第6話 三魔人飲み交わし大志を大いに語る


 身軽になった劉備が前を行き、張飛は引け目を感じて口数も少なく後ろに続いた。


 「で、あの二人を見つけてから周倉の居場所を聞かしてくれるってわけだな。あいつは私の初めての仲間なのでね、再開するのが楽しみでしょうがないさ! あいつも母上の手料理食べるの楽しみにしてた事だし、なんなら皆で食べにこないか?」


 「いや、まず二人を見つけてからで……俺一人じゃ重くて支えきれなくなってきた」


 「なんだ、さっきまでは威勢良かったのに、背筋伸ばしてシャンとしろよ。幽霊みたいな顔してるじゃねーかよ。カカ、幽霊なんざ信じてないけどな!」


 張飛はいたたまれなくなって身長が十センチは縮んだ気がした。


 しばらく劉備9張飛1の割合で会話をしながら捜し歩いていると、酒屋の前で吊るされてぐったりしている簡擁を見付けた。


 助け降ろした張飛が問うと、関羽は簡擁から奪った小銭で飲んでるらしい。


 こんな幼女に無体な真似をと男気を出した劉備が店に乱入しようとしたのを抑え、張飛は二人を店裏へと連れて行き、簡擁に周倉の最後を映写させた。


 劉備、簡擁の能力に驚きながらも映し出された映像を見つめ、張飛の説明を聞きながら大粒の涙を滝のように流した。


 「周倉は盗人時代の癖が抜けきってなかったが悪い奴じゃないんだ。恐らく私の為にやったのだと思う。奴に代わって謝罪する、すまなかった」


 激怒すると思っていた劉備が落涙して謝罪の言葉を繰り返す様に、張飛はただ混乱した。


 この男は何も悪くないのに何故に頭を下げるのか。しかも男が体面もなく泣きじゃくりながら。


 逆に関羽が殺されていたならば、いかなる理由があろうと張飛は仇を討っただろう。


 ゆえに劉備の反応には裏があり騙し討ちを企んでいるのではと構えてしまうほどだった。



 「もうやめてくれ! 俺は何も被害を受けてやしない! 謝るなら関羽にだ! あいつは約束を守れなかった負い目から周倉の幽霊が見えるとか周倉は生きてるとか摩訶不思議な病を患ってるからさ!」


 「そんな繊細な男には見えなかったが――そうだな髭男が一番の被害者かも知れんな。あいつも含めて酒を奢らせてもらおう。飲みたい気分なんだ、付き合ってくれるよなお二人さん」


 「構わないが、俺は底無しだぜ」

 「構わないけど、私は底無し沼だからね!」


 張飛は劉備の誘いを二つ返事で受け、簡擁は適当に返答した。


 「ん、底無し沼ってのはどういう比喩か解せぬが、OKでOKなんだな」


 「私の魅力が底無し沼だから気を付けてって意味ですよー」


 「カカ、子供にしては言うねー、気に入ったよ」


 「ふふん。周倉さんだって私の魅力に参って誘拐しようとしたぐらいですからねー」


 「…………」

 「…………」


 劉備の浮上しかけていた気分が底無し沼に沈んでいった。



 三人が店内に入ると関羽が待ってましたとばかりに手招きをした。


 「目印を吊るしていたので直ぐに分かるとは思っていたが、予想以上に早く事が済んだのだな。」


 関羽、簡擁に対して悪びれた様子は全くないどころか店員を怒鳴るように呼びつけ五人分の酒を注文した。

 一人分多いのには劉備も張飛も嫌な顔をした。


「周倉何処へ行くか! せっかく王家の血筋殿が参られたというに、しゃいな奴めが」


 劉備は飲みかけた酒を関羽の髭に吹いた。


「すまなかった! あの約束は忘れてくれ! 私が奢るから飲みまくって忘れてくれ!」


「なんのなんの。この関羽、漢の約束忘れはしませぬ。危うく反古になりかけになりもうしたが、正に首の皮一枚で繋がりもうした。あそこでこちらを伺っている周倉が劉備殿にも見えるでしょう」


 劉備は関羽の指差す方向に目をやり、油で汚れた壁に向かって手を振った。


「おう周倉そこにいたか! カカカ、あんたは私との約束を守ってくれたわけだな。礼を言う!」


 そういう劉備の目からは涙が光っていた。その輝きは張飛が貰い泣きしそうなほどであった。


「ふう、そう言って貰えると、この関羽の肩の荷がおりもうした」


「関羽さんの肩の荷がおりて周倉って人も降りてきた! なんちゃって!」


「このロボット、ネジが何ヵ所か緩んでんじゃねえのか! 全然うまくねーから!」


 酒のせいか、少し言葉が乱れた劉備であった。


 先程の魯粛の件を肴に酒を飲み交わした。

 関羽は劉備の剣が年代物だと見抜いていたらしく非常に悔しがり、酒を飲むペースが上がった。


「張飛は飲まれやすいから飲みすぎるよ」


「ちっ、分かってるよ。この気分で飲みすぎたら、流石にやばいだろ」


 ひとしきり飲み食いし、腹も落ち着いた頃合いに関羽は劉備に真顔を向けた。


「昨夜、貴方は大志を持っていると言われたが、どのようなものかお聞かせ願えないだろうか」


「うん? 私の大志か? この劉備玄徳の大志を聞きたいのか? 生半可な心構えじゃ語れねーぞ」


 瞬間、劉備の目が鋭く光る。

 関羽、これを受け姿勢を正した。


「無論、気合いを入れて、耳を傾ける所存」


「はっ、私の大志は耳で聞くんじゃねーよ。心で聴くんだ。鼓膜を振るわせんじゃなくハートを奮わせるんだ!」


「沁み申した!」


 やたら畏れ入る関羽を笑いながら、良いの回った張飛は下腹に手を添え言った。


「だったら俺は子宮で感じながら拝聴するかな」


「お前、張飛と言ったか。私は女の下ネタは嫌いだ。黙って聞け」


 劉備の予期せぬ言葉に、張飛はどきりとして謝罪した。


 なんなんだよこれは……


 酒のせいか顔が熱くなるわ安易に謝罪してしまうわで、張飛は自分自身に戸惑いと苛立ちを覚えた。


 劉備は杯を空けると熱っぽい口調で語り始めた。


 「私の大志は一言で言えば国の平定だ」


 言って劉備は探るように三人を見回した。

 張飛も関羽も流石に胡散臭い顔をするも言葉には出さない。簡擁だけはいつもの簡擁だった。


 「私を法螺吹きだと思う者は群雄の風に吹き飛ばされてればいいし、私をビックマウスだと思う者は黙って見てればいい」


 鼻で笑いそうになった張飛だが、劉備の漂わす尋常でない雰囲気がそれを阻止した。


 「流血のバレンタインデー戦争に始まる火の七日間で、絶頂に達していた文明も国も破壊され、長く続いた混沌の時代を三傑と伝説のアンドロイドに助けられた真祖劉邦が制し、再び国をまとめ上げた平和と秩序を我々は得たわけだが」


 「おー、邦ちんね。懐かしいなあ」


 「……お前簡擁っていったか、真祖様を気安く邦ちゃんとか呼ぶんじゃない!

人違いだぞ? お前の知ってる邦ちゃんとは人違いだぜネジを締め直せよそれとも嘘かい嘘は好きかい」


 劉備は簡擁の扱いに慣れてない上に酔が回ってるのもあり、いちいちツッコミ役に回った。


「嘘は嫌いだけど、冗談は大好き! 張飛さんも大好き!」


 張飛に抱き付こうとして軽く頭突きで返される簡擁。

 やっぱ嘘だったのかと呆れた様子の劉備は新たな酒を注ぎ、関羽にも酒を注いでやる。

 儂の事は好きじゃないのかと聞きたそうな顔をしている関羽だが、それを口にしないのが漢だと信じてるのが関羽なのだろう。


「昔話はやめよう。今を見ろ今を! 真祖劉邦様の理想とはかけ離れ、役人が甘い汁をすすりまくって虫歯になっているし、群雄は好きに地方を治めて民は疲弊するばかりだ。これらを一掃しなきゃ、民が幸せにはなれぬ」


「それはそうだが、どうしようもないだろ。俺達にできるのは精々山賊退治ぐらいさ」


「張飛の言うように、力無く官位無くコネが無い者は役人に手が出せぬ。ここで声を出すぐらいが関の山ではあるが、劉備殿には何かあるのですか」


 劉備、何を今更と言わぬばかりの顔で大義があると声を張り上げた。


「大義があれば十分だろーが。私は国を平定してやるさ、真祖のようにな」


「で、国を平定して帝にでもなるつもりかい」


「帝は二人もいらぬ。民が幸せになったら現帝に国を預けて百姓でもするさ。役人より百姓のが人としての価値は高いしだろ」


 張飛は関羽を見た。

 予想通り打ち奮えていた。相棒がこの手の話しに弱いのは千も承知だ。

 何とか劉備を論破して漢の道を暴走しそうな関羽にブレーキをかけねばならない


「はっ、言ってる事は立派だが、いったいどうやったら国を平定できるのさ。大義とか曖昧な単語じゃなく具体的に教えてくれよ。ふざけた解答だと、頬の刺青が読めなくなるぜ」


 張飛は刀の切っ先を劉備の頬に向け、ちくりと刺した。



「大義あるのみ」



 瞬間、関羽の偃月刀が唸り張飛の刀が宙に飛んだ。


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