第2話 不死身の男(自称)
塩だけでもかなりの重みがあるのだが、その上で横になっている張飛と眠り続けている少女の体重を加えてすら軽々と関羽が荷車を引いて進んでいく。
「おい」
関羽が振り返りもせずに問う。
「ああ」
張飛が身を起こして周囲を窺った。
夜の静寂が周囲を制圧し、鳥の鳴き声一つしない。
荷車が進む音に隠れて、風によるものか草木が擦れ合う音がわずかに抵抗しているぐらいである。
「前に二人」
そう呟くと張飛が荷車から音も無く飛び降りた。
しばらく前を関羽、後ろを張飛で担当してまま進んでいると、いかにも山賊のような格好をした二人が動作だけで静止を促してきた。
見ると腕に黄色の布が巻かれている。
最近流行りだした太平道を旨とする新興宗教員の証だ。
宗教の枠に留まらず、武装蜂起し国に反逆までしている独自勢力となっている恐るべき集団。
「よーし、荷車を捨ててすぐに逃げろ。賊に囲まれてるぞ」
二人いる中でも年上で武骨な男が囁くように言った。
もう一人の若い男は関羽の横にきて交代する的な仕草をした。
暗くて確とは分からないが、頬に何か書いてある。
「賊はうぬ達であろう。命を捨てたくなければすぐに逃げるがいい」
そう言った関羽の顎髭を、若い方がいきなり引っ張り顔を己の目線に合わせた。
瞬間、若者が殺されると張飛は確信した。あの髭を粗末に扱って無事に済んだのを見た事が無い。張飛も何度か危うい目に遭ってるので尚更だ。
「例え貴様が神でも悪魔でも将軍でも髭魔神でも気軽に生殺与奪を語るんじゃねーよ。誰もが生きる為に懸命なんだ。脅しだろうと本気だろうと命を安く語ってんじゃねー!」
薄暗くなった山中でも分かるぐらいに、関羽の顔が紅潮した。
小刻みに震えてはいるが、それ以上は動かない動けない。
関羽は性格上、正論で攻められると弱いのは知っているが、それを踏まえても張飛には不思議な光景に思えた。
「賊が偉そうに語るじゃないか。お前が絡んでる男は賊を喰らって生きてる鬼人だぜ」
「女、私は賊なんかじゃない」
「だったら何だよ」
「んんん、私に聞いてるのか。この私が誰か聞いてるのか女? 私は劉備間違えた馬休だ。馬鹿も休み休み言え的で雑魚っぽいだろ」
「馬鹿も休み休み言うがよい。劉姓なら王家の血筋ではないのか」
引っ張られていた髭を擦りながら言った関羽の声が、僅かに震えていた。
「馬鹿休みとか、そりゃ私が言った台詞だろーが。オウムかてめえの前世はオウムかよ。っと、いけないいけない、奴等の合図が聞こえるな。早く逃げた方が身の為だぜ。私が荷車を引いて囮になるから早く逃げな」
されるがままに荷車を若者に託し、夢遊病者のようになっている関羽の様子を見て、張飛は舌打ちをした。
「囮になったらてめーが賊に殺されるぞ。賊の仲間じゃなければ、だがよ」
「まーだ疑ってんのかよ。私が賊ならたかが二人、いや三人にこんな面倒な事をするかよ。それに私には大志があるから、こんな場面で死なないよ。剣を使わせても一騎当千とまではいかなくても当三ぐらいはいけるぜ!」
「若者よ荷は任せたぞ」
関羽の言葉にに、それは違うだろうと張飛は思ったが、賊が周囲に集まりつつあるのは察していたので口をつぐんだ。賊が何人もいるなら荷なんて二の次だ。
「そいつは大事な商品だ。後でちゃんと返してもらうからな!」
「商人か。ならばタク県の楼桑村まで取りに来いよ。そこまで周倉に案内してもらいな。この山の抜け道にも精通してるし、賊からはうまく逃げれるはずだ。荷台の幼女は商品ってわけじゃないんだろ。こいつはさすがに預かれねぇから何とかしろよ髭男爵」
関羽は承知とばかりに幼女をドサリと地面に降ろした。
「あなたはどうなさるのですか。重い荷車を押しながらだと逃げ切れまい」
「この私に同じ事を二度と言わす気か? 私は決め台詞を言うのは大好きだから何度でも言ってやるぜ。私は死なん! 大望を果たすまでは死なん! 故にこんな導入部で死なん! 心配無用だ! むしろ周倉、死相が出てるぜ気を付けな。
ああそうだ、この周倉はようやく見付けた仲間だからお前達が死んでも周倉は逃がせよ」
「承知した。漢同士の約束だ。あの満月に誓って守る」
「いやいや今夜は三日月だぞ――大丈夫か髭君?」
「ぬ、ならば漢らしくあの蛍のケツの光りに誓う」
「誓うなら普通に三日月か、せめて星だろ。無理に狙う必要ないだろ。
周倉、くれぐれも気を付けなよ。どうやら普通の商人じゃなさそうだぜ」
「普通じゃないのは見れば分かるだろ。それに黄巾にいる間は俺の名前も馬鉄って言う約束だろ」
「悪い悪い周倉、俺は先に行くから賊を巻いたら家に来な。母に紹介するからさ。ようやく紹介するに足る人物に出会えたし喜んでくれるはず!」
「勝手に話が進めてんじゃねーよ。俺達は賊相手に逃げるなんてもったいない事はしないし、その荷車をお前一人で引けるとも思えねーな。俺や関羽ですら二時間毎に交代しなきゃ息がきれる」
張飛は身を屈めて若者の目線に近づきニヤリとした。
「普通に押せたらキスしてやるぜ」
若者は腕にぐっと力を込めると、空車でも引くかのように前進した。空車ではないと訴えるように荷車からぎしぎしと重低音が響いた。
「かかかかか! 私の名前は馬休だぜ。荷車引く為に生まれたようなもんよ! いや待て待てあんまりかっこよくねー台詞だな。大女に喰われたくねーから、このまま行くぜ! 賊が私に追ってくるすきに逃げろよ!」
待てとばかりに追おうとした張飛を関羽が止めた。
「あの方は漢だ。故に信用できる。賊を退治してから追えばよい」
「どんな基準で漢度を測ってんだよ、夜だし感度狂ってんじゃねーのか?」
「漢は漢を知る。拙者も以前、漢らしく生きようと意気込み額に漢と刺青を彫ろうとした。だが出来なかった。顔に刺青を掘る根性が圧倒的になかったからだ。だがあの方は大きな刺青を、しかも愛と掘っている! 並大抵の漢度ではない! 久方ぶりに自分より上の漢に出会えたわ!」
「お前の物差しは顔面刺青か」
「張飛。お前も顔に虎髭の刺青を掘ってるだろう。だから義兄弟の契りを交わしたのだ」
「出会った時の壮大で感動的な事件は関係なく顔面刺青で決めたのかよ!。つーか俺のは単なる傷だからな!」
「おい、いい加減に静かにしろ。賊に見つかる。早くこっちに来て隠れるんだ」
周倉の苛立ちを無視して関羽は腕の荷物を地面に投げた。
「今夜は記念的な日になるかもしれん。簡擁に記録させるから起こすんだ」
「青山で暴れた時から半年経ってない。まだ充電が足りないだろ。無理に起こして壊れちゃかなわないから自分でやれよ」
「機械は苦手だ。壊したくなる。いいから強制起動しろ」
張飛は肩をすくめると倒れている美少女の服の内側に手を入れて地肌に触れた。
周倉が唾を飲み込んで見てるが気にしない。
美少女は目がカッと開いて機械音を鳴らしながら立ち上がった。その頭上に赤い輪が不規則に回っている。
「こいつは――いったい」
「ロストテクノロジーで名は簡擁だ。戦闘用ではないのに青山で暴れたせいで充電が切れたままだったのだがな。さて、ちゃんと動くか」
「青山――半年前に謎の爆発で形が変わったっていう青山か!」
「ん? 何だお前知ってるのか。あれはこいつのせいだ。もっともメイン機能は俺と関羽の活躍を記録して活字にする事だがな。おっ、無事に起動復帰したみたいだな」
簡擁は何やら呟いていたかと思うと、急に大声を出した。
「あー! まだ5ヶ月と13日しか経過してないじゃないですかー! 半年間はダメですって言ってたのにひどいじゃないですか!」
苦情を言う簡擁に周倉は信じられぬ凄いと呟きながら、簡擁の両肩を掴んだ。
「アトミックボンバー!」
簡擁の右アッパーが直撃し、瞬時、周倉は宙に浮いた。
「戦闘もできるのかよ!」
周倉は顎をさすりながら凄いを連発して簡雍の両肩を再び掴み、次の瞬間に繰り出されるアッパーを軽くかわして興奮しきった視線を浴びせ続けた。あまりに見かねた張飛が周倉を簡擁から引き離して説明を始めた。
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