第18話 関張血風祿

「ここの商人にとって五百人分はともかくだ」



 商人の一人が挙手して聞いた



「揃える装備のランクにもよるが、今すぐとなると値が張るぜ

大口割引とか下らない駆け引き無しにして、いくら出せるんだい」



「金は無い」



 劉備はカウンターに立ちストレートに切り込んだ


「だが国を想う大志がある! お前たち全員に分け与えれるぐらいに!」



 商人達はどっと笑い罵声を浴びせた


「こいつは有り難くて涙が出る話だな若旦那よぉ」



 劉備は眉一つ動かさずに喧騒が治まるのを待った。


 落ち着いてきた頃合に劉備は関羽と張飛に問うた。


「今笑った奴を把握したか」


「ん? ああ、もちよ! ひっひっひ、そうかそうか。つまり皆殺しにするわけだな兄者」


 張飛のヴァンパイア属性が無意識のうちに発動を開始する。

 口からは犬歯が覗き、目が怪しい光を帯び始める。



「一人。笑っておらぬ者がいましたな」


 関羽の視線の先には一人の若者がいる。


「やっぱ一人だけか。見落としてないかと思ったがやっぱ一人だけか。悪いがここへ連れてきてくれ。それと、まーだしつこく笑ってるアレを黙らせろ」


 関羽は簡擁をごつんと叩き、笑いストップボタンを力押しすると、奥に陣取り、一冊の本を読みふける若者へと近付いた。



 張飛ならば全身全霊で乗るであろう挑発や罵声を無視して、関羽は若者のテーブルへ向かう



「焼鳥屋、客だぜ。一文無しのな!」


「よりによって焼鳥屋か。こりゃ見ものだ」


「おいおい焼鳥屋の用心棒はつええぞ! かー、お前ら死ぬな!」


 周囲の商人達が焚きつける罵声にあって、関羽も若者も動じない。


 酒には手をつけずに本を一心不乱に読む若者の両翼に陣取る、屈強そうな男二人が関羽の前に立ちふさがった。


「お主らの主人に用がある」


「主人は読書中だ」

「主人は読書中だ」


 用心棒が異口同音に返した。


「下らぬ。本などいつでも読めるであろうが。それより先に空気読まぬか、そこの者」



 えー! と驚きお前が言うなとツッコむ簡擁を無視して、関羽はギロリと若者を睨んだ。

 常人ならば総毛立つ圧力を有する関羽の睨みに、さすがの若者は鬱陶しそうに顔を上げた。



「なんやのんアンタ? 今めっちゃいいとこやねんからウチの邪魔せんといてんか」



 若者は串を咥えたまま器用に、喋った。



「うぬ、女か」


「見たら分かるやろがい」


「声を聞くまで判別できなかった。どうりで髪に串などをしておるわけだ」


「ちょっと黙ってんか。そんなフリ挟んでもウチは律儀にツッコまんし」


 そう言うと口にした串で、これまた器用に本のページをめくった。



「下らぬ本など置いておけ!」



 気合い一発、両翼の用心棒の隙間を縫って、関羽は若者の本を取り上げた。



「ワレ何すんねん!」



 若者の指示で動いた用心棒がいともあっさりと関羽から本を奪い返した


 流石は焼鳥屋の両翼と感嘆の声が上がる中、関羽はよろよろと二、三歩後退した。




「お主らもまた漢か!」



 関羽の熱い視線に若者は気持ち悪そな表情を浮かべた



 見かねた張飛が一跳びで関羽の横に並んだ


「何やってんだ! さっさと抱えて連れてこいよ!」


「うぬ。まずは、こやつのバイブルを見てみるがよい」



 張飛はヒョイと軽く若者から本を奪うと、関羽同様に硬直し、あっさりと奪い返された。


 本の題名は関張血風祿となっていた。


「おのれら、ウチの大事な本に手を出すんやないで!」


「そ、その本、読んでどうだった」


 張飛が珍しく上ずった声で問うた。

 まるで初めての手料理を振舞う乙女のように。


「ピカイチやな。関雲長と張翼々が実在してたら惚れてまうわ。なんやおのれらも読者かいな」



 関羽が何か言おうとしたのを張飛が制した。


「関張がいたとしたら、何でも協力するってわけか」


「そらそうやろ。人として当たり前やないか」


 張飛はニヤリと関羽に目配せした。


「御愛読いたみいる。実は我々が主人公の関羽であり、こちらが張飛だ」


 関羽と張飛が二人そろって一礼した。



「嘘ぬかせ!」



 若者が怒鳴った拍子に口の串が飛び、関羽の頭にささった。



「麗しの美女と美髭の美少年となっとるやないか! おんどれらみたいに下品な顔さらしてへんわい!」



 二の句が継げない関張に、を更に罵倒しフルボッコする焼鳥屋さん。

 二人揃って反撃できないのは後にも先にもこの時だけで、後の世の歴史研究家が焼鳥屋さん最強説を唱える原因となる場面だった。


 呉の訛りで口撃され魂が抜かれた二人を、焼き鳥屋の用心棒がそれぞれ担ぎ上げ、劉備の足元にどさりと転がした。



 床を舐める格好になった二人に活を入れると、劉備は単身、若者のテーブルに着いた。

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