ばせた足、ここに入ってからずっと動きっぱなしだった上に技の連発で、疲れてて、正直眠かった。
だが、寝かせてくれないのが、骨面だった。
イシの隣に座り、同じくケイの話を聞いているようだが、その眼差しはずっと俺を見ていた。
その眼差しになんの感情があるのか、知らないが、眠気を妨げるには十分だった。
「なぁ、あいつ、お前に気があるんじゃないのか?」
ガキのようなこと言ってはしゃぐダグに、突っ伏して完全に眠り込んでるバニングさん、二人のタフさは正直羨ましかった。
「……そして今回、機密解除されたこのドグマへ、こうしてやって来たのです」
ケイの何気ない一言、ドグマの単語に、イシはわずかだが確実に、その表情を変えた。
だが俺は、その意味までは理解しきれてなかった。
「いやー大変だったぜ。ゴーレムは敵対してるし、トイレは底が抜けるし、下には豚いるしよ」
やっと喋れると口を開いたダグに、骨面はガタリと反応した。
「あいつ、会ったの?」
「あぁ。悪いがきっちりと退治させてもらったぜ。バックホームみたいな突進で、よ?」
「行ってくる!」
ダグの言葉を打ち切りながら骨面は勢いよく立ち上がり、置いてあった長剣一本をひったくりながら足早に扉へ向かう。
「おい」
思わず出た俺の声に、骨面は予想外に大きなリアクションを見せ、それから話した。
「……あの豚、最後の豚、殺したなら早く解体しないと食べれるところが減る」
ボソリと、だが早口で言うと、そのまま骨面は出て行った。
なんか、どうやら俺は嫌われてるらしい。
「許してやってくれ。あの娘にとっては、お主に負けたのがショックだったんじゃ」
静かなイシの声、そのシワだらけの顔を最小限に動かして、笑顔を形作った。
「あの娘は、ここでは最強の存在じゃった。ワシなんかは言うに及ばず、ゴーレムにも、他のどんな生き物よりも強い。外の世界でもいっぱしとして通用するじゃろうし、実際入ってきた連中も殺さずに退けれたと言っておった。そんな中で、互角以上に戦えたお主の存在は、あの娘にとっては、特別なんじゃ。それに」
イシの表情に影が入る。
「それに、これから話すことを、あの娘には聞かせたくない」
静かで、なのに重く、強い言葉に、ピリリと、空気が引き締まる。
それは、それだけ重要な話が始まる、というのと同時に、脅しでもあった。
それだけ重要な事柄ということなのだろう。
「……話してください。ここで何があったのか」
「わしゃあああ!!」
ケイのやたらとシリアスな声音に、タイミングは良いのか悪いのか、バニングさんも奇声を上げて飛び起きた。
▼
「……初めは、全て訓練通りじゃった」
重い空気が流れる。
ケイはわからないが、ダグもバニングさんも、今までにない真面目な表情、無理もない。これから話されるのはここでの全てだ。嫌でも気が引き締まる。
だからトイレに行きたいからちょっと待ってて、とは言い出せなかった。
……未熟としか言いようがない。
だが出そうなのは仕方ない。ゆっくりと暖かい焚き火の前に座って気が緩んだのもあるだろう。
幸い小さい方だが、その我慢の限度はさほど遠くない。
言うべきか、と言うか言うべきだ。まだ始めだし、これが感情の盛り上がったクライマックスでジョバるのは、最悪だ。
しかしトイレ、と一言言っても、すぐ近くにあるとは限らない。少なくともここにその種の匂いはしてないから、どこか遠くの、落ちたところと同じようなトイレがあるのだろう。もしかしたら外に出てゴーレムを避けて、のルートかもしれない。
それで行って帰ってくる前に寿命を迎えて、とはバカにした考えだろう。
ならば漏らすより場を壊した方がマシだ。
「あの時、魔王軍の接近は、はっきり言えば予想通りじゃった。だから特に混乱もなく、スムーズにここに入れたのを覚えておる」
あぁ、俺は未熟だ。タイミングを逃した。
「拍子抜けするほど呆気なく、元老院全員を収納し、わしらも全員入れた。ここはまだ未完成じゃったが、篭る分には十分機能しておった……そして問題なく最初の五年は過ぎていったんじゃ」
懐かしそうに、イシは語る。
「……五年、と言ってもやることはいっぱいあった。未完成の内装、食料自給のための動植物の世話、それにゴーレムも、大きなものはわしらの手作りじゃった。それが軌道に乗って、訓練に当てられる時間が増えて、そして最初の節目の五年目を迎えたんじゃ。事前の行動計画では五年ごとに、最高責任者の元老院がここから出るかの協議が行われるのじゃが、大方の予想通り封印続行と出された」
イシの表情は懐かしそうに、嬉しそうに語る。それが、一瞬にして曇った。
「思えば……その頃から少しずつおかしくなっていたんじゃな。平時、元老院とわしらは隔絶されておった。ただ週に一度の定時連絡のみで、あとはダンマリじゃった。だが、その頃からそれすらなくなっておった。初めは、ここに当てられたんじゃなと深くは、いや違う意味での心配をしておった。わしらは、この閉鎖空間で耐えられるかの適性検査をクリアしたもので構成されておったが、元老院はその点は素人、ノイローゼにでもかかったのかと、な。それが間違っておったとわかるのは、五年の節目から一月ほど過ぎたあたりじゃった」
人知れずふくらはぎを抓る。でないと出てしまう。
「いきなりの定時連絡の復活、だが中身は支離滅裂な命令じゃった。ゴーレムを指定のモデルに変えろ、元老院を讃える歌を歌え、起きた後と寝る前に跪いて感謝の祈りを捧げよ……初めは冗談だと笑い飛ばしておった。じゃが……ある日あの男が出てきたんじゃ。あの、バーナムの野郎がな」
「バーナムって、まさか元老院のですか?」
ケイの驚きの声に、イシはゆっくりとはっきりと頷いた。
「やつは出てきて、それで今までのふざけた命令が実際に実行されてるか見て回りやがったんじゃ。そしてやってなかったら、いや気に入らなかったら手の鉄の棒で殴りつけてきおった。それこそ血が出るまでな」
静かで、憎しみのこもったイシの声に、ケイは続けなかった。
「……思い出しても悲惨な毎日じゃった。なにせどんなに酷いことをされても命令は絶対、逆らうなとなだめて回った隊長が不憫でならなかった。そんなわしらの、唯一の拠り所は、産まれたばかりのヨゾラじゃった」
「ヨゾラ?」
「あの娘じゃよ」
バニングさんの疑問にイシは小さく笑いかえす。
「キラキラした目をした、わしらの希望、あの娘おかげでわしらは頑張れた。だが……皮肉にもあの娘が反乱のきっかけとなったんじゃ」
イシは、ぎゅっと目を瞑った。
「……あの娘がすくすくと育つにつれて、外のことを知りたがった。空は? 海は? 風は? それに応えられても見せることはできない。だから、二度目の五年目、入って十年の節目に、まだ篭ると言われた時に、反乱という言葉が噴き出たんじゃ」
イシが目を開く。そこに感情は読み取れない。
ただ、もう少しで終わりそうなので助かる。
「わしらは、非常時において元老院側への強行突入の権利が許されておった。そのための手続きもあったが、それを全部終わらせて、あくる日、彼らの居住区へと踏み込んだんじゃ。そこで、未だに悔やまれるのが、あのバーナムが中にいる時に踏み込んだこと、ただ一つが未だに悔やみきれん」
「それは、先回りされたってこと?」
バニングさんの問いに、イシは自嘲の笑いを浮かべた。
「まさにその通りじゃ。ただしそれは、おそらくは五年以上前からじゃろう。突入に加わったわしが見つけたのは、事切れて干からびた元老院たちの亡骸じゃった」
「ちょっとタイム!」
大声とともにダグが勢いよく立ち上がる。
「話の途中だがちょっとトイレ行ってくる」
そう言ってスタスタとドアへと向かう。
「あ、あぁ、なら来た道とは反対側に進むと向かい側にトイレがあるから、そこを利用するといい」
「わかった。すぐ済ます」
言って小走りになるダグ、正直そのふてぶてしさは羨ましいが、その背中を見送るイシの、寂しげな眼差しを見てしまった俺は、俺には、未熟なので我慢するしか選択肢がなかった。
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