鶴の様な蛇
第8話 最弱ハーモニーをプロデュース
「三田村ァ!!あんた調子に乗ってんじゃないわよ!!」
「全くですね......」
「このッ......卑近女ッ!!」
「あん?卑近?」
伊緒の名を呼ぶ怒声。不機嫌な顔で振り返ると3人の女生徒が腕を組んで立っていた。
「なんなのあんたら?3人揃ってさ、ジェット気流攻撃!!とかやってくるわけ?」
「
ショートヘアを
「せめてそのチンケなセンスをアップデートして頂きたいと思いますね......そう、3人組と言えば
「言い方変えただけだろう!!」
眼鏡をくいっ、と上に上げた三つ編みの女生徒にデコが突っ込む。
「ダリルと、ワッツと......みつきさん?」
「違うトライスター混ざってるじゃねえか!!」
「とりぷらー。」
両目が隠れるほど前髪が伸びた女生徒の頭に、デコがチョップを入れた。
「あのさ、あんたらの漫談に御捻りあげられるほどお金持ってないんだけど、私。しかも面白くねぇし。」
心底つまらなそうに伸びをした後、伊緒はいつも通りにスマホを弄り始めた。
「うちらが何者かって?」
「なんでもいいから離れてくんない?」
「だったら答えてあげましょう!!」
「聞いてねえって......」
「そう、我々は麗様親衛隊!!おはようからおやすみまで麗様がだいすきな、って逃げるなおい!!」
「チッ......」
逃げようとした伊緒の肩をデコが掴み、いつも通りに舌打ちする伊緒。
「離せよーっ!!絶対関わったらろくな事ないの見え見えなんだからさぁー!!もう名前からして損する感じしかしないし!!もう麗だけでいっぱいいっぱいなのにさぁ......それに輪をかけた馬鹿が3人もさぁ!!」
「五月蠅い!!私だってお前みたいなスマホ中毒陰険眼鏡になんかと話したくなんかないんだよ!!てかあんたどんだけ麗様に気に入られてるんだよ、ムカつくんだよ!!」
デコが伊緒を勢いよく揺らす。
「お前らに存在感が無いだけなんじゃないかな!!影が薄いの3人も麗は覚えらんないんじゃないの?私ならむーり!!」
「言いましたねナンセンス眼鏡!!」
「お前も眼鏡だろ!!てめえの顔についてるのなんだよ!?」
三つ編みに減らず口を飛ばす伊緒。
「ガチャ爆死スクショ女!!」
「るせぇ!!爆死はしてっけどしてねぇ!!地味に堪えるのはやめろよ......来ると思ったんだよSSR......残り今月少ない小遣いでさぁ......」
「今のは言い過ぎよ、謝んな。」
「ごめんね。」
メカクレに痛い所を突かれ、財布の中身と残高がどうなっているかを思い出しへこむ伊緒。少し気の毒に思ったのであろうか、デコがメカクレに謝るように促す。
そんな彼女たちを、教室の外から不敵に見ているものがいた。
「相変わらず口が悪いんスねぇ、ミムさんは。ホント人付き合いの下手糞さが変わらず仕舞いですわ。」
グラデーションボブ、というには横髪のボリュームが大きい琥珀色の髪をかき上げながら、薄く開いた口から不揃いで鋭く研ぎ澄まされた歯を見せ苦笑する女生徒がいた。
「さて、と。」
その女生徒は、制服の胸ポケットから黒皮のケースに包まれたスマホを取りだし、電話帳のアプリを起動する。
「あ、もしもし?自分っス。え、誰だかわからない?いやだから、はぁ?マジであれやんなきゃいけないんスか!?......仕方ないっスねぇ......」
溜息を吐きながら、女生徒はもう一度スマホに話しかける。
「こちら『ホーネットⅡ』、目標は教室内で交戦中。『蒼蛇』の絶対正義を執行されたし。繰り返す、絶対正義を執行されたし......これでいいスか?」
「上出来だ『ホーネットⅡ』。今から向かうよ、悪徳は正さねばならないからなぁ。」
スピーカーから流れる、ボイスチェンジャーでで加工しただろう低く唸る声。
「まぁ、早めに頼むっスよ。ちょっと図書室いって期限切れた本返してかなきゃいけないんで。」
「ハヅ、あんたまた延滞したの!?」
「たかだか三日程度っスよ、ちと頭下げにいくだけっス。それと、はづきは『ホーネットⅡ』じゃなかったんスか、『蒼蛇』サン?」
自分で作って人に課した設定も
「あ、いや、そうだった。『ホーネットⅡ』は別働後、教室に合流されたし......つか、期限位ちゃんと守りなさいよだらしないなぁ。」
「次から気をつけるっスよ。じゃまた。」
「ちょっと!!まだ私はいいたっ」
電源ボタンを押し、『蒼蛇』との通話を無理やり打ち切り、気怠そうに肩を叩きながらはづきはスマホのカバーを閉じる。
「まーったくなんなんスかね、無駄に力がある人間つーのは。すぐに人に上からあーだこーだ言いたがる上に強要してくるってのがねぇ。言われたことだけ素直にやればいんだっての。まぁ......」
前方へと歩き出し、右腕を水平にあげ犬歯をむき出しにし、はづきは叫びだした。
「最後に笑うのはこのはづきっスよミムさぁん!!このはづきに慄き感謝するっス!!あんたがまったく成長しない間、はづきは圧倒的に成長しまくってるんスからねぇ、肉体的にも精神的にも!!カーッハッハ!!」
後ろにいた他生徒がドン引きしているのにも気づかず、はづきは図書室へと向かっていった。
「......え、何あれ?」
「2組の副委員長の武尾さんでしょ?ルックス結構いいんだけど、所々残念で有名なのよね。生徒会でも委員長に怒られてるのがしょっちゅうでさ、締め切り守れないタイプなのよ。」
「なんでそんなの生徒会に入れたのよ......」
「2組の委員長がやり手でね、自分が性根叩きなおすからってさ。パッと見小学生なんだけど、凄い仕事できるのよ。あと、所々大人びて見られたいのか難しい言葉とか頑張って使うのが可愛くってさぁ。思わずお菓子あげちゃうのよね。」
「ふ、ふーん......大丈夫なのこの学校?」
「聞こえてるっスよ!!」
一方、教室ではまだ伊緒と親衛隊の3馬鹿の小競り合いが続いていた。
「いやさ、私が言うのもなんだけど三田村マジ金の使い方考えた方がいいって。」
「麗様にも言われてるんでしょう?」
「1%切ってるもんにかけるくらいだったら素直に撤退したほうがいいよ?」
「うっさい!!私の小遣いで私が遊ぶことの何がいけないのよ......」
そんな正論は聞き飽きた、と言わんばかりに3馬鹿からの忠告から伊緒は耳を塞ぐ。
「悪いとは言わないけどさ、他の事にも気回そう、って話よ。そんな自分の都合ばっか考えてたら友達いなくなるよ?現にあんた麗様が声かけなきゃボッチだったじゃん。」
「わ、私にだって友達くらいい、いた......けど......今はいないだけだし。」
「それをボッチというのではないですか?」
「......誰にだって話したくない事ぐらいあるでしょ?」
どうやら伊緒にとってあまり聞かれたくなかったことらしい。目線を下に向け、口をつぐむ。
「ま、これ以上追及したとこでこっちまで暗い気分になりそうだし止めとくわ。本題に入るわよ。」
「え、さっきの漫談と説法で終わりじゃないの?」
まだこいつらと付き合わなきゃいけないのか、伊緒はデコを見ながら嫌そうに答える。そろそろ『ソドブリ』のスタミナも満杯になるというのに。
「なわけないじゃないですか。」
「ほぼほぼ初対面の人間にここまでブッコンだことして終わりとかしないよー。」
三つ編みとメカクレが続ける。
「もう終わりにしてくれよぉ......」
「単刀直入に聞くわ、三田村。あんた、金ないでしょ?」
「無いわ、まったく。」
「即答ですか!?」
「恥も外聞もないね。」
「だったら都合いいわ。あんたから買い取りたいものがある。」
「へぇ、私から何を買い取るっての?あいにくだけど、アンタらの欲しそうなもんは無いと思うんだけど。」
「あるでしょ?あんたのスマホの中にさ。」
3人が伊緒のスマホを指さし、ニヤリと笑う。
「な、『ソドブリ』のアカウントは売らないわよ!?」
「ちげーよ!!ここまで言ってて逆にわからないのも凄いわ。私たちなんて名乗った?はいリマインド!!」
「思い出せって......あっ!!」
伊緒はメールのアプリを開く。
「そうよそれ!!麗様の自撮りよ!!なんであんたが気に入られてるかわかんないけど、こんなトンデモお宝ありますって言われて手にしたくならないのいないでしょ?」
「いや、私はあんまりなんだけど......」
「そこなんですよ!!三田村さんにとっては全く価値がないんでしょうが、ないんでしょうなぁ......」
三つ編みががっくりと肩を落とす。
「ま、落ち込むなって。麗様、最近三田村さんの話ばっかしてるからファンが嫉妬しちゃっててね。麗様と三田村さんの関係が素晴らしいィ!!って言ってるサイケな人もいるっちゃいるんだけど私みたいな少数派なのよ。でまぁ、過激派もいるわけでさ。めんどくさい事になる前にうちらで対処しようかな、って三田村さんにコンタクトとったわけ。」
「へ、へぇ......ずいぶんと私も嫌われたもんね......」
メカクレの説明に若干ながら引き気味になる伊緒。
「で、あんたらみたいなの何人いるのよ?」
「学区外含めて60人は少ないわね。」
「はぁ!?馬鹿なの!?」
自分にセクハラをかましてくる女のシンパが60人はいる、その事実が伊緒の頭をまた痛くしていくのだ。
「ネット見る限り、中学時代からのファンが多いみたいです。麗様はあまり中学の時の事を語りたくないみたいなんですよ......保寺さんなら知ってるんでしょうが、なんかあの人から聞くのは怖い......」
「わかるー。近寄りがたいっていうか、ちょっと生きてる空間が違うよね。セレブの覇気ってやつ?」
自分の弟を駄犬にするぐらいだからな、と伊緒は先日の紅音の行動を思い浮かべた。
「つーわけでさ、他の奴らが下手な事する前にうちらでどうにかしよう、ってことにしたわけ。たださ、あんたみたいなクズの為にタダで働くのはなんか癪でさ。」
「ただ、麗様が内ゲバで悲しむようなことがあったら私たちの方が悲しいです。だったら三田村さんがクズでもある程度は保護した方がいいかと。自分の恥は推しの恥ですし。」
「そうしたら麗様の自撮りの話が飛び込んできたわけでさー!!これはいい対価になるんじゃないかと思ってね。ドクズが欲しがってなさそうなら私たちが貰っちゃおうって。」
「さっきから言わせておけばクズ屑って......」
短期間に自分に浴びせられた罵詈雑言に対する怒りで、拳を握りしめる伊緒。
「で、どうするの三田村?うちらが出せるのは3人で4000円ほどだけど。こんだけあればスマホで遊べるでしょ?」
「は?十連しかできないじゃん?」
「年齢制限がもうけられているから課金はその程度しかできない筈では?」
「まぁ、そうだけどさ......」
「量は三田村さんの良心に任せるよ?初めからその辺りは信用してないし。」
「んんッ......!!」
伊緒は悩んだ。このスマホに入っている大量のポルノ画像をこの女共がそこそこな値段で買い取ってくれる上に、自分の身を保証してくれるというのだ。圧倒的にアドバンテージしかない。だが。
(麗は......私の為だけに撮ったんだよね......)
自分だけの特別、その事実もまた伊緒を悩ませる。麗は自分の事が好きだから......だから!!
「売るわ!!私のもんだから私がどう処理しようと勝手だしね。」
だからこそ、自分の利益へと変える。それが三田村伊緒である。
「いやったぁ!!思った通りに動いてくれたぞこの下種!!」
「流石三田村さん!!下種で素晴らしい!!」
「んーっ、私は麗様気遣って渡さないの方選ぶと思ったんだけどなぁ。ま、これも愛のカタチだもんね。よっゲスかわ!!」
「おまえら嬉しいなら嬉しいだけでいりゃいいだろ!!なんで一々煽られなきゃならないんだよ!!」
もうこいつらに怒っても仕方ない、伊緒は目の前の金のために諦めることにした。
「つかさ、麗の親衛隊とか名乗っておきながら私から横流しした写真買い取っていいわけ?なんか思ったりしないの?」
「まぁ、いいことではないとは思うけど。でもさ、目の前に欲しいもんあって手が届く距離にあるなら見ちゃうし掴んじゃうのが人間でしょ。ましてや、自分にチャンスが無いものなら尚更。」
デコが伊緒に疑問に答えながら財布を取り出す。
「欲望に忠実で清廉潔白になんて生きれませんよ、私たちには。」
「解脱でもすれば別だろうけどね。」
三つ編みとメカクレが、続いて自虐を込めて微笑む。
「ふ......あんたらの気持ちわかってきたわ。私だっていけないなー、と思いつつオクでイベント限定のDLCのコード買ったりするもの。」
「いや、それは現地行くか公式の通販で買えよ。」
「今すぐ欲しいの!!」
伊緒と3馬鹿の空気が多少良くなってきた、その時。
「へぇ......個人情報の流出に売買、こいつは立派な悪だな。『ホーネットⅡ』もよく調べたもんだ。」
低く、籠った機械音が混ざった声が、伊緒の後ろから投げかけられた。
三田村伊緒は振り返る。自分の後ろへと。
「ねぇ......早速契約実行してもらっていいかな......?」
「これは適用外、ってことで......」
コバルトブルーの仮面に黒のマントで全身を覆った子供が、彼女たちを見つめていた。
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