格納区 隠し空間 2
割れて抜けた床のタイル自体は小さかったが、その下に掘り抜かれたトンネルは思ったよりも広く、でも浅かった。
流石に立っては無理だが、中腰でなら進める程度で、下がって進んですぐに上がる、これは壁を潜って抜けるためのトンネルらしい。竹での補強はここも同じだが、ここはより多く頑丈に、といった感じだった。
そんなトンネルだから、落ちたバニングさんには目立ったダメージもなく、だからこそ絶望的に不機嫌となった。
……今までの倍以上の灯りを飛ばしつつ、無言で先を行くバニングさんに、ケイの移動を手伝ってくれとは、言い出せなかった。
「何でお前まで、待ってろよ外で」
代わりに愚痴りながらケイのドラム缶な頭を引っ張る。
トンネルの幅としては、体積的にはケイが通るには十分な空間はある。しかし、匍匐前進できないケイの動力源は引っ張る俺と押してるはずのダグだけだった。
「いえ、これは私がいないといけないんです」
何の使命に目覚めたのか、ケイは揺るがぬ決心で俺に引っ張られてる。
「なぁ、今だけでもいいからこれ脱げないのか?」
「無理です」
俺のほぼ懇願な質問に即答しやがる。
「このタワーアーマーは内外から特殊なネジ穴のネジで接合されてまして、自力でも脱ぐことはできないんです」
「おいそれって、水に落ちたらお終いじゃないか」
「いえ、この鎧は水に浮くんです」
「だべってないでちゃんと引っ張れ。野球は集中力が命だぞ」
「お前こそちゃんと押してるのかよ」
「押してるにきまってるだろ。優勝胴上げクラスの労働だぞ」
「あれって一人一人の力大したことないだろ」
「おぉ! お前もやっぱり野球が」
「うるさいよあんたたち」
ピシャリと俺らの会話を黙らせたバニングさんは、登り坂の先、トンネルの外に頭を出して、辺りを一瞥すると、すぐさま出て行った。
慌てて追いかけ、出ると、隠されていた空間はかなり広かった。
正確には、今までと同じような通路が伸びていた。角度的には外壁に垂直方向に、外へと向かっているようだ。
「アレね。多分、出入り口として途中まで作ってやめた通路ね」
バニングさんは呟きながらまた灯りを増やす。
……と、その廊下の先に人影がいた。
それは間違いなく、骨面だった。
息を飲み、刀に手をかけ、身構える。
…………だが、骨面は何も持たない両手を掲げて見せた。
そこに、戦闘の意思は、見られなかった。
「……迎えに、来た」
小さく、なのにこの距離でもはっきりと聞こえる、透き通った声は、骨の面の裏から聞こえて来た。
「ジェネラル、が、待ってる」
その声は、まだ幼い少女の声だった。
▼
ケイを引っ張り上げ、骨面に続いて隠し空間を進む。
思ったより長い廊下を先行く骨面は、警戒は続いているのか時折振り返る。
その背中を、斬りつけるなんて考えは浮かびもしなかった。
非武装の少女、それも件のジェネラルというキーワードを唱えるその口を、閉ざすのは兵士でも剣士でも問題外だからだ。
……それで、無言のまま、たどり着いたのは、扉の前だった。
この廊下はまだまだ奥まで伸びている。その途中にある扉もまた、今まで見てきた扉と同じ作りで、だが開閉回数が多いからか、傷や凹みが見て取れた。
その扉に骨面がノックする。
「ジージ、連れてきたよ」
骨面が言うと同時に扉を開けると、中からまた魔法とは違った灯りが漏れ出た。
骨面の肩越しに中を覗くと、そこそこ広い部屋だった。中心には焚き火が燃えてて、煙はどう流れてるのか篭ってはおらず、その火は盾に手を加えたらしい鍋を炙っていた。揺らめく灯りに照らされて様々な物が見て取れた。
壁に立てかけてあるのは骨面が振るっていたのと同じ長剣が何本か、その手前には木箱と、その上には竹を編んだらしいカゴ、その中には下の植物の所の物か、木の実や芋やらが乗せてある。それに骨面の材料らしい顔の骨に、布やら鎧やらが角に雑多に積まれている。
そして、焚き火を挟んで向かい側、部屋の一番奥に鎮座するのは、ミノタウルスだったらしい、ミイラだった。
白く皺だらけで、傷だらけの顔、目は落ち窪んで、その体は骨と皮だけと痩せ細り、ただ炎の揺らめきの中で、胡座をかいた姿勢で、事切れていた。
「ジージ、連れてきたよ」
そんなミノタウルスに、ミイラに、普通に骨面は近く。
…………無理もない。
この骨面が、何者で、ここでどれだけ暮らしてて、このミノタウルスがいつこうなったのかは、知りようもないが、こんな閉鎖空間で動くのはゴーレムと豚だけが全ての世界で、こうなるのは、そうなのだろう。
それに言葉を亡くしたのは俺だけでないらしく、誰かが張り詰めたようなため息を吐き出していた。
「ジージ?」
骨面はそんな俺らを気にすることもなくミイラに近づいて、その肩に手をかけ、小さく揺すった。
カクン、と首が垂れる。
「うぉ! なんじゃなんじゃなんじゃなんじゃ!」
ミイラ動いた生きていた。
覚醒、立ち上がり、どこに隠してたのか杖だか棒だかを振り回して、俺らを見た。
そして構える。
…………すごい、が俺の感想だった。
ただその杖の先を俺らに向けただけ、なのに老てなおぶれないその姿勢は、熟練の戦士を思わせた。
俺は無意識に刀に手を伸ばしていた。
斬る、つもりはなくとも、構えなければここに立っていられない、そんな気迫を感じさせていた。
「認識コード」
ケイが小さくともはっきりとした声で一声、あげると、ミノタウルスの構えが若干だがぶれた。
「認識コードは猿、スプーン、神様、鶏、あと血液にカップル。認証を」
「に、認証コード受任、友軍と認める」
「軍特務司令よりの伝令、現時刻を持って全ての作戦行動の終了です。任務は完了しましたジェネラル・イシ」
イシ、と呼ばれたミノタウルスは、既に構えを解いていた。
その目には薄っすらとだが、涙が浮かんでいるようにも見える。
その姿を、骨面は不思議そうな眼差しで見つめていた。
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