第7話 劉備の家

 関羽は地に片足を付けると劉備へ部下にして下されと頭を垂れた。


「あ? まだ私の話は終わってないし、旗揚げ時は真祖の如く部下じゃなく仲間と踏み出すと決めている。只今、部下は受け付けてないから頭を上げろよ。髭が汚れてるぞ」


「仲間などと同列に立つには器が違い過ぎにて! 是非とも一兵卒の端くれに!」


「関羽っつたか。私はこうと決めたら絶対に曲げん。ヘソは曲げても決めた事は曲げん!」


「儂とて漢である以上諦めぬ」


「くどい! 話は終わりだ! 主人、勘定を頼む」


 奥から店の主人が出てきて4500Gだと告げた


「安いな! ツケで!」


「それは困ります。うちはツケは受け付けてません」


「私はこうと決めたら絶対に曲げん! 曲げんからな! 絶対にだ!」


「お客さんヘソ曲げられても困ります! っておい逃げた! 誰か州兵を呼んでくれ!」


「待て待て! 俺が払うから落ち着け州兵は呼ぶな!」


 張飛は胸元から財布を取り出して4000Gを主人に払った。

 500G足りないと言う主人の肩を抱いてこれが適正料金だろーがと凄む張飛翼々。


「さっき安いって……」


「あああ? 安いのはてめぇの命じゃねーのか? たかが500Gで失いかけてるしなぁ。今日はあれか、特売の日か? 命の特売と料理の特売かどっちなんだ? んんん?」


 刀をちらつかされて震える主人の手に簡擁が500Gを握らせた。


 「張飛さんてば悪役してないで早く関羽さんを追って下さいよー。すんごく危ない顔して劉備さんを追いかけて行きましたよ。あれは何かしらのイベントが起きる可能性大です! 見ないと500G以上に損しますよー! うわぁ楽しそ~う」 


 簡擁が言い終わるより早く、張飛は二人の後を追った。


 関羽と劉備が走りながら口論している後を、一定の間隔を保って張飛と簡擁が追う。


 村の外れ付近まで来ると、業を煮やしたのか劉備が関羽の巨体を軽々と持ち上げて放り投げた。

 関羽が体を捻って「漢!」と着地とポーズを決めてる間に劉備は近くの民家に滑り込んだ。


 三人が民家を覗くと母親らしき女性が「よく無事に帰ってきてくれました」と劉備を抱き締めていた。


 そのまま五分、十分と抱きあったまま時が流れ劉備マザコン疑惑が張飛の胸にどす黒く満ちてきたところで関羽が待てぬとノックした。


 「十五分ばかり待たれよ」


 劉備の返答に関羽は十五分間ノックしたまま固まり、ようやく激熱の抱擁を終えた劉備が扉を開けた。


「待たせな。帰った帰った!」


 扉が閉まる直前に張飛が関羽の横から片足を挟んで領収証を突き付けた。


「どちらさんだい?」


 奥からの声に怯んだ劉備の隙を突いて入った関羽が奥の女性の前で片足を地に着けた。


「劉備殿の母上とお見受けいたす。拙者、劉備殿の部下にと切望する関羽雲長と申します」


「まあ劉備! この方が手紙に書いていた同志なのですね。文面から一人とばかり思っていたのに三人も――母は感激で貴方を抱き締めたくなりました」


 涙を浮かべる劉備の母に、あいや四人でござるとあらぬ方向に手招きする関羽。

 ほれほれお主が前に出なくてどうすると背中を押すパントマイムをする関羽の頭頂部に簡擁のジャンピングスマッシュが抜群の音色を叩き出した。


「はいここまで~。私達はまだ仲間になる許可と料理のお題を頂いてないんでー、顔見せだけしにきました!」


 簡擁は劉備母に愛想のいい笑顔で応えた。


 関羽と簡擁の絡みづらいやりとりにも動じず微笑で応えた劉備母は、何にもないですが飲み物だけでも用意しますと奥に消えていった。


 早く帰れ、いや帰らぬ飯代払え、いや払わぬ吊るされてた時にパンツ見たな、ざけんなロリコンじゃねーと押し問答を展開する四人の背後で食器がけたたましく砕ける音がした。


 劉備の母がお盆を落として顔面蒼白となっていた。


「備や! 貴方、腰の物はどうしたのですか!」


 剣を向けられても動じなかった劉備の顔から母同様に血の気が引いた。


「あの剣を手放さねば女一人の人生が狂い、尚且つ母上にも迷惑がかかりました。私には剣よりそちらの方が大事でしたので!」


 劉備の言葉に劉備の母は嗚呼と崩れ落ちた。


「備よ、貴方の教育を誤りました。真相様より受け継ぎし七星剣よりも母の身を案じるとわ。七星剣無くして国の再興を掲げる大志はありません。長き貧困生活が備を単なる優しいだけの男にしてしまったのですか。母の身を案じて大志を見失うならば母は此処で命を断ちましょう」


 劉備の母は割れた湯呑みの破片を喉元に突きつけようとしが、劉備が必死に母を止めた。


「止めて下さい! 七星剣無くとも再興する志しはありますが母上がいなくては!」


「まだ言うか!」


 劉備の母は劉備に平手打ちを何度も浴びせた。

 劉備も避ける事をせず、黙って受け続けた。

 一発一発はたいした威力は無さそうだが、50発を越えたぐらいから異様な雰囲気が周囲を支配した。

 劉備の頬はもちろん、劉備の母の手も真っ赤に腫れ、それでも終る気配が一向に見えない。


 堪えきれなくなったか子供の見る物じゃないと判断したのか、関羽が引きまくっている簡擁を連れて消えた。

 張飛も堪えきれなくなり劉備の母の腕を掴み、剣を失ったのは俺のせいだ叫んだ。


 どうゆう事ですかと尋ねる劉備の母に張飛は事あらましを説明した。


「つまり仲間を助ける為に、ですか。しかし、たかが州兵ごときに――」


「ながまっでわげじゃババ」


「誰がババアですか!」


 頬が腫れ上がって相撲取りのよな口調の劉備を一喝した。


「その程度の腫れで狙った口調を弄するとは、まだ愛が足りぬようですね!」


 再び手を上げられても顔を差し出す劉備を張飛は直視できなかった。


「この劉備、目が覚めました。安易に剣にて解決して大局を見失っておりました。この程度の難局、本当の強さで威風堂々に突破できねばなりませんでした。今すぐに剣を取り返し、真祖の名をも取り返して参ります!」


「おお劉備、一市民ではならぬと気付いてくれましたか。痛かったであろう、母を許しておくれ」


 何か色々痛かったと共感する張飛を前に、親子はまたひしと抱き合うと、二人して涙を流した。

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