第16話 商人の街、カサイへ


 乾いた風の吹く草原で、澱んだ空気を放ちながら劉備軍が粛々と進んでいた。


 馬上の三人をちらりと窺い、この雰囲気を打破しなくてはという責任感に駆られて張飛は赤い短髪を掻き毟りながら、無理に大声を上げた。



「いやー、あのハゲもケチ臭いよなぁ~。戦利品を全て没収した上に僅かな路銀と馬三頭に紹介状一通だけが褒美とかふざけてるよな! ハゲしくムカつくよな!」


 気を遣うのに慣れてない張飛の悲しさで、余裕を見せようとする張飛を裏切るように声は裏返ってしまった。髪だけじゃなく顔までやや赤くなる張飛。



「恩赦きたろーが」

「恩赦が最大の褒美であろう」

「恩赦ですよ。人参頭では恩赦の有り難みが分からないですか?マシューが地下で泣いてますよ? 

その人参頭を馬に与えちゃいますよ」


 三者三様に言い返されて、張飛は理論じゃなく、いつも通り感情に訴える事にシフトした。


「ちっ、怪我人が少し出ただけじゃねえかよ! それ以上の働きしただろうが! それと簡擁、

お前のは意味不明だぜ! なんだよマシューってよ!」


「怪我人じゃなく死傷者多数、な妹よ。兵達もすっかり怯えてしまってるじゃねーかよ」


 劉備に睨まれ、張飛は耐えきれずに赤毛で顔を隠した。


 それを見た簡擁はこの機を逃すべからずとばかりに攻勢に撃って出た。



「なんとあの名著を知らないですかボディだけじゃなく頭も無知無知ですねー。私を造った科学者の一人がアンの大ファンなのでかなりインプットされてます。これからも沢山出てきますよー! それはもう、妖精の湖に住む関羽さんの愛人の人数ぐらいに!」


 しょげている張飛を攻めきれなかったか、簡雍の繰り出す言葉の矛先が関羽に方向転換した。

 劉備に向かわなかったのは先の戦場での経験からだろう。



「そんな湖など知らん」


 何の捻りも無く切り捨てる関羽。


 「レ、フェアリ~?」


 狙い過ぎて誰にも通じない簡擁。


 だが少なくとも空気が和んで張飛は思いきって劉備に謝る事が出来た。

 実に男前な謝罪に、劉備の大志が揺さぶられた。


「済んじまった事はしょうがねーけど、気にすんなとは言えねーな。我が軍の十戒の一つに味方を傷付けるなかれを記す。残り九つも早急に決める。これを破ればいくら兄弟とはいえ、処分はまのがれんから、以後、心するんだな」


 劉備の言は、張飛を責めるというより自分自身を納得させるように聞こえた。


「肝に命じるぜ兄者」


 ここは張飛も神妙に応じる。


「よーし、信じる。気後れしながら歩くの疲れたろ。交代だ。私の馬に乗れよ」


「兄者を歩かせるわけにはいかないさ。簡擁、そこどけ」


 張飛が簡雍を強引に引きずりおろそうとした。


「嫌ですよー翼々は私専用馬なんだから!」


 簡雍は張飛の字と同じ名前の馬の首にしがみついて必死に堪えた。


「んな駄馬に下らない名前付けんな!」


「確かに下らない名前ですねー。反省反省」


「反省するポイントがずれてるだろ! 俺の忍耐力は既にMAXだぜ、いい加減にしろよ簡雍ちゃーぁぁああぁん!」


 張飛はひらりと簡擁の後ろに飛び乗り手綱を奪った。簡擁を乗せたまま、張飛は馬を一気に走らせ、嫌な気分を振り払った。



「張飛に簡雍! コース変更だ! カサイに寄って行くから10時の方向に進め!」


 前を走る張飛に劉備はよく通る大声を上げた。

 それを聞いた関羽が劉備の横に駒を並べて、困惑した顔をする。本当に困惑しているのではなく、あくまで困惑した表情を作っているだけなのが、不思議とばれてしまう関羽であった。


「カサイとは大商人が集まる特区街ですな。良品は数多くあるでしょうが我が軍の予算では厳しいものがあります」


 関羽自ら発明し命名したソロバンなる道具を弾いて苦言を呈した。


「なーに金の心配は無用だ」


劉備の自信満々の態度に導かれ、劉備軍は行き先をカサイへと向けた。

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