格納区 2

 ……男を落ち着かせるためには水が必要だった。


 乞われ、最初に出せた俺から水筒をもぎ取ると、男は一気に飲みだした。


 ……持ち主の俺がまだ口もつけてないのに、と渋らないほどには、俺は未熟じゃなかった。


 で、三分の二ほどを飲み干して、男はやっと声を発した。


「ありがとう、助かった」


 言って口を袖で拭うと、男はその場にへたり込んだ。


「それで、何があったんだ?」


 質問したのはへたり込んだ男からだった。


 この男、なかなか図太い神経をしてる。


「私たちは、最初の偵察チームの第二十班です。入ってしばらく進んだところで突如大量の、竹槍を持ったソイルゴーレムに襲われて、逃げ込んだトイレから下層へ落ちてたんです」


「そいつは、汚いな」


 男はバンダナを頭に巻き直しながら言いやがる。


「そっちこそ、あんたもあいつら竹槍に追われてきたんじゃないの?」


 バニングさんの質問に男は首を横に降る。


「なら、最初から話す。あの巨蛇が崩れた後、お前らが偵察に入ってからしばらくして、一緒に入ってった一チームが逃げ帰ってきたんだ、その竹槍どもに追われてな。最初はパニックだったが、竹槍どもが分散しなくてよ。出てきたそれを囲って突いて叩いて、最後は魔法で吹っ飛ばしてトドメ、かたづけた。即席なのに綺麗に連携が入ってかなり盛り上がったぜ」


 小さく笑った男は、すぐに表情を曇らせた。


「それで落ち着いてから、先に入った連中の救助に、と俺らが投入されたんだ。各個撃破は得策じゃないからって、俺を含めて残ってた戦力の半分がまとまって中に入ってった。それで、第一階層は普通に行けた。敵も罠もなんもなくてよ。先行チームも何人かは回収できて、それでそのまま中央階段を下へと、ここへと降りてきたんだ。ここにもあいつら竹槍は沢山いて、だけどこちらもそれなりにいたから対応できた。それで、でっかい扉にたどり着いたんだ。役人たちはそこをファクトリーって呼んでやがった」


 ガチャリ、と反応したのはケイだった。


「中に入ったんですか?」


「いや無理だ。そこから竹槍どもが湧き出てたんだからな。それでも押し込んで、数減らして、もう少しで中にってタイミングで、あいつが来やがったんだ。あの、骨面がよぉ」


 骨面、あの剣士か。


「……初めは、はぐれた仲間かと思った。思えば目印の赤い布もなかったけどよ、確認する余裕なんかなかった。そこに、斬り込んできやがったんだ。それもよりにもよって戦列の後方、魔法使いのバックアップによ」


 男の声は苦々しい。


「……結果、前列と後列が分断、連携が崩ずされ、更に骨面が前列にも斬り込んで来やがって挟み撃ちに、大パニックの中で誰かが派手に魔法をぶっ放して天井崩落、命からがら逃げ出して、それからはぐれてずっとさ迷ってたってわけだよ」


「崩壊ってったって、そんな音も揺れもあったか?」


 ダグの言う通り、俺はそれらしいものを感じてなかった。


「おい嘘だろ。あんだけの音だぜ。だいぶ経ってるけどよ」


 男の口ぶり、嘘っぽくはない。


「まぁ各区画はかなり離れてるみたいだからねぇ」


 バニングさんが呑気に言う。


「……そこに、ファクトリーに向かいましょう」


 ケイが、らしくない厳しい声を出した。


「確認しないと、これは最優先事項です。方向はわりますね」


 返事も待たずにケイは進み出す。


「冗談じゃねぇ!」


 それを止めたのは他ならぬ男だった。


 疲弊してたのも何処へやら、素早く立ち上がると、ケイの前に立ちふさがった。


「俺たちはお前らの言う通りに突入してこのザマだ! あんなゴーレムどももあの骨面も聞いてなかった! それだけならまだしもお前らはファクトリーに手を出すなとぬかしやがった! 挙句勝手に命令下して混乱させて、そんだけでどんだけ被害が出たと思ってんだよ!」


「それは! ……それが、あなたたちの仕事じゃないですか」


「あぁあいつらもそんなことをのたまわってたよ。これが仕事だ、お前らは知らなくていい、とにかく手を出すな、終いには死ねってか? ふざけんじゃねぇぞ」


 男の声は静かで、なのに迫力がある。


 この感じ、やばい。


「二人とも落ち着いて、まずはキャッチボールからだ」


 ダグが体を二人の間に滑りこませる。


「お互いをリスペクトし合うのがスポーツマンシップだ。今はわだかまりもあるだろうが警告試合は良くない。何があっても次の試合ではなぁ」


 ただでさえわけのわからない野球話が余計にこんがらがってる。それだけダグもテンパってるってことなんだろう。


 そうさせるだけ、男の手斧がギラついていた。


 と、男の頭上にまた一つ、魔法の灯りが灯った。


「……どっち道、上に戻るんなら方向はそっちよ」


 バニングさんの普段通りといった感じの声、杖が指す先は、男が来た方向だった。


「先ずは外に出る。途中で崩落現場に出くわしたなら可能な限り救助する。ファクトリーとやらは今は無視する。敵とは可能な限り戦わない。で、どうよ?」


 ……バニングさんの提案に誰も何も応えなかった。だがそれは、承認の沈黙だった。


 男は黙って手斧を引っ込める。


「決まりね」


 それだけ言って、バニングさんが歩き出す。


 それを俺を含めて誰も止めず、ただ従い付いて行った。


 ▼


 自然と、男はバニングさんと俺との間に入った。


 ケイと一緒はまずいし、いざとなったら止められるのは俺だけだろう、というのは暗黙の共通認識らしい。


 そんな移動中、当然会話などなく、なので男の名前すら名乗らぬまま、ギスギスしたままだった。


 そんな空気だから、足の裏から伝わる床の温もりなんかを話題にあげられないでいた。


 まぁ、少し考えれば、この真下があの、植物を照らしてた太陽代わりの魔方陣があるんだろうとは想像できる。それだけの話でわざわざ話題にあげるものではないだろう。むしろ、この静寂をこんな話題で崩して肝心な時に会話が断裂することの方が問題だ。


 なので、黙って歩く。


 気まずい中で進む廊下に通り過ぎるドア、それらを一々確認しなくても構わないのは、せめてもの救いだった。


 …………そうして、いくつかの十字路を抜けて、たどり着いたのは、ひらけた空間だった。


 破れたランタンなのか落ちた松明なのか、そこらには灯りが点在していてそれなりに明るい。


 床に散らばる瓦礫は天井のものだろう。見上げれば上の階層の天井が、それと崩れ切ってない壁の断面がここからでも覗けた。


 左右の壁も崩れて穴が空き、奥に見える大きな扉は向こう側へと大きく凹んでいた。


 その瓦礫に隠れるように、影に隠れて武器や装備、ゴーレムやゴーレム以外が転がっていた。


 臭いは、幸いと言うべきか、ただただ焦げ臭かった。


 まさに激戦の跡地、男が話していた、逃げて来た戦場はここのことだろう。


 だがもはや争いは終結し、ほとんど音も無く、蠢いているのは、ゴーレムの隊列だけだった。


 緑の覆面に手には竹槍、上で見たゴーレムとお揃いだが、流石に全てが無事だったわけではないらしく、数はまばら、合わせて十か二十かといったところだろう。それも片手が足りないもの、首がねじ曲がってるもの、その胸に剣が深々と突き刺さってるもの、個々にダメージがあるのが見て取れた。


 さながら亡者の行進とも言えるゴーレムの群れ、その異形を際立たせてるのは、その中心に蠢く、一際大きな、なにかだった。


 全身のイメージは蜘蛛に近い。ゴーレムに囲まれ時折隙間から見える本体らしき体は馬車ほども大きく、流線型で、そこから伸びるのは長く無数の足、それらは一度上に向かってから弧を描いて下に向いている。それとは別に忙しなく動いてる前足は、先が人の手だった。その指は親指が両端にあって、右手にも左手にも見える。そんな手が落ち葉のように下へと伸びては瓦礫を掴み、ひっくり返したり、崩れたゴーレムを引き上げたりしている。そしてそれらを持ち上げ、凝視する顔は……大きく赤く光る二つの目に左右に開く口、それでも人に見える造形、悪趣味としか言いようがなかった。


「ファクトリー、起動してる」


 ぼそりとケイが名を呼んだ悪趣味は、周囲のゴーレム共々、こちらの魔法の灯りが見えていないようで、隊列を崩さぬようにかゆっくりと移動していた。


 ……こいつらが何者かは知らないが、まだ見つかってないのなら逃げることも可能だろう。


 バニングさんのハンドサインに従い、ゆっくりと後退してゆく。


 思い出す限りでは、ここまでの道はほぼ真っ直ぐだった。となれば、回り道は最初の出発点からの迂回となる。面倒な話だ。


 と、ファクトリーと呼ばれた蜘蛛人間が、なにか大きな塊を吊るしあげた。


 見なきゃよかった、というのは未熟者の考え、それは、人だった。


 血となにかで汚れた衣服はローブだろう。掴まれ引き上げられた右腕は細く、白く、周囲のゴーレムと比べてもその体は小さい。また別の、ファクトリーの伸びてきた腕が掴み、動かして観察されるその顔は、瞼を閉じた女のものだった。


 ……その女がケホリと咳をした。


 途端、囲っていたゴーレムたちが反応した。吊るされた女へ向き直り、揃って竹槍を突きつける。


 女は動かない。いや、動けないのだろう。


 その喉元に迫る竹槍、その動きと同時に、男が手斧を振り上げ雄叫びを上げた。


 響く咆哮、当然ゴーレムはこちらを向く。


 ……これで、逃げる、という選択肢は消え去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る