格納区 トイレ

 戦場で、漏らすやつは珍しくなかった。


 恐怖で、力み過ぎて、行く暇なくて、気がついたら、大も小もなくそそうする。


 それを、横から破けて漏れなくて良かった、と笑って流すのが俺の戦場だった。


 …………その戦場から戻ってこれた今更漏らすとは想像もしてなかった。


 しみじみと思う、もう帰りたい。


 魔法の灯り一つの下で、やたらと広いトイレの個室にて、脱いだふんどしに水筒の水を吸わせ、絞ってを繰り返してる姿は、自分が思ってる以上に間抜けだろう。


 ……もう、ホントに帰りたい。


 そこに追い討ちをかけるように、もう一つの灯りが近づいて来やがる。


「よー、大丈夫かぁ?」


「うるさい。黙れ。こっち来るな」


 ズカズカと来るダグを睨みつけるもその足は止められず、隣の個室に入られた。


「これでも一応ヒーラーだからな、チームメイトの体調管理も仕事の内だ」


 言葉に続いてそしてすぐさま水音が続く。


「おい、お前はもう出してたんじゃないのかよ」


「それも含めて話ておきたいことがある」


「なんだまた野球か?」


「いや、ヨゾラちゃんのことだ」


「ちゃんってお前」


「真面目な話だ」


 チグハグなダグの声のトーンに、思わず手が止まる。


「あの時おれはここに来てない。外にいたあの娘と話してたんだ」


「豚の所に行ってなかったのか」


「あぁ、おれらとイシとが一緒にいることが気になって戻って来たらしい。それで、立ち聞きしてて、おれとも少し話せた」


「どうだった?」


「野球そのものを知らなかったよ」


「だろうな」


「そして自身の出生の秘密を知らないようだった」


「……そうか」


「まぁそこらは、デリカシーの範囲内だから詳しく訊かなかったが、お前は、気がついてたか?」


「どれだ?」


「あの娘の目だよ。ここの闇の中で灯りも持たずに跳んで走る。夜目が利くやつは珍しくないが、同時にこの灯りに目が眩まないのは、はっきり言って珍しい。思い当たるのはただ一つ」


「地脈か?」


「あぁその影響だ。俗に言う仙人とか言うやつだろう。ここで十数年、浴びて更にそれで育った食い物ばかり食ってたら何かしら影響が出る。あの豚みたいにな。そして重要なのは、そういう生き物は、人間を含めて珍しく、どこの研究機関も欲しがってるって話だ」


「……穏やかな話じゃないな」


「あぁそうだ。加えてここで産まれたってことは、公式に出生記録も出されてないだろうし、あの陰謀論に対する守秘義務もサインしてない。まぁそこらはおれらも一緒だが、一応、おれらは最初の契約でなんとかなれる。だがあの娘はここの闇から別の闇へと連れてかれる。最初に出くわした時に喧嘩腰だったのもそこらへんだろう」


「そうか、出た後も考えないといけないな」


 応えてから止まってた手を再び動かす。


 ……もう水はほとんど使い果たした。匂いも染みも消えたし、問題ないだろう。


「……驚いたな。普通はまだ先だと、今は試合に集中しようって言い返すとこだろ」


「知るかよ。ムカつくバーナムとか言うバニングと名前被ってる元老院斬って終いだろ? 言うほど未来でもないだろ」


 応えつつふんどしを締め直し、残った水を飲み干す。


「もうさっさと終わらせて帰りたいんだよ」


「あぁ、そうだな」


「それと、俺が言うのもなんなんだが」


「なんだ? やっぱ野球がないと寂しいか?」


「いや、長いな」


「あ? あぁ、一試合見続けるには長っがい時間座りっぱなしだからな。膀胱は鍛えられてる」


「そうか…………先出てるぞ」


「おう」


 ダグを残して出て行っても、水の音は続いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る