ゲート前 1
「どうもありがとう」
野球スキンヘッドと一緒に助け起こしたドラム缶に礼を言われる。
「それで、早速ですが依頼内容の説明に入りたいと思います。こちらへ」
仕切り直して先に進むドラム缶、こいつは雇い主側らしい。どうやって歩いてるのか、遠目には滑ってるようにしか見えないドラム缶は悲しいがな、俺よりも背が高かった。
別に、種族としては平均的な背丈で、僻むようなことではないが、周りが俺より高い風景は、好きではない。
まぁしょうがない、と思いながらついてったドラム缶は、小さな灯りの篝火の近くで止まり、半回転した。
「それでは、まずはじめに、守秘義務に同意頂いたという書類にサインを頂きます」
守秘義務、他言無用、は珍しいことじゃない。が、仕事内容すら明かす前にサインを、というのは初めてだった。
嫌な予感は、ほのかにする。
「しない、って言ってたら?」
初めてパンク女が喋った。なんか凄みのあるしゃがれた声、ハスキーボイスってやつだろう。
「サインを頂けない場合は契約不成立ということで、このまま馬車に乗って帰って頂きます。ここまでのギャラは発生しますが、如何しますか?」
ドラム缶の返答にパンク女は肩をすくめた。
「わかった。署名するよ」
同意見だ。ここまで来てまた帰るだけなら割に合わない。
無言だがスキンヘッドも同じらしい。
「わかりました」
言うなり、ドラム缶のこっちを向いてる面が引き戸のようにカシャリと開いた。そこからヌっと突き出てきたのは手、ご丁寧に鉄のガンドレッドでがっちり硬めてた太い手だった。その光沢のある指先が三枚の紙を差し出してる。
「どうぞ」
言われて、それぞれを俺とスキンヘッドとパンク女で受け取り、車座に座りながら各々読み確認する。
……概ね普通の守秘義務の書類だ。ただ気になるのは有効期限が五十年ほどとやたら長い事だが、問題ないだろう。
……問題、ペンがない。
「よろしければ」
カシャリと差し出されたのは羽ペン、それにインク壺、用意が良い。
その両方を俺が受け取り、床に座って署名する。このペン、書きやすい。良いものなんだろう。
「コリナス・オレイ、とは、こりゃなかなか送りバントが上手そうなな名前だな」
覗き込んで勝手に俺の名を音読するスキンヘッドから書類を引き離し、代わりに羽ペンとインク壺を突き出す。
「怒んなよ。おれはダグだ。ダグ・ディンガー。ダグは高僧からもらった名前だが、実は同姓同名で有名な野球選手もいてな」
野球話をしながらサインするスキンヘッド改めダグ、こいつは野球の話を止めると死ぬ呪いにかかってるらしい。うざったいことだ。
「こっちにもかして」
署名し終わるとダグはパンク女に羽ペンを回す。
「レイよ。レイ・バニング」
受け取ったパンク女は名乗る。まだとっつきにくい感じではあるが、もう睨んではないようだ。何だったんだ、あれは。
「ちょっと待ってください」
ドラム缶より慌てたような声が響く。
「あの、失礼ですが、イボンコ・バニングさんでは?」
ドラム缶の問いかけに、パンク女の手が止まる。
「……知らないよ。そんな名前」
わかりやすく目線を逸らしてる。
「えーっと、そうですか。ならお帰り下さい。我々が依頼するつもりなのはイボンコ・バニングさんです。あなたでは」
「あーそうよ! 親がどっかの将軍から取ってきてつけた名前がそのイボンコよ! だから何? 通称のレイの方がこの業界じゃあ有名なんだからね!」
ヒステリックに喚かれ、でもドラム缶は冷静だった。
「有名かどうかは知りません。ですが正式な名前でないと公文書偽造で法に抵触する恐れが」
「わかったよもう!」
パンク女、イボンコは書類に殴り書くとそれを丸めてドラム缶の開いてる中へとねじ込んだ。
「これで文句ないでしょ!」
言い捨てて、そしてこちらを思いっきり睨んでくる。
「いい? あんたらも、その名前で呼んだらただじゃあ、おかないからね」
「「わかりましたバニングさん」」
パンク女、イボンコ、バニングさんに睨まれなが俺とダグはいそいそとサインし、紙をドラム缶に返す。
睨まれなくてもめんどくさい女なのは間違いなさそうだ。
受け取ったドラム缶の手が中に引っ込み、カシャリと引き戸が閉まる。
「……確かに、それでは全員参加ということで早速説明を」
「ちょっと待て」
思わず俺は声を挟む。
「何ですか? えっと、コリナスさん」
「いや、確認だが、これで全員か? この四人でか?」
「えっと、我々以外のパーティも同時に入る予定ですが、中では別行動なので、この四人ででの行動ですね」
「それで、えっとおたくは」
「ケイです。ケイ・シェパードです」
「それじゃあケイさん。あんたはそんな格好だが、戦闘とかに参戦できるのか?」
「いえ、こんな格好ですが、原則戦闘不参加で、みなさまに警護してもらう形になると思います」
「大問題だ」
きつい口調になってると自覚ははる。雇用主に噛み付く愚かさも自覚してる。が、大事なことなので容赦しない。
「俺の知る限り、これからダンジョンに潜るとは聞いてる。なら、このパーティ、人数が足りてない。ただでさえ突貫で組んでるのにこれじゃあ、せめてもう二人、内の一人は罠検知と解除のできるシーフがいないと話にならない」
これは俺が、戦場で身に染みた教訓だった。こうした人工物の罠は専門家でないと見破れない。それを知らずに何度えらい目にあったことか、誰かさんの野球と同じぐらいに語れる。
そして俺はえらい目にあうのが嫌いだった。
「できるよ、あたし」
手を挙げたのはイボンコ、じゃなくて、バニングさんだった。
「魔法と両方得意できるよ。トレジャーハンターだからね」
バニングさんはまだ不機嫌な感じだ。でもこっちを睨んでないだけマシになったんだろう。
その腕前は、自称となるが、それは皆同じだから言いっこなし、だろう。
「……シーフはわかった。だがそれでも足りない。正面戦闘要員が俺一人じゃ全員を守りきれない」
「おいおい、俺も守る必要はないだろ」
ダグがこれ見よがしに棍棒を構えて見せる。野球バカは歳だけ食ってバカのままらしい。
「回復役が一番の要だ。お前が倒れたら誰がお前を治療すんだよ。ヒーラーが最優先でガードする。軍ではそうだったろ?」
歳上に常識を教えることほど悲しいことはない。
「いえ、そういう心配は少ない思われます」
しかめっ面のダグの代わりに、ケイがやたらと自信ありげに言い切る。
「先ず最初申し上げますのは、今回の依頼はダンジョン攻略とありましたが、正確にはダンジョンではありません。そもそもあちらに見えるゲート、およびその先の地下施設は我が国が作り上げたものなんです」
ケイはドラム缶で表情なんかわかりっこないが、声は明らかに事務的で、何度も連取してきた感じがする。つまりこれは、想定内の質問ってことか。
「事の始まりは先の大戦まで遡ります。迫り来る魔王軍を目前にして、王直下の助言機関である元老院の四十五名、および直属警備隊二百名が忽然と消える事件が発生しました。混乱を防ぐため長い間事件は隠されてたのですが、大戦が終わり、新たな元老院が組織されたこともあって、大規模に調査することとなったのです。そしてたどり着いたのが、あのゲートでした」
あの、と言うのは向こうに見える門のことだろう。
「要人を秘密裏に匿い、援軍が来るまで籠城するための地下施設、コードネームはドグマ、と呼ばれるシェルターです。存在自体が機密扱いだったため特定に時間がかかりましたが、中に入ったところまでは確定です」
「つまり、敵前逃亡してここ逃げ込んだってか?」
ダグは声に皮肉を隠すそぶりもない。
当然の反応だ。俺より歳上なら確実に大戦に参加してただろう。想うことは、多いはずだ。
「元老院は上位の機密にも通じていて、捕虜になった時の損失は計り知れません。それを回避するために優先的に避難を、というのは行動規定にもあり、何ら非難することではないと判断されます。話を戻しても?」
ケイの強目の言葉にダグは黙り込んだ。楯突くデメリットはさすがに知ってるらしい。
「……続けます。それで、このドグマは当時の最新技術で建てられました。地下ゆえの土と石の壁に加えて更に強固な結界を張り、堅めてある、現在の技術をもってしても出入り不能と言われる鉄壁の守りです。この結界を外すには結界の中の魔法陣に直接アクセスするか、摩耗によりゲートの結界が弱まる二十年後を待たないといけないんです」
「その二十年後がもうすぐ?」
バニングさんの問いに……ケイはなかなか返事しない。
「ねぇ?」
「その通り、正確にはあと半日ほどです」
遅れてのケイの返事、なんだよこいつ。
「ここまで説明すればおわかりかと思いますが、今回の依頼は、第一に元老院および内部の人員の救出、第二に内部の調査、第三に危険性の排除、第四が私の身柄を守ること、ですね」
「質問、依頼の優先順位は、その順番で良いのか?」
俺の質問にケイは暫く考える。なんかこいつ、反応悪い。
「……優先順位は、それで構いません。ですが、ドグマ内部に入れるのはあそこを含めて四つのみ、さらに開けられるのは私たちのみで、開けるのはあそこだけです。外部からの侵入者は気にしなくても大丈夫です。それにゲートは、安全性のため一定時間で自動で閉まりますので、私に何かがあればみなさまは中に閉じ込められることになります。そのことをお忘れなく」
暗喩でなく直接的な表現で、身を守れ、と伝えてくるのはやはり文官といったところだ。そして経験上、文官が戦場に口を出すとろくなことしない。
「なら、直接戦闘の心配はないな。中の警備だって、こんな遠投もできない地下じゃいい投手は育っても外野は苦しい。いや、だが、打たせてとる戦略ならばあるいは?」
ダグはなんか勝手に安心して違うことで思い悩んでるが、俺の不安は拭えてなかった。
「質問。なんであたしらなの?」
バニングさんが手を挙げる。
「こっちの二人は知らないけどさ、あたしはフリーランスで、腕に自信はあっても、少なくとも政府のお墨付きはない。普通、こういうのの専門の部隊とか、軍とかにいないの?」
もっともな質問だ。俺も引退ではないが軍から身を引いた身、それもわざわざ呼び戻されるほどの功労者でもなかった。
「……あなた方に依頼したのは実力とは他に、政治的な理由も付随します」
言い難いことですが、と声が言っている。
「……現在、我が国では元老院の上限を定めてません。また、その発言力を保つ為に本人の死亡か、退位の意思を示すか、裁判にとって何らかの罪状で有罪となるまでの間は中の元老院もまだ元老院なのです。また二十年も地上から離れてたとは言え、多くの機密を知る重要人物でもあります。その存在を目障りと考える人があちこちに、軍にも今の元老院にもおられるのです」
「だから、そういった権力者との繋がりが薄そうなのを選らんだ?」
確認するバニングさんに、ケイはまた返事がない。
「ねぇ」
「その通りです」
遅れての返事、ひょっとしてこいつは、まさかと思うが、見えないとこで頷いて応えてるのか?
「えっと、そういうことなので、中の人物への無用な攻撃、挑発行為は一切禁止です。また機密保持のためにいかなるものも持ち出し禁止となってます」
「は? お宝持って帰れないとか正気?」
バニングさんの露骨な不平不満。
「その分を含めた報酬です。ご不満ならお帰り下さい」
ケイが強気に言う。
それに折れたのはバニングさんの方だった。わかりやすく肩をすくめて見せる。
「よろしいですね? では最後に、私ケイが率いるこのパーティは第二十班となります。必ず集団行動をとるよう、心がけて下さい。それと、これからはこれを見えるところに身につけていて下さい」
またガシャリと開いてガンドレッドが差し出したのは、赤い布だった。
受け取り、広げて見ると懐かしい、同盟軍のシンボルが締め抜いてあった。
「今回参加される方全員に渡されてます。中で出会った時にこれを互いに見せ合うことで敵味方の判断をして下さい」
目印、旗印の方が正確か、即席で大人数が集まる中で、これは悪くないアイディアだろう。
問題は、俺はどこに着けるかだ。
帯、袖、裾、着物が元から赤いから目立たない。
頭に巻いて、となるとうっとおしい。草履なぞ論外だ。
なら、刀の鞘に着けるしかないか。
巻きつけながら二人はどうしてるか見ると、ダグは右腕に、バニングさんは首に巻いていた。
「それまでは暫くは自由時間です。ですがあまり離れないように。それと、ここにベースキャンプを作って往復する形になりますので、荷物は最小にまとめておいて下さい。もう少ししたら中央の焚き火で食事の配給が始まる予定です」
「質問、これが最後」
バニングさんが手を挙げる。
「トイレ、どこ?」
切実な質問に、ケイはまたまたガシャリガンドレッドを出して、向かって右へ指差した。
その先に、樽があった。
まごうこ、となき木の樽が、あった。
……樽しかなかった。
「……くたばれクソ役人」
バニングさんは吐き捨てた。
確かに樽だけなのは、問題だった。
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