格納区 1
ノコギリを暮石代わりとして突き立て、黙祷、先へと進む。
それで入ったこちらのトイレは、湿気のせいなのか、かなりカビてて臭く、一番奥の壁など腐り落ちて、俺らが落ちてきた時と同じような坂がむき出しとなっていた。
ただ明確に異なる点が一つ、坂には竹を編んで作られた道があった。それも、竹を重ねた梯子なんてレベルでなくて、むしろ矢倉に近い、立派な建築物だった。
柱も梁も、最低三本の竹を束ね、同じく床も何本も竹を並べて、丁寧に段差を作って階段としてある。しかもご丁寧に表面を擦ってざらつかせて、滑りにくくまでしてる。
驚くべきはその接合方法だ。多少は蔦などで縛りつけているが、大半は竹を削って凸凹を作り、それを組み合わせ、竹の釘で止めて固定してある。それが延々と、上まで続いているのだ。
高い技術、本気を出せば竹だけで城さえも造れそうだ。蔦を使うのだって、見れば腐ったり折れたりした箇所を修復するためだけに見える。
驚くべき手間暇、高い技術、この道の作者からは熱意のようなものが感じられた。
……但し、その熱意は悲しいがな、ドラム缶のことは考えてないようだった。
ダグと協力してケイを持ち上げ、運び上げ、息が上がる。
暗い中、肉体労働、魔法の灯りだけで、それも亡骸を見たばかりのテンションに、言葉など出てくるはずもなかった。
ただただ苦行の登り作業、沈黙のまま、なんとか上まで登りきった。
ここまでの戦闘よりも移動の方が体力を削る。これは、戦場でもよくある話だが、だからと言っていい話なわけがない。
それを飲み込む意味もあって、到着の沈黙だった。
……たどり着いたのはまたトイレ、こちらはカビこそ少ないが、湿気で湿った床が滑った。
坂道を改めて見上げても、竹の道はここで行き止まり、先に進むには新たな道を探さなければならなかった。
「ここは、多分ですが、格納区だと思います」
運ばれてただけのケイは、なぜだか疲れた声だった。
「ここには外部から持ち込まれた、食料などの消耗品が保管されてるはずです」
「んなこと言っても残ってないだろ? 少なくとも腐ってて延長コールドだ」
「いえ、腐りはしてないと思いますよ」
腰を捻ってるダグをケイは否定する。
「これは、実物を見た方が早いと思います」
そう言って先に行こうとするケイをすかさずバニングさんが手を伸ばし、遮って止める。
「先ずは、休憩よ」
切れ切れな一言に、ケイの返事はなかったが、納得したようだった。
▼
……ただ呼吸を整えるだけの時間、それでもケイは俺から距離をとり、バニングさんはあの睨みつける眼差しを向け、ダグは素振りしてた。
思い思いの休息、それで深呼吸、息を整え落ち着いて、それぞれ十分だという確認のアイコンタクトを交わしてから、改めて先へ外へと進む。
トイレの外に広がるのは、最初のあの、ひたすらだるい、廊下とドアだけの通路だった。それが左右と正面に伸びている。先が真っ暗で見えないのまでも一緒だった。
「まーた確認してくのねー」
バニングさんのらしくない、うんざりと言う声が小さく響く。
「いえ、ここは必要ないと思います」
言ってケイは前に進み出て、正面通路右手のドアを一つ、指差した。
「魔方陣がわかりますか? これは封印の印です。これが機能している間は中は封印され、時間が停止した状態にあります。原理としてはあの魔王を封じ込めたのの小型版なんです。部屋丸ごとの缶詰、みたいなものです」
ドラム缶の缶詰発言、ギャグとしてはイマイチだ。
「ただし封じるには専門の術者と、時間と労力、何よりも多大な魔力が必要となるので再封印は無理かと。それに空の部屋を封印する意味もありませんし」
「質問だけど、中に生き物、人を入れた場合はどうなるんだ?」
俺の質問に、答えたのはバニングさんだった。
「封印ってのは、要するに時間を含めた一切の力が働らかない状態を言うのよ。だから腐らないし劣化しない。だけど同時にそのものが持っている力も取り除いちゃうわけ。それは魔力だけじゃなくって、呼吸とか鼓動とか、生きるのに必要な力も弾いちゃう。だからもしも生き物が封印されちゃったら、呼吸も鼓動も止まった気絶状態で解放される。そこから急いで回復魔法をかけたら復活できるかもしれないけど、できても後遺症を考えると分の悪いギャンブルね」
「詳しいんだな」
ダグの一言にバニングさんはフフンと鼻を鳴らす。
「封印は古くからある魔法なのよ。それで遺体を保存したり、未来永劫を目指したり、封印自体を利用したトラップまである。魔法としてもトレジャーハンターとしても常識よ」
なんて説明を聞いてると、灯りが見えた。
方向は正面、俺らは外壁を背にしてるから中央からだ。
バニングさんに促されるまでもなく抜刀、構えながら前に出る。
その灯りは一つだけ、小刻みに揺れながら近ずいてきているようだ。同時に足音も一つ、だんだんと大きくなってくる。
そしてバニングさんの灯りに照らされ現れたのは、鎧姿の男だった。
左手にランタン、右手に片手斧、手甲と胸当てが金属で、残りは革か何かの鎧、頭には真っ赤なバンダナを巻いている。小さな目でパッとしないその顔は、恐怖とも焦りとも取れる差し迫った感じだった。
……今回参加した連中の顔を全部覚えてるわけじゃないが、少なくとも一緒に入った連中の中にこいつはいなかった、はずだ。
「止まれ!」
俺の一声に男は三歩進んでから従った。
一瞬の絶望の表情から、はたと気がついた表情、そして頭からバンダナを剥ぎ取り、栗色の髪を振り乱しながら降って見せた。
…………それが仲間同志の確認手段だと思い出すのに二呼吸かかった。
その間抜けを誤魔化すためにゆっくりと手を伸ばし、鞘を引き抜いてそこの赤い布を振り返した。
途端、男は泣きそうな顔になってこちらに駆け寄ってきた。
俺には、嫌な予感しかしなかった。
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