三国血風録

@akisameyasai

第1話 二人の魔人

 トラブルの気配を敏感に察知した露店商の何人かは、店をたたむ中、商品だけを隠した三人組に五人組の男達が近づいた。




 「そこの流れ商人、お前達は誰の許可を得て此処で商売してやがるんだ、あぁ?」




 見事な長髭の大男と顔面に黒い炎のような刺青をした異相の大女が舌打ちした。

 もう一人、まだ年端のいかぬ顔立ちをした少女が二人の後ろで歯軋りしながら眠っている。




「おい関羽かんう、こいつら俺達に喧嘩売りにきたみたいだぜ。いくらで買うよ」 


 大女が口だけに笑みを浮かべて言った。赤い目が特徴的な三白眼はにこりともしていない。


「無用。役人相手だ高くつく」


  関羽と呼ばれた大男が高い位置から、落ち着き払った低音で応じた。


「ならいっそ、こっちから売るか。俺達商人は売りが基本だろ。転売できないぐらいにギタギタにしてやろうぜ兄弟」


 大女が今度は茶目っ気たっぷりな表情で、悪人がよくする笑顔を関羽に向けた。


張飛ちょうひ。役人は仕事をしているだけだ。何より商品を売り捌くまでは面倒事を起こすな」


 関羽が五人組に背を向けたまま張飛と呼ばれた大女を諭した


 

 その態度が気にくわないのか、5人組の一人が唾を吐きながら怒声を上げた。




「何をごちゃごちゃ言ってやがる! さっさと場所代払うか痛い目見るか決めろコラ!」


五人組がわざとらしく剣をがちゃがちゃと鳴らす。その仕草は慣れたものらしく、まるで演奏のような音色を立てた。



「何だゴロツキか」


 関羽の着る色あせた緑の旅装の袖からのぞく太い両腕が、言葉より威圧感を発する。



「役人様だコラ。ここじゃ俺達の許可無しに商売できない。出すもん出せばすぐにでも許可書をくれてやるがな。いや舌じゃねーよ、そんなもん出されてもムカつくだけで笑えねえぞ大女。むしろ許可書代金が大幅アップしたぞコラ」


 役人の中で一番小さい男が、関羽の腕を見てフンと鼻を鳴らした。


「何なら後ろで寝てる女を一晩貸すだけでも構わんが」


「ロリコン野郎が。生憎とこいつはアンドロイドだ」


 吐き捨てるように言った張飛の真っ赤なくせ髪がゆらりと揺れた。乱暴に切られたショートカットであるがゆえに、それはまるで炎のように揺らめいた。



「へたな嘘つくんじゃねえ。薄汚い商人風情がロストテクノロジーを所有してるわけないだろ。金出すか女を貸すか、お縄を頂戴するか選べや」




 関羽がまくしたてる男を無視して立ち上がった。役人達よりも頭二つ分は高い。




「客がきた。邪魔だ。そこをどけ」




 役人達の後ろに老婆が手に小袋を持ったまま、困ったように立ち尽くしていた。




「塩が安く買えると聞いたんじゃが……」


「塩だぁ? 塩の売買は禁じられてるぞババア」




 人相が一番悪い役人が、老婆から小袋を強引に奪った。




「ちっ、しけてやがるな。こいつで許してやるから失せろ」


「返しとくれ! じい様が死ぬ前に塩を使った料理を食わせてやりたいですじゃ!」


「へっ、知るかよ。さっさとくたばれや」




 小袋を高く掲げて老婆を蹴り倒した。


 と、関羽がもう一段高い位置から小袋をさっと奪い返して懐に入れ、代わりに売り物として並んでいる袋を二つ老婆に手渡した。




「こいつは辛い砂糖だ。魚なんかにはよく合う」




 拝むようにして立ち去る老婆に伸びた役人の手を、関羽が締め上げた。

 途端、残りの役人が一斉に抜刀して囲む。




「うぬ等は老人を敬う事すらできんのか!」


「黙れ! おまえ達は何を売ってやがるか! 塩は国の専売だぞ!」


「てめえらみたいに油を売ってるわけじゃないぜ」


 張飛も拳を鳴らして立ち上がった。後ろの少女は死んだように眠ったままだ。




「俺達のどこが油問屋に見えるんだコラ。てめえの言は俺達の怒りに油注いだだけだったな」


 役人の一人が半笑いの表情で挑発した。



「なんだその油の被せ方。お前は頭悪いのか? それともわざとボケてるのか? だとしたらスベってるそ。油なだけにかなり滑ってるぞ小役人」



 張飛が燃えるような赤髪をかき上げてつまんなさそうに応じた。



「やめておけ張飛。皮肉も通じん馬鹿を相手にしても仕方あるまい。お前の油にかけた表現も二十五点てとこだ。掘り下げる話題ではない」



「厳しい採点じゃねーか関羽」



「三十点満点でだ」



「ひゅー! そりゃどーも! さて行くか。この村から出て行けばいいんだろ」


 張飛は段取りよく店を畳んでいる関羽の手伝いを始めた。

 瞬く間に店が一台の荷車に収納されていく。


「行かせるわきゃねーだろ! 塩を売ったとなりゃ賊扱いだ。斬られても文句言わせねぇ!」




 五人組の役人が一斉に抜刀して関羽と張飛を囲んだ。

 相手が丸腰と見て、狩りでも楽しむような雰囲気が漂っている。




「おい大女、裸になって許しを乞えばお前だけは助けてやる。俺はでかい女が好みだからよ~」




 役人の中でも一番背の低い男が舌なめずりをしつつ、値踏みするように張飛を見た。




「ちなみにこいつは身長は低いからって油断すんなよ! 何しろ属性持ちだ! 人狼属性でな、言う事聞いた方が身のためだぞ」



 役人の中の隊長らしき男がまるで自分を誇るように言い放った。



「そんな人を騙すのが得意そうな属性怖くねーんだよ、ちなみに俺達は鬼とヴァンパイア属性だぜ」




 張飛が犬歯を光らせてにぃーっと笑い、もう一言付け足した。




「いい忘れたが俺はちびは好みじゃねーから」


人狼属性の男の顔面がみるみる赤く染まる。


「闇商売の塩商人風情がそんな上位属性持ってるわけないだろ!」


 言うが、人狼属性と言われた背の低い男が更に低い姿勢で猛然と張飛に飛びかかる。


 その速度は人よりも狼のそれに近い。


 刀剣を鞘に入れたまま柄で殴打にいったのは役人としての心得か人としての情けか。 




 張飛は足を止めたまま、その柄を片手で止め、もう片方の手で役人の腹に掌底を打ち込んだ。

 凄まじい勢いで吹き飛びながら捻りも加わり、2回バウンドしてそのまま白目を剥いた。




「張飛!」


「大丈夫。もの凄く手を抜いた。殺してない」


 ほら動いてるだろと言わんばかりに、張飛は吹き飛んだ男を指さした。



「貴様等! この場で公開処刑決定したぞ!」


 それを見た隊長格の男が叫び声をあげる。その右手にある剣は既に抜かれていた。



「あん? 俺と関羽殺るにゃー、神属性クラスを連れてこいよ」


「ぬかせ!」




 残りの四人が二人一組となって関羽と張飛に襲いかかるが、一瞬にして殴り倒された。

 戦闘というより運動でしかなかった。




「やるねお二人さん!」




 周りから大歓声が上がった。

 日頃から多くの者が役人のやり方に不満を抱いていたのであろう。




「外道な役人は漢道を往くこの関羽が成敗いたした! 安心して売買されるがよい。張飛、役人供には塩だ塩を撒いておけ!」




 関羽は5人の役人を一人で担ぎ上げ、町人達に見せるかのように道の真ん中をゆっくりと歩き、往来の最も激しい通りに降ろして並べて吼え声を上げた。その行為にどんな意味があるかは連れの張飛にも判然としないが、町人は大喜びだった。




「また伝説を作ってしまったようだ。ページ数を圧迫してしまうわい」


「その心配は無用だな。こいつは充電中で寝たままだ。記録してねーよ」


「ぬ、我等の伝説をプリントアウトするしか能のないガラクタめが。起きたら我が漢の道五人抜き編を聞かせねばならぬか」


「その程度で語るんじゃねーよ。それより商売繁盛だぜ。早く捌いて次に行かなきゃ次は州兵がくるぞ」




 関羽と張飛の塩屋は役人成敗の噂と安値が絡まり、日暮れ前には完売した。

 二人はすぐに店をたたむと荷車に眠ったままの少女を乗せて町を後にしたのだった。

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