第12話 三国志演義

 力押ししか知らぬ張飛はどうしていいか分からず、無駄に関羽を見た。


 関羽に解決を期待したわけではないが、大勢の兵達のやっちゃたよこの人見たいな視線を浴びジェノサイド衝動がむくむくと芽を出し血の花を咲かせようとしていた。それを押さえ込めるのはこの場で関羽しかいない。



「案ずる事はあるまいて。我等兄弟の誰が抜こうと我等が天下平定する漢の宿命には逆らえぬ」


 付き合いが長いだけあって、この辺の機微は感じとった受け取ったと言わぬばかりに関羽が応じた。



「その通り!」


 息を吹き返した劉備は集まった兵達に向き直り七聖剣を掲げた。



「ここにいるのは関羽、張飛、簡雍は私の義兄弟だ! つまり私と一体である! 今の張飛は私だと思ってもらいたい。むしろ思うんだ!」



 ざわめきとざわめきとざわめき


 その中から何故に俺達は一兵士ですか何この区別という声が上がった。


 どうやら危機を脱したと認識した張飛は兵達の不満を嬉しそうに聞いた。

 こぼれる笑みが隠せない。



「お前らと俺じゃどれだけ助走しようが越えられない壁が敢然と立ってるんだよ。何ならきてみるか。 この矛を試す良い機会だぜウエルカムウエル噛むっふ!」



 舌なめずりする張飛の頭を劉備がはたいたので軽く舌を噛んだ



「よーしこの劉備が説明するから耳の穴掃除してよく聞けよ。耳の中の人にも外出してもらってよく聞けよ。おっとハンカチ用意しときな、涙で前が見えなくなるからな人生の道ははっきり見えるようになるけどな!」



 劉備は何かを思い出すような雰囲気を出しまくって目を閉じ腕を組んだ。

 じっくり溜めてからカッと目を見開き宙を睨む役者ぶりは見る者を魅了し期待させる。



「あれは私が黄巾賊のアジトに侵入し、ラスボスである青龍と対峙した時であった」



 兵達ばかりか三人からも驚嘆の声が上がる。



「青龍との死闘は凄まじいものになるのは予測できたので、巻き添えにしてはならぬとまずは囚われた者達を逃すのを優先した。そして地下牢の者達を解放に成功し、私は青龍のねぐらへと向かった。しかし私の思惑とは裏腹に解放した者達も共に戦うと着いて来てしまった」



「うむ。それでこそ漢であろう」


「しかし青龍の猛攻は凄まじく、ろくな武器を持たぬ囚人達は次々と倒れ、最後に残ったのが関羽、張飛というわけだ」



「マジでか!」



 兵達より驚いた様子の簡雍が大声を上げた。

 劉備は少し間を空けるように七聖剣で空を斬り、まるで青龍と戦ってるかのような空気を出した。その演技たるや、エアーバトル大会優勝者候補筆頭と言っていい域にまで達している。

 兵達の中には顔が紅潮してる者や早く、その先を早く! と促す者などいて、役者劉備の独壇場となっていた。



「いつ果てるとも分からぬ死闘にあり、死した囚人達の血溜まりで足を滑らせた私の失態を誰が責める事できようか! いーや誰にも出来ぬ!」



 足から背中へと前方回転受身を決め、張飛の前に横たわる劉備。



「その失敗をすきを誰も責めぬが青龍は攻めてきた! 一瞬にして炎ブレスでローストビーフにされるとこであったが、この張飛が盾となり守ってくれたのだ! 刺青で隠されてはいるが顔に残る火傷はその時のものぞ!」



 劉備が張飛の背を掴み身を守る仕草をすると兵達から喝采と張飛コールが沸き起こった。

 流石に劉備が集めた兵らしく龍の炎にやられたのに、その程度の火傷で済んだのかと突っ込む者はいなかった。


 張飛も腕を広げ炎に身を焦がされてるかのように悶絶するサービスで劉備を盛り上げにいったが、やや下ネタ気味な悲鳴だったので何人かの兵は引いていた。


 劉備の役者振りに比べまだまだ足りない張飛を、関羽が歯痒そうに見つめていた。己の出番はまだなのか言わぬばかりに髭が震えている。


 劉備の熱演は更に続き、張飛が死にかけ、ようやく出番のきた関羽が炎に身を焦がされながrの戦いを正に熱演し、青龍の髭を掴みマウントポジョンをとる場面までたっぷり三十分以上かけた。



「関羽が髭だと思って引き抜いたのが、何とこの偃月青竜刀だったのだ! 流石に私も驚いて――」



「漢漸将里!かんぜんしょうり」



 関羽の熱演は冷めず、偃月青竜刀を振り回し、ズババババと擬音を発しながら青龍を三枚に切り離し決め台詞とポーズで劉備を待った。


 とどめの一撃を関羽に奪われた劉備は軌道修正するのに暫時言葉が詰まる。



「劉備さん劉備さん私の出番まだですか! いくらなんでも出待ちが長過ぎます! 正座してなくても痺れを切らすぐらい長過ぎます!」



 関羽が退治した空気のエアーバトルに簡擁は堪えきれぬように身をくねくねさせて劉備に直談判した。



「分かってるって。この娘、どこにいたかと言うと、青龍の腹の中にいたのだ! 関羽によって斬られた青龍の腹の中から飛び出してきたわけだ!」



「おぉ!! 龍の子よ!!」


 兵達の興奮はピークを迎え、龍の子が同行されるなら恐いもの無しだと熱狂した。



「この龍の子が死にかけた張飛に龍の腹から取り出した蛇矛を託すとたちまち回復したわけだ!」



 「わぉ! ロストテクノロジーウェポン!! 心強い!!」


 流石に劉備の集めた兵らしく、誰一人として「さっき地面に刺さってたじゃん!」と突っ込む者はいなかった。



「そこで私達は死を乗り越えた者同士、義兄弟の契りを交わしたのさ!」



 兵達の喝采が鳴り響く中、張飛が蛇矛を天に掲げた。


「天よ御覧あれ!」




 受けて関羽が偃月青竜刀を蛇矛に重ねた。


「我々生を受けし日や場所は違えど!」




 簡擁が空中浮遊を行い、二人の武器に手を添えた。


「死ぬ時死ぬ場所は同じ時同じ場所を望みます!」




 簡擁の浮遊に兵達は阿鼻叫喚となり、なかなか入れない劉備はあたかも自分が念力を使ってるように簡擁へ掌をかざして兵達の注目を取り返した。


 空いてる手で七星剣を抜くと、関張の得物にぶつけて澄んだ音色を立てた。


「我ら兄弟で乱世に終止符を打たん!」


 締めの台詞を劉備が放ち、兵達に視線と七聖剣を向けて「汝らと共に!」を何度も連呼した。よく見ている者ならば、一人一人に向けて視線と台詞を飛ばしてるのに気づいただろう。劉備と目が合い直撃で鼓舞され兵の血は沸き立った。


 お祭り好きばかりが集まったのか集めたのか、狂乱の咆哮は村中に響かんばかりとなっていく。


 アンドロイドだからか着地した簡擁だけは冷静さを失わす、「本当のは最後だけなのにな~」と呟いたが誰も聞いてはいなかった。

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