ゲート前 2
問題が起こることもなく時間は過ぎた。
配給の不味いスープを飲み干す。薪が足りないから緩いのはまだ許せるが、塩味が薄く味もない。ただ茹でた芋の浸かる茹で汁だが、これ以上を求めるのは贅沢だろう。
それを飲み干して、荷物の整理をする。
今回はここにベースキャンプを作るので、持ち運ぶのは装備と、非常用の水と食料だけでいい。楽といえば楽だ。
まとめて藍色の風呂敷に包んで左肩から右脇へと通して背中に固定する。出し入れは不便だが、こうしておかないと戦いの最中に落とすのだ。
……だが今は包むだけで置いておく。
これでもう、もうやれることもなくなって、後は待つだけだ。
俺は壁際に腰掛け、時間を潰しに周囲を観察する。
ダグは、驚いたことに何人かを集めて野球とやらをやっていた。
天井低いからバントのみ、とかいうよくわからないルールで人を集め、それなりの人数が集まり仲良く遊べてるのを見ると、野球は俺が思っているよりもメジャーなのかもしれない。
バニングさんは、見当たらない。おそらくトイレ探しの旅に出たのだろう。あの樽に並ぶのはもっぱら男ばかりで、もともと少ない女の姿は皆無だった。
ならどこで済ませてるのか、それをわざわざ追求するのは無粋だ。
それと、驚いたことにケイのようなドラム缶は一人じゃなかった。
見た限り二十以上、識別はできないが、各パーティに一人の割り当てらしい。ここから見てると、その並びから上下関係や派閥のようなものもあるようで、上には上の苦労があるのだろう。
他の奴らもせわしなく動いている。が、俺にはやることが思いつかない。
だから、寝た。
体力温存は基本中の基本だ。
▼
…………目覚めたら、ちょうど時間のようだった。
それぞれパーティがドラム缶を先頭に門に向かって縦に並ばされてる。
軽く伸びをしながら風呂敷を背負い、向かうと、俺が最後だった。
汗だくで肩で息してる野球バカと、不機嫌オーラ全開のパンク女の横を通り抜け、背の順という屈辱に並ぶ。
正面のドラム缶はこれが前か後ろかもわからなかった。
それで……並んで……まさかそこから長い長いお話が始まるとは思わなかった。
門の前に積み重ねられた木箱、その上のドラム缶がここで一番偉いらしい。反響しててもジジィとわかる声で長々と、挨拶に始まり素人相手の諸注意に移り、歴史になったあたりから聞き流した。
こんなの軍隊でもなかった。あったのは学生時代まで遡る。
地味に体力と精神力が削られる。
体力温存が鉄則のヒーラーやマジシャンが貧血で倒れてく。
話の内容は全く頭に入ってこないが、ドラム缶どもが無能なのははっきりとわかった。
辛抱しきれず、騒ぎ出したパーティがポツポツ現れ、それに律儀に偉いドラム缶が応答し、喧嘩腰になって、一触即発となったところでお話はようやく終わった。
それでまぁ、ドラム缶ごとに列が移動する。
「私たち二十班は最初のルーティーンです。このままゲートの前に集合して下さい」
ケイに言われるまま、門の前まで移動する。
門は、両開きのようだった。この距離では、表面はツルツルで、つなぎ目とドアノブの位置にある拳サイズの紋章が無ければそびえる壁にしか見えないだろう。
その紋章の前に別のドラム缶が立っていた。
カシャリと音がして、何か作業をしてるようだが、ここからだと見えなかった。
「考えたら、閉じ篭っても入り口埋められちまえばお終いじゃねぇか」
ダグがぼそりと呟く。
「バカじゃないの? そんなことしたら中のお宝手に入らないじゃないの」
バニングさんがまんまバカにしたように言う。
「最初の探索は最初の区画のみで引き上げです。中の地図は残されてないので、はぐれないよう注意してください」
咎めるでなく淡々と説明するケイ、その声にも緊張感はない。
まぁ、話の限りでは中からの脅威は少ないだろう。そう思えば楽な仕事だ。
と、地響きのような音を立てて門が開き。合わせて前に立ってたドラム缶は後ろへと下がる。
垣間見る中身は暗闇で、風もないがそれでも埃の匂いが漂ってくる。
そして巨大な顎が飛び出した。
ガツン、とドラム缶を咥えて持ち上げ、鎌首をもたげたのは、石の大蛇だった。
人を余裕で丸呑みできそうな大きな口に太い体、天井に頭を擦り付けるほどの巨体は灰色の石だろう。
そいつが、赤い目で俺たちを見下ろしている。
そこに響きわたる金属が軋む音、石の牙がドラム缶に食い込んでいた。
「ぎゃあああああああああああ!」
ドラム缶の絶叫、プチュリと噛み潰されて中身が飛び出るまでさほどかかるまい。
それでようやく全体が動き出した。
大半は距離をとった。正確には逃げ出した。使えない烏合の衆だ。
一部は、多くはドラム缶が、その場に止まった。どうしていいかわかってないんだろう。
こちらもケイは固まっていたが、ダグとバニングさんは止まりつつもそれぞれ得物を引き抜き構えていた。
他に比べたら優秀だ。だが、迎撃に出たのは俺だけだった。
ヘケト特有の脚力が産み出すひと蹴りで烏合の衆を飛び越える。
逃げ惑う目に俺は映らず、邪魔なく着地、構える俺の前に人はなく、ただ石の大蛇のみがいた。
垂れる顎、軋むドラム缶、その真下へ、一足飛びで詰める。
大蛇の反応はない。問題なく着地、同時に直角へ飛び跳ね、右手で抜刀、構え、刀の峰に左手をそえて斬り込んだ。
ヘケト流剣術『上昇気流』
一飛びの加速で懐に入り、そこから直角に跳ね上げての首刈り、流れる風の登りになぞらえたこの技は、初歩に区分される単純な技でありながら、このような大きな相手を殺すために生み出された必殺剣だった。
届かぬ距離を飛び越えるがヘケト流の極意であった。
技名を叫ぶに短い跳躍、からの激突、火花、確かな手応え、だがあぁ未熟者、角度もタイミングも完璧な一断ちは、狙い通り顎の付け根に切り入るも、それなのに切断には至らなかった。渾身の一太刀は、ただヒビを走らせるに止まった。
油断も鈍りもない。なのに首を落とせない。これは純粋な技量不足、未熟としか言いようがなかった。
それでも、ヒビの入った顎は大蛇の噛む力に耐えきれず、噛みしめるにつれてヒビは広がり、顎から後頭部へぐるりと巡り、そしてピシリと首が落ちた。
同時に落下する巨石に巻き込まれぬよう一蹴りいれて距離を取り、さらに着地と同時にさらに蹴って距離をさらに離した。
その目前、大蛇の首と、首をなくした巨体が地響き立て、崩れ落ちた。
未熟なりにも、これで問題は無くなった。
……ただ楽な仕事という夢も消え去った。
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