第11話 旅立ちの朝・始まりの朝・抜き差しならない朝
1つ2つと増えた人の気配が二桁となり、やがては三桁に届きそうな勢いに、張飛は数えるのを止めた。
「おい関羽」
「うむ。儂の死んだフリを看破し、接近を控えるとはなかなかの手練れか」
「劉――兄者と簡擁は寝たままにしとくか。二人で十分だろ」
「さすがに十分では無理であろう。十一分が妥当!」
関張は勢い良く立ち上がると背中合わせで抜刀した。
「どこの手の者か! 隠れてないで顔を見せよ!」
「見せた途端に顔とか色々と斬り落としてやるぜヒャハハハハハ! 来いよ早く来いよ! 逝きたいんだろお前等! 逝かしてやるから早く来いよ! ヒャハハハハハ!」
張飛の異様な剣幕に飛び出す者は皆無で、辺りは瞬間静寂に包まれた。あたかも嵐の前の静けさのように。
「何を静まりかえっておるか! 漢ならば閧の声を高らかに上げてかかって来ぬか!」
「うるせーなー。飲み過ぎて頭痛いってのに朝っぱらから応援団の朝練かお前等」
劉備が頭を押さえてむくりと起き上がった。
周囲を見渡し臭いを嗅ぐような仕草をすると、二人に剣を収めるよう言った。
「花火見てくれたか。ちょいと朝飯食ってくるから、その間に整列しといてくれ。なーにすぐに済ますさトースト焼くのなんざ私には朝飯前だからなカカカカカ」
劉備の言葉に人影がばらばらと姿を現した。中には武装している者もいるが大半は貧しい身なりの農民だった。
劉備が関羽、張飛、簡雍を招いて食卓のある部屋にと移動させると、慣れた手つきでトーストを焼き始めた。
劉備母が用意してくれたミルクを関羽が4人分だけコップに注いでるのを見て張飛がやっと解放されやがったと呟いた。
「つまりは仲間にするには頼りない不合格で可哀想な人達ってわけですね~」
簡擁が二枚目のトーストに手を伸ばしながら言った。
「容赦ねーな末妹。まあ仲間じゃなく私の可愛い兵士達だな。昨夜上げた花火には、そいつらへの合図の意味もあったのさ。つーか飲みながら言ったろーが」
「漢として無論拝聴して聞き及んでおりましたが、気骨のある者達か試してみた所存です」
「あ? 関羽はあの時トイレに行ってたろーが。誰から拝聴したんだよ」
「劉備さん劉備さん、髭さんは上の人に胡麻すり大会優勝候補ですよ~。適当に合わせただけに決まってますスーパーヒトシ君です」
「なんだよそれ。しかし容赦ねーな末妹」
劉備の細かいつっこみに全く動じずに、無論、周倉からと答える関羽。それを横で聞いていた張飛が片肘を突いて大きなため息を漏らす。
簡擁が更に被せようとした時に張飛が机を叩いて立ち上がり、尋常ではない目で簡擁と劉備を睨んだ。
「いつまで食ってつもりなんだ! 兵も集まったし早く戦闘しに行こうぜ! もうたまんねーよ! 戦闘スイッチ入ったままじゃ熱くて燃えそうだ! あいつらの中から二、三人やっちまっていいか? いいよな? 素手でやるからいいよな?」
今にも爆発しそうな張飛に劉備母が肩を叩いて微笑みかけた。
「気を鎮めなさい張飛。その熱を下げる丁度良い余興を思いつきました。それを抜いた者の子孫は国王になるという、それは神秘的な武器があるから皆で見に行きましょう。旅たちを迎えた今なら玄徳に抜けるでしょうし、張飛の気も鎮まるでしょう」
一同は劉備母に連れられ兵が待機する庭の片隅で地面に突き刺さった一本の棒の前に出た。
幼少時から劉備が何度も抜こうとしては諦めていたものだと劉備母が説明した。
「さあ玄徳! 今こそ見事抜いてみなさい!」
おおと応え劉備は両腕の筋肉を膨張させ地に足が埋まる程に力を込めたが、わずかに動いたに過ぎなかった。
「母上、これへし折っていいでしょうか。兵達の手前カッコつかないし不吉だしいいですよね?」
「何だよ兄物、俺に代わってみ。どっかで力を発散させないとアアァアァァア! 気が触れる! オラァアアァァ!」
張飛が奇声を発しながら棒を持つと、あっさり抜けた。拍子も抜けたが勢いは余って尻餅をついた。
微動だに出来ない劉備親子に儂が挑戦すれば良かったと顔に書いてるのを髭で隠してる関羽。
兵達からまばらな拍手が起こるも微動だにしない全く動けない劉備親子。
「空気読め張飛!」
簡擁のアトミックボンバーをまともに喰らって我に返った張飛は簡擁よりロボット的な動きで引き抜いた矛を元の地面に突き刺した。
「今のなしな。兄者、抜きやすくしといたから後は頼む。何か色々と頼むお願いします」
珍しく女を思わせる仕草でぺこりと頭を下げる張飛。
「いや」
ようやく劉備の時間が動き出した。ぎこちない動きではあるけれど。
「いやいやいやいやいやその武器は張飛様国王様のもんだぜ陛下と呼んだらいいか今から陛下と呼ぶから朕とでも自称してくれい目出度いなあ今日はなんて太陽が眩しいんだ」
一息に言い放った劉備の目に光るものがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます