第8話 七星剣を奪還せよ

「で、本気で州兵の屯所に乗り込む気なのかよ」


 足取りに迷い無く進む劉備の横で不安になった張飛は問うた。


「なーに、魯粛も根は悪い奴じゃねーしな。私が粘り強く話せば許してくれるさ。ざっと百二十時間ぐらいかければ魯粛から許してくれって泣きついてくるだろーよ」


 腫れた顔でカカと笑い直後に頬を痛がる劉備。

 痛過ぎる奴だが自身の責任でもあるし、一人で行かす事の出来ない張飛。


「分かった分かった。あんたが何も考えてない楽天主義者だってのがよく分かった。俺達には塩の仕入れ金と本の印税足して百万はあるからそれで話をつけようぜ。勿論、金は何年かかろうが返して貰うがな」


「必要ねーよ。ちゃんと切り札切る覚悟はしてるさ。それよりさっきから責任感じてるみてーだがそれも必要ねーから。私は私が正しいと思う事をしただけで、恩に着せるつもりも脱がせる気も更々ねー。私はおしとやかな娘がタイプだから脱がせる気は全くねーよ」


「二度も繰り返すぐらい大事な事がそれかよ。まあ俺もマザコンは御断りだ」


「よーし、もう黙れ。大女はここにいろ」


 屯所が見えた所で劉備は張飛を遮り一人で歩を進めた。


 屯所前の門番をどうクリアーするのか見ていると、有無を言わせず投げ飛ばして突破した。

 これはバトルに発展すると読んだ張飛も気が付けば走り出し劉備の背中を前にしていた。


「魯粛! 魯粛さんに宅急便でーす! 生物なので急ぎ取り次いで下さーい!」


 叫びつつ屯所内部を知り尽くした我が家のように進む劉備。

 州兵が襲ってくるかと身構える張飛のシックスセンスが殺気ではなく「また劉備か」という倦怠感を嗅ぎとった。


 それを裏付けるように魯粛の「民間人が何度も屯所に来るな! 今度こそ逮捕するぞ!」と声が奥から聞こえる。


 劉備が常連のクレーマー扱いなのは理解できたが、それでも足りないぐらいに州兵の気が削られてるように感じた。


 劉備は州兵隊長と書かれたドアを派手に蹴破ると、何か言いかけた魯粛を制して電光石火で土下座を打った。


「頼む! 剣を返してくれ!」


 あっとなった張飛は力任せに劉備を立たせると、男が簡単に土下座するなと怒鳴った。



「簡単なんかじゃねーよ。私は一生で三回しか土下座はせぬと決めている。今回は二度目だ」



 今度は劉備が力任せに張飛を振りほどき、土下座の体勢に戻った。


 先を打たれて戸惑った感の魯粛だったが、やがて残忍な笑顔を浮かべて剣は返せぬと言い放った。



「町人の土下座なんぞ見飽きた見飽きた。それなりの金払うなりするのが筋だろ劉備よぉ。もっともあばら家に住んでるお前に金があるとは思えんがな。それとも張飛、お前が払うのか? ん? 俺から劉備に乗り替えたってわけか?」


「あ? てめぇなんぞ眼中にないんだよハゲ」


「よーし、死んだぞ」


「黙れ! これは私と魯粛の問題だ! 大女は帰れ!」


 劉備に怒鳴られぐっと詰まる張飛。

 その様子に安心してか劉備の頭を踏みにかかる魯粛。


「てめぇ!」


 反射的に剣を抜いた張飛。

 瞬間、物影から幾人の兵士が現れ槍を向けた。

 この程度楽勝と本能に任せかけた張飛の耳に、同じ過ち繰り返すは愚者だけだと劉備の声が聞こえた。


 部屋に飛び込んできた兵士も合わせざっと三十人に囲まれる中、劉備は土下座を続けた。


「どうした張飛。流石にこの人数相手じゃ動けないか?」


「たった一人の言葉に心動かされて体が動けないだけだ」


「相変わらず意味不明な女だな。まあいい。お前の処遇は後回しだ。劉備よぉ、あの値打ち物の剣を土下座だけで等価交換とは甘いぜ」


「だったら煮るなり焼くなり好きにしろ。返して貰うまでは一歩も引かん。私は決めた事は絶対に曲げん」


「牢に入れられてもか? いや、殺されてもか」


 更に力を入れて劉備の頭を踏む魯粛

 ぶち切れそうになるのを必死に抑える張飛。その足ごと顔を上げて魯粛を睨むでもなく見る劉備


「魯粛という男を知っている。だから頭を下げ頼んでいる」


「馬鹿かお前は!」


 魯粛は怒鳴って背中を向けると、兵士に退室するよう命じた。

 兵士が引き上げると、魯粛は劉備に立つよう言った。


「無罪放免にしてやるから早く帰れ。しかし剣は返せぬ。もう売ってここにはない」


「なんだ先にそれを言えよ魯粛」


 劉備は静かに言うと魯粛の顔面を鷲掴みしてギリギリと圧搾した。


「私の最高握力は351だが、今なら自己記録を更新できるぜ魯粛ぅぅぅ! 早く言えや脳味噌ぶちまける前に誰に売ったか言ってみなー!」


「待てえ!やめろ!言うからやめろ!切り替え早過ぎるぞお前!」


 悲鳴にも似た魯粛の声に、劉備はそのまま床に叩きつけてから手を離した。

 入れ替わりで張飛が喉元に剣を突きつける。もう殺したくて仕方ないオーラを隠しもしない張飛だった。


「言うから殺すなよ! あの髭男だ。あいつが百万で売れと脅してきやがったのだ、仕方なかろう! あの男、断れば屯所を全滅させるだけの事をしかねない目を鼻先まで近づけてきやがったんだ! あいつは間違いなくSクラスの属性持ちだ! 兵士もあの覇気には近寄れんわ!」



 なんだ関羽の奴だったかと力が抜けた張飛の横で劉備が戦闘モードのままに「あの髭! 草の根分けてでも見つけてやっからな!」と悪人じみた台詞を言った。



 急ぎ足で屯所を出ると簡擁が待っていた。


「関羽さんが家に戻るから、悶着起こす前に私と周倉さんに迎えに行けって」


 わざとらしく余りにわざとらしく何もない空間に「任務完了だねー」とか言って反応を窺う簡擁に張飛は拳骨をくれてから、金はどうしたのか聞いた。



「貯金どころか本の印税無理やり前倒しで奪った間違い払わせたお金も吐き出しましたよー。もうゲロゲロ~。明日からは捨てられた弁当を三人で奪い合う毎日ですねー! 野宿な毎日やっほー」



 語尾をいちいち吊り上げて劉備の大きい耳に向けて話す簡擁。

 劉備も流石に眉をぴくぴくと動かして、今夜は泊まってくれと言った。


 劉備宅に帰ると七星剣を手にした関羽が劉備の母に熱い抱擁を受けていた。


「髭! 貴様! 部下を飛び越えてパパになるつもりか!」


「お黙り劉備! この方は七星剣を取り戻してくれたのですよ! 兄のように敬いなさい!」


 劉備母の言葉に劉備よりも関羽がはっとなった。


「それがありもうした! 部下が駄目なら舎弟にして下され! ならば仲間と言っても過言ではござらぬし同列に並ぶわけでもござらん!」


 そう言って片膝を付く関羽を前に劉備は考え込んだが、母の一喝により承諾した。



「私の大義を理解して死ぬ覚悟があるのなら、義兄弟になるに悪くない三人――か。七星剣取り戻してくれたり屯所何かに付き添ってくれたりってのはなかなか出来る奴はいねーしな。おーし、試験も面接も必要無しで決まりだ! 母上、私は今ここに旗揚げいたします! 永きに渡りお世話になりました!」


 劉備は拳を天高く掲げた。

 その拳を劉備母が両手で優しく包んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る