第9話 桃園の誓い

 劉備の母が記念にささやかながら酒宴の席を用意するので三人待つよに言い、劉備を連れて買い物へ出掛けた。

 親子で最後の買い物だからと言い残して。



 張飛は椅子に背を預け、天井を眺めながらぶつぶつと関羽に文句を言った。


「大事な事を勝手に決めやがって。俺や簡擁まで義兄弟かよ。ロボットの簡擁と義兄弟なんておかしいだろーが」


「何を言うか。劉備殿は三人と言われたのだぞ。つまり儂とお主、周倉を指しておる」


 「馬鹿か!」

 「バカですねー」


 二人に馬鹿にされても泰然自若として漢・関羽は動じない。



「張飛、闇商人として朽ち果てたいなら今の内にポンコツと共に逃げ出すがよい。民の為に漢として国を再興し、歴史に名を残さんとするなら同じ道を歩め。我々の目的は歴史に名を残す事であったろう。国を再興するに何千何万の敵を斬らねばなるまい。州兵はもちろん武将など含めだ。お主ならばと思うが、怖ければ強要はせぬ。」



「何千何万――」



 張飛は思わず身が震え心奮えた。


「あいつならば、頭にするのも悪くないな。しかし、本当にできるのか」


「考えるな感じろ! 今の儂は霊の存在すら感じるぞ」


「わあったわあった。少なくとも俺達だけじゃできない事をしよーってんだ。いっちょやってやるか」


「決まりだな。簡擁、長い間ご苦労だった。鉄屑屋に行って軍資金になってこい」


「何を言うかー!」


 簡擁のアトミックボンバーを軽くかわし、もはや技のキレも失われたかと嘆く関羽


「あのですね、あのお兄さんの言う三人は張飛さんに私、ママさんの事ですよ。お兄さんの顔に女としか組まないて書いてたもん!」


「あいつの頬には愛としか書いてなかったろ。はは、心配すんな簡擁。これからは俺達の国取り物語を書いてもらうからよ」


 すっかり乗る気になった張飛が簡擁を諭した。


「うむ。これからも宜しく頼むぞワープロイド」


「どっちだー!」


 今回のアトミックボンバーは綺麗に決まり、関羽の目から星が出たがそれすらも簡擁が叩き落とした。




 三人が仲良く遊んでいる間に、劉備宅の庭には大きな桃の木を中心として、農家とは思えない量の酒や料理が並べられていた。それは劉備に呼ばれた三人からため息が漏れるぐらいの豪華絢爛さだった。


「こ、これは驚き桃の木支払いはカードでお願いしますと言わざるえませんねー」


「カカ、心配すんな。兄弟相手に金なんか取るかよ。簡擁だったな、お前の飲食機能の性能見せてもらうぜ」


 遠慮無く劉備の隣に座る簡擁だったが、関羽と張飛は流石に躊躇して立ったままだった。


 見かねて劉備が座るよう促した。


「関羽に張飛だったな。なーに突っ立てんだ。カカシかお前ら。早く座れよ」


「カカシかお前ら! 烏でも追い払ってろよー! アホーアホー」


「言わせておけばポンコツが」


 関羽は簡擁に漢拳を喰らわしながら簡擁の隣、つまり劉備の正面に腰を据えた。

 張飛も簡擁の被せに毒づきながらも、座るタイミングを得て劉備の横に座った。


 全員が席に着くと、劉備は三人に等しく目を向けてから頭を下げ礼を言った。



「私に人生賭けてくれて感謝する。後悔はさせるつもりはねーが、苦労はさせるだろーよ。はっ、苦労の無い人生なんざ成長を諦めた野郎の道だけどな」



 受けて関羽が共に背負う苦労ならばセロリの味のようなものですと応えた。



「ん? 何だそりゃ。苦いっつー意味か」


「いや違うんだ。関羽は言葉足らずで誤解を招きやすい奴で、今のは大好物って解釈で頼む」


「ますます分からねーが、まあいい。まずは乾杯だ」



 劉備が杯を手にすると、張飛と簡擁もそれに倣った。


 関羽だけが手をつけず、その前にはっきりさせておきたいと述べた。



「兄弟と言うからには順序が必要です。劉備殿を長兄とし儂、周倉、張飛が自然な並びかと考えます」



「不自然ですね不自然ですねー。これから吐かれるであろう名台詞に激しく干渉しちゃいますねー。ここはジャイケンで決めましょーよ。とは言っても脱ぎは無しでお願いします」


「ごちゃごちゃうるせーな。 兄者――俺の為にハゲ相手に土下座までしてくれたんだ。俺はアンタを兄者とするし、他の順序も兄者に任せる」 


 劉備が何か言おうとしたのに先じて、関羽も同意見だと述べた。

 簡擁だけは拳を重ねた穴に目を押し付けて何やらしている。


「はっ、んなのハナから決まってるだろ。私、関羽、張飛におまけで簡擁だ。いーや関羽、異論は認めねーよ。私はこうと決めたら絶対に曲げない男だ」


「し、しかしそれでは周倉が」


「あいつはお前の永遠の副官だ」


「おぉ、儂に早くも副官とは! 感謝します兄上」


「俺も何か感謝だな。だがしかし以後はあいつの話題すんなよ、背筋が寒くなんだよ」


「周倉編はこれにて終了と。メモリーしときました」


「よしじゃあ簡擁も杯も持て。おーい関羽、明後日の方向に杯渡してんじゃねー! 終了って言ってたろうが!」



 「では」

 「承知」

 「うっし! ようやくか!」

 「ニヒヒヒヒ」



 四人は杯を高々と天に掲げた。




「我々、生を受けし場も時も違えど!」


 張飛が華のある澄んだ一声目を上げた。




「死ぬ時は同じ場所同じ時を選ばん!」


 受けて関羽が雄々しく怒鳴った。




「将来心配、明日に乾杯!」


 簡擁が締めて杯を重ねようとした。



「待て待て待て待て待て待て待て! お前ら大事な人を忘れてるぞ!」


 劉備が乾杯を制止した。


 「えーと、七回ですねー」


「待ての回数じゃねーよ! いやこの流れは不味いだろ! 私の立ち位置がおちょくられ役になっちまうじゃねーか! 締めはこの劉備玄徳の仕事だ。それを考慮して台詞吐けよ。よーし、分かりやすく下の兄弟からいこうか。張飛なら私の出番を確保してくれるそーだしさ」



 劉備に促されて簡擁は、はぁとため息をついた。


「私は真面目だからお約束をこなしただけなんですよ」


「そんな約束はした覚えが無いぞ末妹。いいから早く決めて、この劉備玄徳までバトンを回せ」



「では、本気モードで頑張っちゃいますね」



 簡擁からブーンと異様な音が漏れだしたかと思うと、キリっとした表情に早変わりした。

 凛とした姿勢で立ち上がると、色香すら漂う視線を全員に流した。



「ではいきます」



 簡擁の真面目な態度に、関羽、張飛も倣って立ち上がった。 




「願わくば天よ御覧あれ!」


「生を受けし場も時も違えど!」


「死ぬ時は同じ場所同じ時を望まん」




 簡擁、関羽ときて張飛は、勢いで繋いだが、劉備の台詞が乾杯のみしか残してないのに気付き、語尾にエクスクラメーションマークを付け損なった。


 劉備は三人を待たせたままゆっくりと立ち上がると、歌うように言葉を吐き始めた。



 「名も知らず生い立ちも知らぬ我等なれど、血よりも濃い絆、地よりも固い結束を結ばん!」


 あらかじめ用意していたらしい打ち上げ花火に着火し、劉備はまだ暮れきっていない天に大輪を咲かせた。




 「乾杯だ!」

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