植物地区 1

 土、草、遠くに林、遠くに竹、湿った空気、暖かな光、ここは地上の風土よりも俺の国に近いが、なんとも言えない違和感が漂っていた。


 そんな中で、ここは腰の高さまで生い茂った草原の真ん中だった。


 やたらと緑の濃い草の葉、時折でかい草が伸びてるが、その下にあのマンドラゴラが埋まってるんだろう。それらが生えてない地面には石畳の道が、それに沿うように点々とベンチが並んでいる。


 まるで公園、といった風景だった。


「おい。これ手伝え」


「あ、あぁ」


 ダグに応え、巻きつけた根を刀で切り落としながらも、視線は上を向いていた。


 空は灰色だった。それも変にキラキラしていて、俺の知る空じゃない。おそらくそれは天井だろう。


 それを支えるような太くて高い大樹が、竹林の向こうにそびえていた。方角的に、多分あれが中央への道を塞いだ根の正体だろう。


「ここは植物地区ですね」


 自由になったケイが説明する。


「各区画から出た汚水やゴミを一度下の下水処理区に集めて肥料にし、それをここで植物に与えることで再利用する。現在でも引けを取らない最先端技術なんです」


 ケイの声にはどこか自慢げな感じが混じってた。


「ありゃー、どうやって光らせてんだ」


 言いながらダグが指差したのは、大樹の手前の天井で輝く……何かだった。眩しくて直視できないが、確かに光源のようなものがあるような気がする。


「あれは、パワーストーンです。魔力で光る宝石、今でも高価ですが、それを集めて天井に並べて、地脈の利用して光らせてるです。ここは、正確な場所はお教えできませんが、その地脈の合流地点なんです」


「はぁ?」


 揚々と説明するケイに被せるように、思いっきり不機嫌な声を、バニングさんがあげた。


「地脈? 冗談でしょ? 地脈って言うのは、森や川や山から流れる魔力が自然と集まってできた力の奔流よ? その合流地点となれば、どんなに小さくてもとんでもない魔力になる。それこそ、一国に暮らす人間の魔力を束ねても届かないほどにね。それをこの規模で利用とか、正気とは思えないわ」


 喧嘩口調のバニングさんにケイも噛みつき返す。


「おっしゃる通り、地脈の力が膨大なのは確かです。ですが、だからと言って一概に危険だとは限りません。現にその上でも普通に生活できてますし、これはその流れを少し利用しただけ、風車や水車と同じことです」


「風車や水車はマグマは使わないでしょが。それに危険性は量だけじゃなくて質もよ。それを考えたらさっきのマンドラゴラも納得でしょうが」


「地脈による突然変異は未だに立証されてません!」


「立証されてないのと存在しないのとは違うでしょうが!」


 口論はついに怒鳴り合い、睨み合いへと悪化する。


「よしわかった!」


 パン、と手を叩いてダグが間に入る。


「ここはひとつ、キャッチボールしよう。共に野球すれば絆が産まれる。それが野球の素晴らしさだ」


 ダグの提案に、二人は揃って無視することにしたようだった。


「だったら、こんな地下で密閉された空間で一定量以上の魔力を安定供給するにはどうすれば良いって言うんですか!」


「その答えはできない、よ。予算だ効率だと言って問題無視して滅茶苦茶やって、そのツケを国民に払わせるのはやめてもらいたいわねお役人さん」


「私の立場と地脈の安全性とは別の話じゃないですか!」


「だからそういうのが!」


 ……二人の言い争いはしばらく続いた。


 俺には、それを止める術がなかった。


 ▼


「とりあえず移動しよう」


 なんとかタイミングを見て、絞り出した俺の提案に、三人は従った。


 だが進む俺らに、会話は無かった。


 ……喧嘩してるケイとバニングさんはまだしも、野球を無視されたからってダグまで不機嫌になるのは勘弁してほしい。


 むっつりと黙って石畳を進む。


 方向は外周へ。


 中央の階段はもう、あの大樹に飲まれてるだろうと諦めての選択だった。


 少なくとも俺はそう判断して歩いてる。だが、会話が途絶えてるので他も同じかは知りようがない。


 ……別に、こんな所で生涯の友を作る趣味はないが、それでもこの険悪な空気で先に進むのは色々と問題だ。


 なんとかしないと、とは思えても、具体的にどうすれば良いかなど思いつきもしない。


 できるのは、どこにもつかずに中立でいて、いざという時に中継役になれるようにしておくことだ。


 だから、黙って、進む。


 列は、草原を抜け、かなり生い茂った林へと入る。


 林の木々はなんの木かは知らないが、ソコソコの高さで、太い枝には緑の葉と白い小さな花が咲いていた。


 木の根には巻き付いた蔦がある。これは知ってる、山芋だ。山芋は、生で食える種もあるらしいが、こいつがそうかまではわからなかった。


 それを横目に見ていると、先頭のバニングさんが止まった。


 振り向きもせず、無言で静かに先方を指差した。


 横に並び、目を凝らせば、動く影が複数、そいつらはピンク色だった。


「どうせまたゴーレムだろ? さっさと行こうぜ」


 言って先に行こうとするダグをさすがに行かせるわけにはいかない。手を伸ばし、遮って止める。


「なんだよ。真面目だな」


「バカ言うな。俺たちがここに落ちたのはそのゴーレムのせいだろが」


「そりゃ、あれだけの数がいたからだろ? あの数ならここでも無理だが、幾ら何でもこんな野球できそうなだだっ広い場所で囲まれるまで気がつかない、なんてありえないだろ。ここはトイレじゃあねぇんだし」


 ジロリと見るダグを、バニングさんはギロリと睨み返す。


「それは、敵かどうかもわからない相手に先制攻撃仕掛けるバカがいなければの話よ」


「なんだと?」


「そうでしょ? 無害だったマンドラゴラに叫ばせたのは誰だったかしらね?」


「ありゃ、おかげで上がれたんだろが」


「それは結果論で……」


 また白熱しそうな口論に吸い寄せられるようにピンク色が枝と枝との間に現れた。


 まだ距離はあるが、はっきりと見える。それはやっぱりゴーレムだった。


 数は、それなりにいるようだが、どういうわけだか小さな筆を持って花を撫でて……あ。


「受粉させてんのかあれ」


 納得して思わず声を出してしまった。


 思えばそれがここの違和感の正体、即ち虫が一切いないこととも繋がる。


 完全隔離で虫を締め出した弊害で雄しべと雌しべを結ぶ生き物がここにはいないのだろう。だからゴーレムを使ってそれをさせるとは、非効率な感じがする。


「な……何言ってんですかこのばっきゃろう!」


 甲高い、まるで少女の悲鳴のような声を、ケイがあげた。


「そういう話をこんなとこでしないで下さい! 不謹慎すぎます!」


 この声はもう完全に、耳まで真っ赤だ。


 ……俺もそれなりに色んなやつに会ってきて、下ネタが苦手なやつとは何人か知ってるが、それでもまさか、受粉、それも比喩でもなんでもない真っ直ぐな意味で、こうも真っ赤になるやつは初めてだった。


 それはもう、ピュアを通り越して一周回って変な性癖に目覚めてるんじゃないか、とも思うが、余計な口論の火種を持ち込むこともないだろう。


 思い立ち止まってる俺たちの前に、ゴーレムが迫る。だが受粉作業の手は止めない。耳まで真っ赤な声を聞く耳はないらしい。


 それでも迂闊に近寄るのは問題だ。右か左か迂回すべきだろう。


 どちらにするかバニングさんが決める前にまた、がさり、と音がした。


 今度は左側、木の列二つほど向こう側で、無視できない音量で、それが近寄って来ていた。


「今度は何色のゴーレムだ?」


 ダグが茶化すのとほぼ同時に、そいつは枝と枝との間に顔を突き出した。


 ……そいつは、豚だった。

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