居住区 1
門の前に再び並ぶと、中へ入るであろう人数は門が開く前の半分程に減っていた。
負傷したのはあのドラム缶だけの筈だから、残りはビビったか、逃げ出したか、何にしろ働き手が減った分、こちらの仕事が増えたことになる。
俺も足腰が、と言ってサボりたい気分だが、さすがにあの一太刀見せて無理です、は通じないだろう。
諦めて大蛇の瓦礫を超える。
覗き込んだ門の中は動く影もなく、それどころか真っ暗で何も見えなかった。
……ランタン忘れた。
あれだけ時間があって、門が開いた後も暇があって、この日のために新品のランタン買っておいて忘れるとか、未熟なんてレベルじゃない。
だがこの先は闇、見えなければ話にならない。
ここは恥を忍んで取りに戻るしかない。
と、思った目の前に、ポワン、と光がたゆたった。
白色、綿毛のようなハエのような、フワフワ浮かびながらも俺から一定の距離を保ち続ける。
これは知ってる。
『ウィルオウィスプ』確か光の精霊を召喚する魔法で、レベルとしては初歩のものらしい。魔法のまの字も知らない俺に、ましてや灯りを忘れるうっかりさんに、それを値踏みする資格はない。
それが、バニングさんの方から流れてきた。
「動かないで」
言いながら杖をダグへ向け、声に続いて判別不能な呪文が続く。
「Hoc stultus in lumine!」
呪文が紡がれ、完結し、新たな光がダグへと向かう。
……こうして瞬く間に一人一つ、合わせて四つの光が灯った。
「ほっといてもずっとついてくるし、丸一日は消えないよ。だけど魔法とはいえこの光には実体があるから、強い衝撃を当たると消えるからね」
説明するバニングさんの額には汗の雫が吹き出ていた。単なる実力不足か、それとも初期の魔法のとはいえ四つを唱えるのはしんどいのか、多用はできないと思っといたほうがいいだろう。
それで改めて、門をくぐった。
魔法の灯りは十二分に明るく、歩くのも、おそらくは戦闘にも支障はないだろう。ただそれでも闇が残るのは気になる。視覚だけでなく、五感を持って警戒するに越したことはない。
それで、最初に出たのはひらけた空間だった。敵影はなし。扇状に何もなく、まだ残る大蛇の尻尾を避けて通っても十分な広さだった。
その先は腰の高さの石のブロックがぐるりと囲っている。これは堀代わりだろう。侵入者に対してこいつに隠れながら矢を射るための遮蔽物だ。
だがそれだけ、綺麗なもので、人影亡骸はもちろん、傷一つない。新品同様、といっていいだろう。
……ただ一つ、足跡だけがあった。
この空間から出られる三つの分かれ道、正面奥への扉と、左右外壁を伝う扉、そのどれもが半開きで、足跡が続くのは、真ん中だけだった。
「私達の担当は右側です」
勝手に進むケイを追い抜いた俺を追い抜いて、バニングさんが半開きの扉をチェックする。
重そうな金属の扉、わずかに動かしただけで軋んだ音がする。
「大丈夫、罠はないよ」
バニングさんの言葉に、そうだシーフも兼任なのだと思い出しつつ追い抜いて扉の向こうへと出る。
その先も真っ暗ながら、廊下が左へ大きくカーブして伸びてるのがわかる。右手外壁側には当然の壁で、一方の左手内側には等間隔に普通サイズのドアが並んでいた。その扉の数、いっぱい。数える気にもなれない。
「覚え書きには最初の階層は居住区だとありました。ならばこれらのドアは個室だと考えられます。その正確な部屋数は不明ですが、設計上は約千人まで収納できるようになってるはずです。ですから個室もそれだけを収容できる数でしょう」
いつの間にか隣に来てたケイが説明してきた。
「その一つ一つを漏れなく確認するのが、私たちの最初の役割です」
ケイがあっさりと、クソ面倒なことをほざきやがった。
▼
最初に、バニングさんがドアをチェックする。
その間、俺が先を、ダグが来た道を見張り、間にケイを囲う。
異常なしとバニングさんが判断したら俺と交代し、ケイを少し離してからドアを開いて覗き込む。
間取りは、どの部屋も全部同じだった。
質素な木の椅子と机、空の戸棚、ベットらしい段差はあっても毛布も枕もない。
これが全部だ。
罠も無ければ人影もなく、それどころか埃すら積もってない。椅子も机も置く場所が決められてるのか、印を残してなければ前と今との違いすらわからない。
そんなのを一々確認し、無害と判断したらまたバニングさんと交代し、更に罠が無いのを確認してやっとケイの出番となる。
ドラム缶な体をあちこちにぶつけながら中を見て回り、異常なし回収するものなし、と判断されて、最後に閉じたドアにチョークで済みの印を描き残してようやく一部屋が終わる。
……それが延々と繰り返してきた。
もうこれが何部屋目だか数えてない。
これからあと何部屋見なければならないのか、数えたくもない。
ざっくりと計算するならば、千人分の広さに入ったのが三百人ぐらい。防衛施設なら、より安全な奥深くに固まって、というのがセオリーだから、今見ているような外側にはいないと想像できる。
それでも、念のため、全てを見て潰す、という方針は間違ってない。ないが、人数的な不足はいなめない。
首を回して鳴らしながら見る先は、光の届く限り終わらない廊下、聞こえてくるのは作業の音と、暇な二人の会話だった。
「このドグマは全四階層になっていまして、重要度の高い階層ほど深くに作られてるんです」
「だったら寝起きするスペースを第一階層に持ってくるのはまずいんじゃないか?」
「いえ、これで合ってるんです。個人のパーソナルスペースが贅沢品なのは従軍経験がお有りならおわかり頂けるかと」
「まぁな。確かに個室よりも武器や食料の方が大事っちゃあ大事だな。で、野球場は第三階層か?」
ダグとケイ、軽く会話してる二人は打ち解けたように見える。だが実際はやることなくて仕方なく暇つぶしに付き合ってるんだろう。少なくともケイの話す熱量はかなり冷めていた。
……それだけ退屈な作業だった。
淡々と仕事をこなしてるバニングさんと入れ替わり、何度目かの部屋を覗く。
……問題無し。
変わらぬ単調な作業、持久力よりも忍耐力がいる。
入り口の大蛇に比べれば地味で、それ以上に苦痛な作業に、不平不満も吐き出したいが、 真面目に着々と作業するバニングさんの手前、そうもいかない。
細かく小さく、でも致命的な罠に対するチェックに比べれば、ありえない待ち伏せへの対策など、大した作業ではない。
なので黙って己の仕事をこなし、次の扉前に移る。
と、内側の壁に久方ぶりにドア以外が見えた。
方角的には中央へ向かう廊下だ。外縁を回り続ける廊下と二股に分かれていた。
バニングさんとのアイコンタクト、睨まれるでなく交わしたコミュニケーションで、先に中央への廊下を覗き込む。
見えるのは光の届く限りの退屈、左右に並ぶドアとドアだった。
その向こうに同じような部屋があり、その全てをチェックするのだ。
絶望しかない。
「曲がらずまっすぐで、先に外周からお願いします」
ケイに言われて、中央への廊下を警戒しつつ、飛ばした部屋をチェックし、中央への廊下を超えて、その向こうにまだ続く部屋をチェックして……何部屋目かでまた代わり映えしない作業に戻った。
「今日は利用する予定ではありませんが、各階層の上り下りは中央の螺旋階段のみで、それも階層ごとに閉ざされてます。それを自由に開けられるのは、ここでは私だけなんです」
「なんだよ真ん中にそんなかさばるもの置いたらますます野球やる場所なくなるじゃないか」
「しょうがないんです。ここは地下で、なので上には分厚い土の天井があります。それを支えるための柱が中心にないと……」
大事かもしれないが興味ない話を聞き流しながら新しい部屋の中をチェックする。
新しい部屋も前の部屋と同じで代わり映えしなかった。
退屈はまだ続いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます