第6話 ネヴァー・モアをプロデュース
「ふんふっふ~、スモークサーモンは美味しいですねぇ。ベーグルに挟んでちょっと焼いてもいけるわよねぇ。」
「マジすか保寺さん。俺、このサンドイッチさっきから食っても食っても血の味しかしないんですけど。」
「血で鉄分を補給してやったのよ......伊乃、あんた昨日レバカツ食べなかったでしょ?」
「苦手なんだよレバーさぁ、臭いっていうか舌触りっていうかさぁ。」
「鉄分は大事よ伊乃ちゃん!!貧血や立ちくらみが防げるわ、血は大事だもんね。レバーがダメなら大豆とかヒジキ、カツオなんかでもいけるわよ!!」
「麗さんのその姿見てたら嫌でも説得力ありますね......」
真っ赤になったティッシュを両鼻に詰めた麗が、口から血を流しながらサンドイッチを食す伊乃に語りかける。
「そっかー、伊乃ちゃんは私の義弟になるかもしれないんだもんね。」
「何がそっかー、よ。勝手にあんたんとこの家系図にいれないでくれる?」
「伊緒ちゃんに伊澄香お義姉さんに、まぁ弟はもう正直いらいないけど伊乃ちゃんなら問題ないわー。」
「人の話聞けよ!!まず同性じゃん私ら!!」
「いいじゃんいいじゃん、オランダでもデンマークでも二人で行けば。伊緒姉一人が犠牲になれば俺は麗さんの義弟、すなわちあんなことやこんなことが合法的にできるんだよ!?」
両腕を、「ゆさり」っといった音が生まれそうに上下に動かす伊乃。
「Ha、やっぱり根本的なところが似てるわね、この姉弟は......」
紅音が呆れながら伊緒と伊乃を眺める。
「酷くない保寺さん?私の扱い酷くない?」
「そうだよ保寺さんとこに俺が逆玉ってのも」
「
中指を立てながら、汚物を見るような目で伊乃に舌打ちをかます紅音。
「くっ!!ボインでパツキンな姉ちゃんに蔑まれるのも悪くはないなっ......!!伊緒姉の前じゃなければ完璧だったのに......」
「伊乃、姉さんはあんた殴るのもう止めるよ......触れたくないもん......」
血の繋がった肉親の痴態を目の前で見せつけられ、ドン引くことすらも出来なくなる伊緒。もはや彼女の頭には、後悔とこの愚弟に触れずにどう処理しようかという算段しか入っていなかった。
「伊緒ちゃんみたいな顔してるけど、やっぱそういうとこは志郎と変わんないのねー。あいつは私で欲情はしないだろうけど。」
「私的には志郎が真面に思えるけどね、最近会えてないけど。初対面でこれはFuckにもほどがあるわ。」
「ん?シロウ?そういえば麗さん、苗字聞いてなかったけどなんてーの?」
「春川よ。」
「なんで伊緒姉が答えるんだよ......あのさ、七中に弟いない?シロウって名前の色黒の細マッチョでアニメの話しかしない中学二年。」
「ええ、間違いなく私の弟だけどそれ。」
「......伊緒姉、さっきのキャンセルで頼む!!あいつの義弟になるのだけはホント勘弁だ!!」
「へっ、ざまぁっての!!あんたが不利益被るなら麗とフランスにでもなんでも行ってやるわよ。」
「え、新婚旅行確定!?ヨーロピアンでマッドがMAX!?真実の口でアーンってやるの!?」
「それイタリアでしょ?」
「あいつ絶対『俺の事はお義兄ちゃん、嫌なら兄ちゃまもしくは兄君って呼んでくれ』って言うに決まってるんだよ!!」
「そんなに嫌なら今すぐ私に
伊乃を右手の人差し指で刺しながらケタケタと音を立てて笑う伊緒。
「
「は、
肩をすくめて小ばかにした表情で紅音を見る麗。
「あら、あなたマゾヒストの才能でもあったのかしら?......あったわね。それとも美的センスが振り切れてる?......元々無いわね。特に説明聞く必要とかなかったわ。」
「一人で突っ込んで一人で解決してんじゃないわよ!!地産地消か!!」
「......よくよく考えたらさ、休みの日は飯食うか寝るかスマホ弄ってるかしかすることのない伊緒姉にやっとできた友達と恋人なんだからさ......弟としては応援しなきゃいけないかもしれないよな.......だったら俺が犠牲になる位たいしたことないかもな......」
「あんたの!!その達観しているように見えて人を見下している態度がバレッバレなのがホントにイラ立つってのよ!!」
「だったら尊敬の一つでもできるような姉にでもなってみせろってんだよ!!弟に気をつかわしてるんじゃねえ駄目姉!!ちったあ伊澄香さん見習いやがれ!!」
「うわぁーい!!伊乃ちゃんから公認してもらったー!!お義姉さんからも許可出てるから後はご両親に挨拶するだけね!!」
「お前は黙ってろ元凶が!!」
嬉しさで胸がいっぱいになり抱き着いてきた麗をこれでもかと伊緒は殴り続ける。
「愛が重たいぃ~これこれ~伊緒ちゃんの温もりぃ~」
負けじと伊緒の腕に頬を擦り付ける麗。
「はは、舌出して麗さん犬みてえだ......春川の姉さんじゃなかったらなぁ......使えたのになぁ......」
「何に?」
「ナニに。」
「......私、疲れたからもう帰っていい?」
心の底からの「死ね」という感情を込め、溜息を紅音はついた。
「え、その服で帰るんすか保寺さん?露出もんのAVの撮影だと思われるだけだからやめた方がいいですって。」
「馬鹿しかいない空間にいるよりかまだその方がマシね。」
紅音の胸部によってチワワは引き延ばされたままだ。
「ご、ごめん保寺さん......この愚弟が調子乗ってて......あとで責任とらせるから。」
「いいわよ伊緒ちゃん、
「な!?あんた何言って!?」
麗の突然の発言にたじろぐ紅音。
「いや、どう見ても伊乃のセクハラにうんざりしてるでしょこれ?」
「甘い、甘いわ伊緒ちゃん。
「
「マジ滅茶シコですもん。」
「伊乃ちゃん、ちょっと黙ってようね?」
「黙らすわ!!」
麗の一言で意気揚々と伊乃にアッパーを決める伊緒。少し仰け反った後に、声を立てることもなく、顎を抑えながらその場に伊乃は倒れた。
「うわぁ~、切れのいい動き。世界取れるわー。正直言うけどこの程度のセクハラなら慣れてるのよこいつ。表向きはご令嬢だから困った感じにしてるけど、心の底じゃ愚民風情の戯言程度にしか取ってないわ。センスがないなー、とか思ってるのよね。」
「いやいや、保寺さんだよ?それはちょっとないんじゃないかな?」
「そうよ、私はそこまで酷い事は思ってないわよ。それに三田村さん、せっかくいい腕してるのにあんなやり方じゃ駄目よ。下民は暴力で抑えるとすぐ反発するんだから、柔らかめに注意して調子のらした後にバッサリとやんなきゃ。」
「え......?」
「A......」
「マジかよ......」
優しさしか無かった、そうであろうと信じていた紅音の口から飛び出た傲慢な言葉。
「.....わかったでしょ?こいつこういうやつなのホントは。自分が常に一番だと思っててさ。いい奴かもしれないけど、決して善人じゃない。」
「そ、そんなことなんて、私が劣等種共に気を使わせるとかあってはならないのに!!」
「劣等種って......」
「ちょっとプレイとしては激しくないすかね.....」
「
「甘いですよ保寺さん......いや
「様付けかよ。」
「いや、前から言おうと思ってたけど、私の名前は
「自分の思うとおりにならなかったり、気に食わない事があれば伊緒姉は昔から暴力に訴えてきましたからねっ.....!!この程度日常茶飯事、ピースオブケイク、むしろ最近大人しくてちょっと心配してるくらいですわ。」
殴られた顎を誇らしげに撫で、得意げに紅音に微笑む伊乃。
「三田村さん、貴女......」
「あのさぁ伊緒ちゃーん......これはちょっと私も擁護できないんだけどさ......」
「なんで私が責められる流れなの!?伊乃がこうなったのは私のせいだっていうの!?つか知らなかったわよこんなになるまで歪んでたなんて!!」
「でもこんな駄目姉ですが、今日この日をもって感謝に変わりましたよ......俺
「あのね、伊乃......いい事教えてあげる?」
「はいっ!?」
「私ね、自分から尻尾振って媚売ってくる犬になんか興味無いのよ。」
「あ......?あ......?紅音さまぁん......」
やっと見つけた
「ははっ!!あんだけの痴態晒してこれとはざまぁねぇわね伊乃!!今日だけで一年は笑って暮らせるわね。」
「このブレなさがある意味凄いわ......伊緒ちゃんも伊乃ちゃんも......」
「え、弟なんてこんなもんじゃないの?」
「......志郎にはもう少し優しくしてあげないといけないと思うくらいには。」
「しかしすごいね保寺さん、伊乃を虜にしたどころかパーフェクトノックアウトじゃん。成せる業ってやつ?いや、あいつがこんなドマゾだとは思ってなかったんだけどさ。」
「ま、まぁあの程度のなら慣れてるから.......そ、その、三田村さん、今更なんだけどさ......」
紅音は気まずそうに、倒れた伊乃を右脚で踏みつける伊緒を見る。
「え、私は全然気にしてないよ?寧ろいいと思ったね!!美人で金持ち、おまけに腹黒いギャップ持ちとか相当面白いじゃない!!まあ、私がどう思われてるかは気になるっちゃ気になるけど、この際そんなのはどうでもいわ。それにさ......」
「正直保寺さん、いい人過ぎてちょっと私には申し訳なかったのよね......ほら、その、私あんま性格よくないし友達もそんないないからさ......なんかこう、ね......」
「伊緒ちゃん、私は?」
「いや、麗は別に。」
「ひどいぃー。」
「三田村さんのそういうとこ、私好きよ。こう、容赦ないとこ。」
軽くあしらわれ地団駄を踏む麗を横目に、紅音は戸惑いながらも苦笑した。
「でさ、今回の件でちょっと安心しちゃった。よかった人間臭いところがあってって、って。」
「まぁ、私だって人だしね、そう、人なのよ......」
「だいたい本当に悪い人だったらさ、伊澄香姉さんは風呂貸さないし、マジで空きなんかなかったら服なんか洗濯されないっしょ。」
「そりゃそうだわ。」
「
「だからさ、私は保寺さんが善人じゃなくてもいいと思うよ。ただのいいひとじゃ困っちゃうわ、私の友達なんだからさ。もっと素だしてもいいよ、きっと。」
「やっぱ伊緒ちゃんは伊緒ちゃんね......」
悪友を認めてくれた伊緒に、麗は安堵の表情を見せた。
「
やれやれ、といった顔で紅音は口に手をあてた。
「こいつどさくさに紛れて伊緒ちゃん呼び捨てにしやがって!!」
「あら、嫉妬かしら?いやねえ、みっともない。」
「問題ないよ。でもさ、保寺さんも拗ねる時ってあるんだ、意外だなー。堂々としてるけど、やっぱ女の子なんだねぇ。」
「そりゃまあ、ほっとかれると寂しいもの。」
「あんたホント素直じゃないもんね。」
「あんたが欲望に忠実すぎるだけでしょ。」
「まぁまぁ、映画の続き見ようよ。麗、保寺さん、何持って来たの?」
麗と紅音の肩に両腕をのせながら、ニヤニヤと笑う。
「私は志郎から借りたやつ持ってきた。なんかのアニメかな?泣けるぜってさ。銅鑼泣きってCMやってたの。」
「そうねぇ、任侠映画持ってきたわ。イタリアのマフィアの暗殺チームがボスに反逆する奴。」
「どっちにしようかな、両方見たことないから気になるな。」
「銅鑼泣きはあんまアクション多くないぞ伊緒姉。」
股座をもじもじとさせながら、伊乃は前かがみになり立ち上がる。
「聞いてないわよ、てかそろそろ部屋戻れよ伊乃。」
「嫌だ!!殴られるなら紅音様がいい!!」
「殴んないわよ......」
「え、殴らないの伊緒姉?大丈夫?いつもならとりあえず殴る感じなのに。」
「めんどくせぇなお前!!空気台無しにしやがって!!」
「ははっ!!キレが戻ってきたね伊緒姉!!ぐへっ!!」
「ねぇ、麗。一つ聞いていいかしら?」
「何よ
伊緒に腹を殴られながら媚びた笑みを浮かべる伊乃に指をさし、めんどくさそうに麗に紅音は問いかける。
「貴女、家族にこれいる?」
「......ちょっと保留にしておこうか。ヨーロッパも高くて遠いし。」
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