汚水処理区 2

 筒状の通路は網目状に広がってるようで、あれからいくつもの十字路を通り抜けた。


 あれから何度かゴーレムたちに遭遇してるがなんの問題もなかった。一度なんぞ角を曲がったところでばったり出くわしたが、やつらは攻撃どころか道を避けて行ってしまった。


 バニングさんの言う通り、すれ違いざまの悪臭を除けば、ここのゴーレムは無害らしい。


 それもあって、進む足取りに危機感は薄れてる。


 かく言う俺も、警戒しながらではあるが、何度かあくびを噛み殺してた。


 不味いな、と思った矢先に足が止まった。


 行く手を阻んだのは、木の根の壁だった。


 天井を突き抜け、床に届くそれらは格子状におり重なり、通路を埋め尽くしていた。


「この先が、中心なんだけどねぇ」


 どうしようもないと言った感じでバニングさんが呟く。


 言われて目を凝らせば確かに、根と根との隙間の向こうにまた空間があり、その向こうにうっすらとだが、根が這いずる螺旋状の階段らしき影が見えている。


 確かに、この先が中心らしく、上に行ける、はずのようだった。


 試しに根を一本、刀を抜いて斬りつけてみる。


 勢いを乗せず、腕力だけの斬撃に、根は斬れず、ただしなるだけだった。それでも何度も擦り付けてやっと半分ほどの切れ込みができた。この分だと、切断は可能だろうが、人が通れる空間をとなると、日数で計算しないといけない問題だ。タチの悪いことに湿った生木だから焼くのも難しい。


 そうまでしてたどり着いたとして、その肝心の階段も、隙間から見える限り、木の根に埋もれて半分崩れていた。上に上がれる確証はなかった。


「こっからじゃ無理だな」


 ダグの一言は俺と同意見だった。


「どうしましょうか?」


 ケイの声は泣きそうだ。


「他の道を探すしかないだろ」


 刀を戻しながらの俺の言葉を、誰も否定しなかった。


 ▼


 道を戻り、印を残しながら曲がらなかった十字路を曲がる。


 こちらは若干カーブしていて、想像するに中心を中心として円を描いているようだ。つまり、ここの道は蜘蛛の巣状に作られてるようだった。


 なのでまた次の角を曲がればまや中心に、そこまでを遮る根の壁に突き当たる。


 それを繰り返して繰り返して繰り返して……長々歩いて結局ぐるりと一周、最初の印まで戻ってきてしまった。


 結論、中央への道は全滅だった。


「どうするんですか?」


 ケイの声は前よりも悲壮感が強くなってる。


「こうなったらまたトイレね」


 バニングさんが印を残しながら言う。


「この規模で言う通りの人数を想定してるならトイレはあれだけじゃ数が足りない。それにそのためのゴーレムが散々歩き回ってるわけだし、他にも滑ってきたのと同じような穴があるでしょね」


「おい冗談だろ。出したもんが流れたとこを攀じ登れってか?」


「他にある?」


 ダグの悪態にバニングさんは厳しい目線を送る。


「救助を待つって手もあるけど、あの大軍を攻略するのは難しいだろうし、下手すれば全滅もありえる。よしんば上手く行っても、あの根を取り除くだけでも手間よ。その間待ってられる? 言っとくけど、あたしの水と食料はあげないからね」


 バニングさんの現実的な現状分析にダグはぐうの音も出ないようだった。


「それじゃあ決まりね。あの居住区、落ちてきたとこの間取りだとた多分左右対称のはずだから、こっちね」


 バニングさんは自信満々に来た道を戻る。


 続いてゾロゾロと行って、いくつ目かの十字路を、今度は中央に背を向けて曲がる。


 先は闇、もう見慣れた道を寡黙に進んでいった。


 ▼


 変わらない風景、それでもだいぶ歩いたはずだ。感覚としてはもうすぐ外壁に戻れるはずだ。そこにトイレの穴があるはずだ。


 全ては憶測、あやふやな希望、それでもまだ先がやれることがあると思えば足も動く。


 ……穴があったとして、それをまた登るとなると、それはそれで気が滅入る。


 ピタリ、とバニングさんが止まる。


 それに続いて俺らも止まる。


「なんだまたバカゴーレムかぁ?」


 ダグの軽口、だけどバニングさんは片手を上げてそれを制する。


 真面目な脅威、忘れかけてた緊張感、改めて身構える。


 風がなびいた。


 頬を撫でるその空気は生暖かく、湿っていて、少なくともここの空気とは違う空気だった。


「In lucem ire」


 短いバニングさんの呪文、光が一つ飛んで行く。


 そして照らし出された空間に浮かび上がったのは人のシルエット、それが天井より吊るし下ろされていた。


「ヒィ!」


 ケイの声に弾けるように俺は刀に手を伸ばす。


 ……だが当然と言えば当然だが、シルエットは動かなかった。


「木の根、か?」


 ダグの一声に全体の空気が緩んだ。


 確かに、シルエットは、よく見れば土くれがまとわりついていて、末端には細長い毛のようなものが伸びている。手足のバランスも正しくはない。


 少なくとも死体ではないらしく一安心、それと同時にこんな紛らわしい根がなんかあったな、と俺は思った。


「なんだよ紛らわしい」


 言うダグは振りかぶっていた。


 片足で立ち、体を捻り、まさに全力を込めた感じで一球、投げられる。


 その白い玉が指先より離れるのとほぼ同時に、俺は思い出していた。


 『マンドラゴラ』高い薬効のある草花だ。その根は人の形をしていて、自衛のためか、引き抜かれるととんでもない悲鳴をあげるという。


 嫌な予感、だがダグを止めるには遅すぎて、玉を止めるには速すぎた。


 投げられた白球はグングン伸びて、よりにもよって根の顔にあたる部分に見事に当たった。


 その衝撃に、ボロボロと土くれが剥がれ落ちてゆく。


 ……確かマンドラゴラは、安全に引き抜くために犬に引かせると聞いた。つまりは犬が引き抜けるサイズということだ。ならば遠目でも人と間違えられるサイズのアレは違うだろう。


 だが土くれが剥がれて露わになったのは、真っ白な美女の顔、それの表情がクワリと厳しいものに変わるや、絶叫した。


「きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 金属を擦るに似た高い音が筒の中で反響し鼓膜を刺す。


 あぁ糞、という自分の悪態さえも聞こえなくなる爆音、小さな耳に唾を練りこみ、指をねじ込んでも緩和されない。


 と、視界の端に、膝をつくバニングさんが見えた。


 これはまずい。なんとかしなければ冗談抜きに、やばい。


 と、今度は、またダグが振りかぶっていた。


 そのまま発射、だが今度の白球は、これをやらかした時に比べて明らかに速度が落ちていた。


 それでもコントロールはバツグンで、白球はマンドラゴラの絶叫する口にズッポリとはまった。こんな間抜けでも声は止まった。


「今だ!」


 イかれた俺の耳では誰が言ったのかまでは聞き取れなかったが、言われなくともわかっていた。


 両手を刀に戻して、地を蹴り加速する。


 擦れる風、狭まる間合い、唸る魂、相手を斬る覚悟はすでに胸にある。


 人知れず息を飲み、加速を立体へ。


 右足一本で床を跳び、壁を蹴り、天井を踏み切ってのさらに加速、加速、加速、錐揉み回転しながらの抜刀、そのまま渾身の一突きを放つ。



 ヘケト流剣術『おろし



 突進、回転、落下を加えた渾身の突撃は、俺の体得した技の中で上の威力、マンドラゴラの首から下を抉り飛ばす余りある威力だった。


 返り血代わりに青臭い汁がかかる。


 久方ぶりに放った技だが、上手くいった。


 安堵から、着地と同時に息を吐く。と、同時に背後で何かが落ちた音がした。


 振り返れば転がる白球、そして絶叫が再開された。


「きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 最初と同じか、それ以上の音響、耳を手で押さえずにはいられない。


 思えば、相手は植物、ならば本体が根とは限らない、のか?


 皮膚さえ揺らす音量に思考もかき消される。


 このままでは不味い。


 次は頭、粉砕し黙らせねば。


 覚悟し、構え、身構えた矢先、崩壊した。


 崩れ落ちる天井、立ち込める土埃、違う音で耳が塞がれた。


 その中で、押しつぶされるマンドラゴラと、目があった気がした。


 ▼


 崩壊は、思ったより軽微だった。


 崩れた天井と土が山となってはいるが、それでも乗り越えられる程度、道を塞ぐほどではない。


 ただ、その下から滲み出てるのは、潰れたマンドラゴラの体液だろう。相手が植物だったとは言え、いい気分ではなかった。


 相手への哀れみ、未熟な証拠だ。


「上で飼育してたのがここまで下りてきたんだと思います」


 いつの間にか隣に来てたケイが静かに言う。


「密閉されたここで回復魔法が常に上手く使えるとは限りません。むしろ使い手が病気になる可能性もあります。それに備えて薬草の類も持ち込んでいたのだと」


「マンドラゴラって、こんなに育つものなの?」


 バニングさんの疑問に、応えられるものはここにはいなかった。


 ただわかるのは、上があると言うことだ。


 ふんどしで刀を拭いながら見上げれば、ぽっかりと開いた穴から、眩い光が差し込んでくる。それは暖かく、まるで日差しのようだった。


 ……バニングさんがまたのあの睨みになってるが、気がつかないふりをしておこう。


「……こっから上がるのが確実かぁ」


 ダグが呟き、それを否定するものはいなかった。


 ▼


 予想通り、問題はケイだけだった。


 脚力自慢の俺はもちろん、ダグもバニングさんも、最初の何もない空間さえ越えられれば、後は自力で攀じ登れた。


 だがケイは、ドラム缶なので無理だった。


 幸いにも、開いた穴の周囲には蔦のような長い根が張っていて、そのままロープ代わりにでき、それで縛って引き上げることができた。


 なので最初にバニングさん、次にダグを上に上げ、次に根で縛られたケイ、落下を阻止するために何故か俺が下について踏ん張り、押し上げる。


 結び目と重心の関係で横になってるケイの中を覗けいないな、なんて考えながらやっと上に押し出し、ようやく俺も、上に出れた。


 ……そこはまるで外のようだった。

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