ダンジョン・ダイバーズ vsドグマ

負け犬アベンジャー

プロローグ 到着前

 内容は、ダンジョン攻略、とだけ言われた。


 期間は短く、ギャラは破格、悪くない依頼だ。


 何より戦争が終わって無職となった俺には断る選択肢は初めから無かった。


 ……だがそれでも、ずっと揺られてると後悔が滲み出てくる。


 有無を言わさず馬車に乗せられ、外から鍵をかけられ、ひたすら揺られて運ばれる。


 なのに行き先すら知らない。知らされてない。


 ただわかるのは、この馬車は間違いなく囚人護送用だということだ。


 硬い椅子、鍵のあるドア、窓には鉄格子、頑丈な車体で、なんか臭う。


 状況だけなら逮捕からの護送だが、なら装備を、愛刀を、持って乗せたりはしないだろう。


 それだけならまだ、辛抱できる。時間だってそんなにかかってない。


 なのに、忍耐力が擦り切れそうなのは、同乗者たちに問題がある。


「本当に人生変わるから、騙されたと思ってよ。な?」


 ハキハキとした物言い、加えてでかい音量、耳に刺さる声の主は俺の隣、奥側に座るスキンヘッドの男だ。


 でかく筋肉質な体、小柄な俺と比べれば親と子ほどの差だろう。


 青い目に金色の太眉、がっちり割れ顎で濃い顔つき、なのに尖った耳からこれでもエルフらしい。


 歳はそれなりに食っていて、ベテランの域と見える。そのくせ人懐っこそうな笑みからか威圧感は少ない。装備は分厚いレザーアーマーにやや細身の棍棒だ。一見すれば正面戦闘要員のソルジャーに見える。


 だが首にかけてあるペンダント、正方形の金属の輪は、セイバー教のホーリーシンボルで、それをかけてるならこいつは回復要員、つまりこいつはヒーラーということになる。普通は、体力の消費を抑えるために軽装なのが、生存率を優先してガチガチに固める奴もいる。もっとも、この筋肉なら苦になるまい。


 色々と口を出したくなる風態だ。しかし俺は他人の装備や趣味趣向に口を出さない主義だ。結果さえ出せば問題ない。


 だが、この男は違うようだ。


「ここがどこかは知らないが、大半の街には支部がある。いきなり参加しなくても見学から始めたっていい。むしろ見てるだけの奴の方が多いんだ。騙されたと思って一度こいよ絶対いいよこいよ」


 ヒーラーに限らず、パーティ内での宗教の勧誘はマナー違反だ。それは軍でも外でも同じと聞いている。しかし宗教以外での話は、聞いたことがなかった。


「ほんと、野球って最高だぜ」


「知るかよ」


 何度も言い返してるがこの男には届いてないようだった。


 それどころかこれまで以上の熱量でこの野球とやらを語ってくる。それが馬車に乗り合わせてからずっと、お互いの自己紹介すら飛ばして、だ。


 嫌になる。


 それでこいつだけならまだしも、もう一人の同乗者、俺の斜め前に座る女にも、問題があった。


 若い、と言えば若いが、少女と言うほどは若くはない。小さな子供がいても驚けない年齢に見える。整った顔立ち、美人だろう。なのにその格好は、詳しくは知らないが、パンク、と言うのだろう。


 この暗がりに浮き出るような白い肌、燃えるような赤い髪を真ん中だけ残して左右を刈り上げ、残りを立てて鶏冠みたいにして、目の下と唇に黒い化粧、体も黒い革のピッチリとしたスーツで、それをベルトで締め付けて、流石に靴はハイヒールじゃないが、それでもつま先は尖ってる。細長い手足、痩せた腰、なのに胸だけが異質にでかい。高圧的に組んだ足の上には金属製の杖が載っている。つまりはマジシャン、魔法使いなのだろう。だがその割に、腰のバックが大きすぎる気もするが、別段問題ない。


 問題は、そのパンク女がずっと、干し芋を齧りながらだが、俺を睨みつけてくることだ。それも乗り合わせてからずっと、だ。


 何が問題か、怒らせるような事をした覚えはないんだが、睨んでくる。


 仲良くなるつもりはないが、敵対するつもりもない。少なくとも、ギスギスした状態で後ろから刺されるのは、その心配があるのは問題だ。


 ……ここは、野球とやらを頼るか。


「一ついいか?」


「おう。センターか? レフトか?」


「いや、知らないが、それよりも俺よりあっちに声かけろよ。なんか不機嫌だぜ」


「やだよおっかない」


「おっかないってお前」


「女がおっかないのは大体が月の満ち引きだ。それに口を出すのは野暮ってもんだろ。女野球下手だし。それよりこのフォークボールってのが難しくてよ。この指のとっかかりがだな……」


 このスキンヘッド、女ガン無視で逃げやがった。


 ここまで清々しいほどに自我を通せれば、俺ももう少し気楽になれるが、問題は残ったままだ。


 変わらず喋り続けるスキンヘッド、変わらずパンク女は睨んでくる。


 問題だらけの車内、ガタリと揺れた。


 大きく曲がってるのか遠心力で引っ張られ、樽がずれて足に当たる。


 そう、樽だ。それも金属製のでかいのだ。


 見たところ、縦長のタワーシールドを何枚かを溶接し、蓋を取り付けたものらしい。錆もなくピカピカだが、座りが悪くやたらと転がり足に当たって痛い。


 こいつは確か、ドラム缶とかいうやつだろう。燃えやすい油なんかを運ぶための容器だと聞いたことはあったが、蹴飛ばした感じこいつの中は空っぽらしい。


 そんなもの説明も無しに乗っけて、事あるごとに転がって、デカすぎるから足も乗せられず、ただひたすら邪魔だった。おかげで足も伸ばせない。


 このドラム缶も、問題だった。


「……なぁ、一つ込み入ったこと訊いてもいいか?」


「何だ」


 ドラム缶を足で押し返しながらスキンヘッドに応える。


「いや、気に触るなら謝るけどよ。お前らのこと、何て呼べば良いんだ?」


 たまにくる、初対面だと特に多い質問だ。こればっかりはちゃんと応えておかないと、後で面倒になる。


「好きに呼べばいいだろ? 普通にカエルでも問題ない」


「そりゃお前、このご時世、アンパイヤが許してもファンは許してくれないぜ。せめて種族名とかないのかよ?」


「種族って言っても、俺みたいに明るいつるっとした緑はフロッグマン、暗い色でイボイボはトードマン、カラフルなのは個人差があるから直接聞かないとわからないし、それを言い始めたらきりがない。軍の呼称は、ヘケト族、で統一されてたな」


「ならヘケト・リーグだな。もうそっちにはチームできてるのか?」


「知るかよ。俺は野球に興味ない」


「いやでも、あっちの方は遠いからおれでも情報集められないんだよ」


「何の話だよ?」


「お前の出身地だよ。東の島国は国土は狭いくせに育成が上手いと評判だからな」


「知るか。俺はこの国の産まれだ」


「嘘つけ。得物は刀で、着てるその真っ赤な寝巻きみたいなのはいわゆる着物だろ? そんな、いかにもサムライ、ブシドー、なくせに、地元だと?」


「地元だ。この装備は、話すと長いんだよ」


「じゃあいいや。興味無いし」


 なんだよこの男、自分勝手な。


「そんなことより大事なのは野球だ。まだヘケト族の選手は少数だ。数えるほどしかいない。だから今から入れば簡単にオールスター入り、リーグが立ち上がればそれこそ、球界史に永遠に名を残せるぜ。それに人気も抜群だ。例えばおれの地元のツリートランクの街だと、この間ミノタウルス・リーグができてよ。これが動きは雑だがパワフルでな……」


 ……まだ野球につながるらしい。


 と、馬車が減速してるのがわかった。


 そこから停車まですぐだった。


 やっと着いたらしい。


 すぐにガチャとドアか開かれ、外から事務的に声をかけられる。


「お疲れ様でした。降りてください」


 やれやれ、ようやく腰をあげられる。野球もさることながら、そろそろふんどしが尻の肉に食い込んで限界だった。


 開かれたドアの外は真っ暗、ところどころで灯りの焚き火が燃えている。


 煙は上りきらずに天井に当たってる。肌をなぞる冷たく湿って、なのに風のない空気、この感じ、どうやらここは地下らしい。それもかなり広い。


 左右には似たような馬車が何台も停まっていて、そこからぞろぞろと人が降りてるところだった。


 それに積み重ねられた木箱、かなりの物資、随分と大荷物、大掛かりだと見える。


 何より正面、ひときわ大きな焚き火の向こうに見えるのは、かなり大きな鉄の扉がそびえていた。


 どうやらこの向こうがダンジョン、今回の仕事の舞台らしい。


 なかなか楽しそうだ、と腰を上げる……前に、最初に動いたのは俺じゃなかった。ドラム缶だった。


 ひょこり、と立ち上がったみたいに浮かび上がって、無言で半回転して、ひょい、と飛び降りた。


 が、ドラム缶の裾が馬車の端に引っかかり、重心がずれて側面から、当然受け身もなく、落ちた。


 ガイィイイイーーーーーーーーーン、と金属音が響きわたる。


 ……そして、動かないドラム缶、見えている金属の靴が、わずかに震えてるようにも見える。


「……助けて、ください」


 ドラム缶の声は女の子のような、男の子のような、缶の中で響いいてうまくは聞き取れないが、幼い感じの声だった。


 ……これもまた、問題だった。

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