スマッシング・ミタムラ

第7話 硬化する倭をプロデュース

「もう一度問おう、三田村伊緒みたむらいお

「あっ......!!はっ......!!」

「どうなのかとボクは聞いているのだよ。ねぇ?」

 放課後の教室の片隅、誰もいない教室でそれは行われていた。そこにはセンチメンタルなロマンスなどなく、ブラウスが鋭利な刃物のようなもので切り裂かれ、数年前に買った時から使い古されている下着が露出した状態になった伊緒が、子供に馬乗りにされ首を絞められていた。

(なんでこんなことになったの.....?確かに私がしたことは傍目から見れば悪い事かもしれないけど......いや、悪くないっ......!!私は悪くない!!)

 ほんの数分前まで、ただ平穏に、上手い儲けが出て終わるはずであった過去は既に遠く、ただ目の前に迫るという今が、伊緒の意識を遠のける。

(たっ、助けてっ......れ、い......)

 遠のく意識の中で、ただ自分の事を盲目的に愛してくれた女の名を叫ぶことしか、今の伊緒にはできずにいた。



 約20分前。

「というわけで、今回の授業は『リボルビング払いによる借金苦』の項目で終わりだ。利息計算のところは今度の小テストで出すから覚えておくように。次回は、『マルチ商法の被害、その対策』からやるので予習しておくように。」

「起立!!礼!!」

 6時間目の授業を終えるチャイムと同時に、教室にいる殆どの生徒たちは待っていたかと机の上を片付け、教室の外に出ていく。ショッピングを楽しみに友達と喋りながら出るもの、先ほどの授業の質問をしにノートを持って教師を追いかけるもの、教室の後ろで固まって陣取っているものと様々だ。

「あーあっ、つっかれた......三か月ぶり位に学校来たような疲れだわ......」

「何言ってるの伊緒ちゃん?私たち平日は学校来てたじゃない?」

「例えだよ例え。そんだけ疲れてんのよ......」

 自分の机に寝そべりながら、伊緒は同じ机の上に座っている麗に応える。

「だーかーらーさー、夜中までゲームしなきゃいいんじゃないの?『ソドブリ』だっけ?幾ら楽しくても生活リズムが狂っちゃうようじゃ本末転倒ってやつじゃん?」

「それさ、私に流れてる血を抜けって言ってるようなもんなんですけどー?『ソドブリ』は遊びじゃないの。ハンティングなの戦争なの。目の前に獲物がいたらお腹いっぱいになるまで狩りつくさなきゃいけないのー。しかも最近また新規キャンペーンとかいうののおかげで、餌と言う名のド素人が大量に出てきてこっちは大繁盛&大迷惑だわ。敵にいれば食べ放題でいいんだけど、こっち側にいたら態々守ってやらないと報酬が減るし。」

「はいはい、わかったわかった。伊緒ちゃんがゲーム好きなのはよーくわかりました。でもさ、私の送ったメールに返信無視は酷いと思うなー。せっかく伊緒ちゃんの為に時間かけたのに......」

 両指の人差し指をつんつんとしながら、拗ねる麗。

「あ、あぁあれね......あのさ、麗。幾ら私でもあんまこういうこと、言いたくないんだけどさ......」

 スマホのメールアプリを起動し、渋い顔をしながら伊緒は麗の顔面に画面を付きだす。

「イカれてるでしょあんた!!テロリストかなんかなの!?はいはいいつも通りのアンタですね、ってスルーしようかと思ったけどさ!!」 

 伊緒のスマホに映し出された写真......そこにはセクシーな下着を身に着けた麗が、悩まし気なポーズと、情欲と媚を込めた瞳でこちらを見つめていた。白色のブラは布面積こそ多いものの、それが却って谷間の露出を目立たせ、見る者の視線を奪う。また、小麦色の麗の肌と引き締まった肉体が下着と絶妙にシンクロし、週刊誌のグラビアに掲載された暁には、性欲全開の中学生男子がしこり散らかしたティッシュで中州が埋め立てられるに間違いない。

「お前さんよ、こんなのが大量に送られてきてみろ。ブロックどころかスパム報告されない方が不思議だと思えよな。」

「あ、ちゃんと見てくれてたんだ!!で、伊緒ちゃんどれが好み?私的には7番目に送ったスク水ブルマがいい感じに撮れたと思ってるんだけど。恥ずかしかった分力作ができたっていうかー。」

「私の話聞く気ゼロ!?なんでそこで、『私の力作です!!見て感想ください!!モチベーションになります!!』みたいなムーブができるの!?てか何スク水ブルマっつて!?陸で動くのか海で動くのかよくわかんないじゃないか。」

「伊緒ちゃんもやろうよぉ。結構自撮り楽しいよ?てか着て?着させて?脱がせて!!もしくは脱がさせて!!」

「触れんな痴女!!嫌がらせにもほどがあるわ!!」

 両腕を鼻息を荒くした麗にがちりと掴まれ、伊緒は首を横にぶるんぶるんと振る。

「撮らせてぇっ!!バニーとか似合うと思うから!!なんなら耳だけでもいいから!!着けてぇ!!」

「わかったよ!!耳位なら着けてやるから!!顔が近いから!!離れろ!!」

 攻め込まれると弱い、三田村伊緒はそういう女だ。


「くっ......耳だけならどうにかなるかと思ったけど割と恥ずかしい......」

「いいわっ!!いいわっ!!私の見立て通り伊緒ちゃんにはうさ耳が似合ってるぅ!!」

 兎の耳が付いたカチューシャを着けられ、伊緒は顔を真っ赤にしながらうなだれる。麗は涎を垂らしながら、これでもかと折り畳み携帯電話ガラケーで伊緒をばしゃりばしゃりと写真を撮る。

「はぁん!!全人類の皆様!!私は今、誰もが祈る大聖堂カテドラルに来ています!!天使!!天使が目の前に!!」

「うるせぇ!!マジで恥ずかしいからやめろ!!」

「じゃ、恥ずかしついでにー。」

 伊緒のうさ耳に手を触れ、下に向ける麗。

「たれ耳!!ロップイヤーっ!!こ、これは破壊力高い......!!やんちゃなとことか伊緒ちゃんにぴったりぃ!!」

「負けました......恥ずかしさで死にそうだからもう勘弁していただけませんかねぇ......」

「ふふっ、そうね。これ以上やったら私がキュン死しそうだわ......」

 うさ耳カチューシャを伊緒から外し、今度は自分に着け始める麗。

「ぴょーん。」

「......しかしまあ、何がきっかけでこんなコスプレ道具なんて?」

「え、今のスルー?」

「はいはい可愛い可愛い。可愛いから私の質問に答えてね。」

 イライラしながら麗の頭をなで繰り回す伊緒。髪の毛をくしゃくしゃとする度に、使っているシャンプーであろう、バラのみずみずしい華やかな香りが伊緒の鼻孔に入り込む。

「えっとね、その......あはっ!!あっ......そこ!!もっと!!」

「やめるぞ?」

「志郎がアニメかなんかのイベント行った時の写真を見せて貰ってね、基本キャラとかわからないんだけど。わりかし可愛いの多かったわけよ。」

「そうなの?ああいうのってわりとピンキリなんじゃない?」

「中には服着ただけでオタクにチヤホヤされたいのとかいるけどさ、そんなのはわりと二握りくらい位みたいよ。最早自分を使った作品よね、立体芸術。で、面白そうだから志郎に服かりてちょっとやってみたの。そしたら案外面白くさ。」

 なんで弟が女物の衣装なんて持ってるのか、と一瞬考えたが聞くだけ無駄だろうと伊緒は黙った。

「まぁ、あんたは似合うだろうねこういうの。懐かしいなあ、この服『BAD返金!!銀河歩行』じゃん。見てたわー。」

「でね、私でこんなに楽しかったんだからさ、伊緒ちゃんもやったらきっと楽しいと思ったの。私が服からお化粧までやってあげるからさ!!伊緒ちゃんを私が仕立て上げて可愛くしてあげる!!名付けて『ミタムラ・プロデュース』!!」

「雑なタイトルだな!!名作のつもりかよ、しかも私される側ぁ?」

「いいでしょー伊緒ちゃん?ねぇ?ねぇ?」

(まぁ......悪い条件じゃないんだろうけどさぁ......ちょっと興味あるっちゃあるし。チヤホヤされたいし。なによりタダだし!!)

「保寺さんもやるなら考えてもいいかな?」

 得物は多いほうがいい、三田村伊緒は自分の利益を真っ先に考える女だ。

「えー紅音ベニオンもぉ?あいつとセンスあんまあわないんだよねぇ?」

 不機嫌そうに応える麗。

「許可もらえたら今日から即やっていいわよ?」

「おっとこうしちゃいられねぇ!!待ってろ紅音ベニオン!!あいつは授業別だからな、実習棟まで迎えに行ってやるぜ!!」

「いや、ケータイ使えよ。」

「それもそうね、って、伊緒ちゃん指怪我してるじゃない!!」

 伊緒の右薬指から、赤い液体が伝って下に落ちる。

「あぁ、さっきのカチューシャで針金でも出てたのかな?あんま痛くないけど。」

「待って、今消毒してあげるから。」

「え!?吸うの?」

「え、吸ってほしいの?流石に伊緒ちゃんの頼みでもそれは衛生的にどうかと。」

 バックから消毒液と絆創膏を出しながら、怪訝な顔で伊緒に返事する麗。

「いや、普段のあんただったらそれぐらい言いそうだったから、いちっ!」

「染みるぐらい我慢しなよ伊緒ちゃん。たいした怪我じゃないんだからさ。」

「しかしこんなの持ってるなんて用意いいわねぇ。」

「中学の時の癖でね、しょっちゅう怪我してたもんだからさ。」

「しょっちゅう?格闘技でもしてたの?いい身体してるしね。」

「まぁね、似たようなやつはしてたわ。おっとぉ?」

 伊緒の指に絆創膏を巻き付けていると、机の上に置いていた麗のケータイが振動する。 

「もしもし?あ、紅音ベニオン?何?実習で使った道具の片づけに人が足りないって?ちょうどあんたとも話したかったからそっち行くわ。あ?私と話すことは無いって?てめぇ!!そこを動くんじゃねえぞ!!」

「というわけで、伊緒ちゃん。ちょっとカチコミに行ってくるわねぇー。」

 麗はケータイの電源を切ると同時に教室の外を目指し、クラッチングスタートの構えから猛スピードで駆け抜けていった。

「.....たく。なんだかんだで仲いいんだよな、あの二人。」

 絆創膏の巻かれた右手を、伊緒は仰いだ。

(中学か......そういや麗の事、あんま知らないんだよなぁ私......)

 珍しく、自分以外の事に対して物思いにふける伊緒。だからこそ、伊緒は己に近づく足音に気づくことができなかったのだ。


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