第9話 酷縁の狩人をプロデュース
ありふれた景色に突然現れる、機械音で己の声までもを隠した謎の仮面の子供。麗や紅音に強引かつ非常識な行動を取られていた伊緒でも、まさか教室でこんな異質なものを見るとは想像ができていなかった。
「ちょっと三田村......!!お前友達少ないからってこれはないだろう。」
「私だって知らないわよ!!つかこれがあんたらの言ってた厄介、ってのじゃないの?守りなさいよ!!絶対まともな奴なわけないんだからさ!!」
伊緒が仮面の子供を指さしながらデコに文句を言う。
「いや、正直わからん......こんなやつがいるなんて聞いたことないしさ......誰か知ってた?」
「知らないです。」
「まったく。」
「えー、今回の事例は適用外です。」
デコがお手上げ状態、といった形で掌を見せる。
「わかっちゃいたけど全く役に立たねぇ......」
「いやいや三田村さ、冷静に考えてみろよ。」
デコは伊緒を後ろに振り向かせ、耳打ちをする。
「あいつ、私たちに一切気づかれずに現れたんだぜ?私とかならともかく、三田村が気づいてないって相当マジモンじゃないの?」
「確かに......」
三田村伊緒はスマホ中毒者と言われても仕方ない位には常に弄っている様子が見られる。その上、自分のやりたい事を常に優先しようとする気がある。それは授業中でもスマホを弄り、教師がこちらを見る気配を察知し隠すところがよく見られ、今回は見つかるかそうでないか、でちょっとした賭けが他生徒の間で流行っている位にはだ。
「でもあいつどう見ても子供よ?仮装してるんだから、お菓子あげれば帰ってくれるんじゃない?」
「おめぇーハロウィンじゃねえんだぞ......どう見てもトリックしかしてこねえだろアレは。」
「だ、れ、が、子供だ......!!やはり貴様らは悪だ......!!」
仮面から怒りを籠った機械音が、伊緒の背後に浴びせられる。
「おいどうすんだ三田村!?怒ってんぞアレ!!」
「ど、どうにかできたらこんな事なってないわよ!!だから早く助けなさいって!!」
「まだブツも貰ってないから不履行ですーっ!!」
「この糞ハゲ!!剥けたミカンみたいな面しやがって!!」
いい加減にしろ、の思いを込めた伊緒のチョップがデコの額に当たる。
「ってーな!!麗様に好かれてるからって主役ぶってんじゃねーよ!!」
「まぁまぁお二人とも。ここは親衛隊隊長であるこの私がどうにかするからさ。」
メカクレが伊緒とデコの間に入り仲裁する。
「あんた隊長だったの?確かに一番話通じそうにはあるけど、このミカンハゲじゃなくて?」
「ハゲハゲうっせーな。私はニューリーダーだよ。」
「そして私は大佐!!」
デコに続き三つ編みが右手をあげ聞いてもないのに答える。
「階級ぐらい統一しろよ......で、あんた策があるってマジ?」
「大丈夫ですよ三田村さん。家の手伝いでああいう輩のあしらい方には割と慣れてるからね。」
「ホントに任せちゃって大丈夫?あいつヤバそうだよ?」
「おまかせあれ!!成功の暁には麗様の自撮り、大目に頂戴ね。」
伊緒にそういうと、メカクレは仮面おの元へと近づいて行った。
「大丈夫かなー?」
「ここは任せてみましょう。きっと策があるはずです。」
三つ編みが大丈夫、といった感じに伊緒の肩を掴む。
「なんだいお前は?そんだけ前髪伸ばして前見えてるのかい?」
「へへ、そのかっこいい服とマスクに興味があってさ。」
メカクレが仮面を指差し、返答する。
「悪の一員のわりには目の付け所がいいじゃないか。」
「もしかしてなんだけど、『イクリプティック・ラード』好き?私見てるんだけどさ。」
「!?」
仮面が一瞬、たじろぎ後ろへと下がる。マントが揺れ、ピンク色のカーディガンととスカートが中から見えたのを伊緒は見逃さなかった。
(あのスカートとカーディガン、ここの生徒だ......それであの身長だから絞れる!!やるなあのメカクレ!!)
しかし悲しいかな、三田村伊緒は同じクラスの級友の名前すら憶えていない。ましてや、他クラスの人間なぞわかるはずもなかった。
「なぁ三田村、『イクリプティック・ラード』ってなんだよ?」
「去年からやってるアニメだわ、確か伊乃が見てた。だからあの恰好なの?」
「怪しい恰好かと思ったらコスプレイヤーなんですかあれ?」
デコ、伊緒、三つ編みの三人がだんだんと冷め始める。
「な、『イクラド』なんてボクはあまり詳しくないぞ?」
「いやいや、素直になりましょうや。そのマントに仮面!!どう見ても主役の『マスクド・ジュンヤ』じゃない?私結構好きよ?ほら、あのシーン!!」
困惑する仮面を片目に、メカクレはその場で一回転する。
「お前が俺で!!」
メカクレに釣られ、仮面もそばで回転する。
「僕が君!!」
「撃ちたいから撃ち!!」
銃を構えたポーズから引き金を引く仕草を、
「斬りたいから斬る!!」
仮面が剣を上段から振り下ろす動きをしたのち、
「「俺/僕たちが!!希望だ!!」」
後ろで火薬の爆発音がしそうな台詞とともに、ガッチリとしたポーズを決めるメカクレと仮面。
「「「ただのオタクじゃねーか!!」」」
あまりにピッタリとあった二人のモーションに、3人が思わず叫び出す。
「な、オタクとはなんだ!!『イクラド』はキャラデザからBGM、伏線の張り方に戦闘シーンまでアニメに詳しくない人が見ても素直に評価できる名作なんだぞ!!」
低い機械音性のまま、急に早口になる仮面。
「そういうとこだよ!!なんだよ素直に評価って。どんだけ自分様のお眼が高いと思ってんだ。おもしれえもんはお前が見てなくたって面白いだろうがよ。」
「素直に自分これ好き!!って言えば言えばいいだけなのに、他人様の評価使ってでしか語ることもできないんですか?あなたの好き安くない?」
「おまえら、もうちょっと言葉選ぼうよ......ズカズカ言い過ぎて怖いわ......」
「ちょっと二人とも何言ってんのさ。」
デコと三つ編みの仮面に対する辛辣な態度に、伊緒とメカクレは仮面に同情するくらいには引いていた。
「なんだよこの悪党ども!!さっきから言いたい放題いいやがって!!ボクをバカにしてんのか!!」
「バカにされるようなことしてっからだろぉ糞ガキ!!だいたい人の事悪だのなんだのって!!そのマスク脱ぎ捨ててからいっちょ前にたれこんでみろやアニメちゃんがよ!!」
「お、ゲス村。もっと言ってやれ!!」
「いいですよゲス村さん!!」
「何がゲス村だ!!」
デコと三つ編みの額に裏拳を打ち込む伊緒。
「うぅ、うぅ.......なんでボクがこんな目に......」
「あ、あぁもう余計な事しないでよあなたたち。ホント大人げないんだから、泣いちゃったじゃない。大丈夫だからほらほら、ハンカチ貸してあげるから。」
機械音で泣きじゃくる仮面にハンカチを貸すメカクレ。仮面はマントから、袖の余ったカーディガンを出し受け取る。
「あのねあなた達、こういう人ってただ話を聞いて欲しかったり構ったりして欲しいだけの事が多いの。だからまず気が済むまで話させてあげれば満足してこっちの事も聞いてくれるわけ。それがあんたらときたら、いきなり喧嘩売っちゃってどうするのさ。相手がいくら無礼な子供でも大人気なさすぎだっての。」
メカクレが3人に説教を始める。
「はーい。」
「反省してまーす。」
「次から気を付けまーす。」
「あからさまに反省してない態度!!まぁ、いいけどさ。」
チラリと仮面の方を見るメカクレ。涙を拭くために仮面を外すだろうと思っていたのだが、うまい具合に顔を隠しながらハンカチを使っていた。
「すまない、恩にきるよ......悪だと思っていたが君のような人もいるんだな。」
「いやいや、私はたいしたことしてないよ。何が悪なのかはちょっと気はなるけど、『イクラド』の話ならしてあげるからさ。」
「本当にいい人だ......だからこそさ。」
仮面の機械音、それだけでは無い硬質を含んだ声を伊緒は聞き逃さなかった。何か様子がおかしい。いや、既に姿は変だけど嫌な予感がする。
「今すぐそいつから離れろ!!」
伊緒はメカクレに向かって叫ぶ。
「ごめんね。」
「えっ」
一瞬だった。仮面のマントが開き、鞭のようにしなるものがメカクレの頭部に触れる。黒髪がはらりと宙に舞い、メカクレは床に崩れ落ちた。
「サトちゃん!?」
倒れた友人の名を叫び、三つ編みがメカクレを抱きかかえる。
「て、てめぇ何しやがった!!」
「落ち着けハゲ!!お前もやられっぞ!!」
「離せ三田村ァ!!仲間がやられて黙ってられるか!!」
メカクレを倒され、怒りで仮面に立ち向かおうとするデコを掴み必死で止めようとする伊緒。マズい、こいつはマズい。目の前で、変なコスプレガキが事件を起こした。しかも恐らくうちの学校の生徒だ。こいつが大人にバレたら、またゲームやらアニメやらがバッシングされる可能性が高い。何時の時代も調子乗ったバカが余計なことをするから!!
そんな事の前にこの場から逃げ出す事を考えた方がいいのだが、伊緒は小言を言われる自分の姿を思い浮かべる位には脳内がパニック状態であった。
「待ってくださいお二人とも!!」
メカクレを抱き起した三つ編みが叫ぶ。
「どうした
「お前ら名前あったんだ......」
「見てください......サトちゃんを。」
豊、とようやく呼ばれた三つ編みが気絶したさとりの顔をこちらに向ける。
「綺麗に前髪がカットされてます!!サトちゃん、ぱっちり二重で可愛いと思ってたから前髪で隠れちゃうの勿体ないと思ってたんだよなぁ......」
「「のろけてんじゃねーよ!!」」
仮面によって長かった前髪も、額にかかる程に切りそろえられたさとり。今でこそ気絶しているが、起きたら残念がるのかカット代が浮いたと喜ぶかは定かではない。
「なるたけ無傷にはしといたけど、やっぱ気絶はしちゃうんだね。反省しないと。」
「いや、お前、一瞬で髪切るとかすげーなー......ただの子供じゃないんだな......」
目の前で仮面の魔技を見せられたデコが、先ほどまでの怒りを収め呟く。殴りかからなくて良かった、と。
「当然だ。ボクは暗殺拳の使い手だからね......それと、これ以上子供扱いするならその額、後頭部まで刈り上げてもいいんだけど。」
仮面がマントを翻しながら、デコの方に振り向き近づく。
「ハハ、いっそイメチェンできていんじゃないの?暗殺拳でおニューのヘアスタイル......やってもらえば?」
引きつった笑みを浮かべ、デコに提案する伊緒。離れたい、この場から早く離れたい。思えば今日は麗のせいで碌な目にあっていない。親衛隊なる厄介連中に絡まれ、今度は暗殺拳を操るコスプレしたガキだぁ?今日の占いは確か4位だったぞ?何故こんな素っ頓狂な目に合わされる?
「ゲス村おめぇ他人事と思ってよぉ!!」
「お前はその前に金払えよ!!」
「まぁ、その前にだ......」
仮面が、突然伊緒の方に向く。
「ボクの獲物はキミだよ、三田村伊緒。」
空気を歪ませる音が教室に響き、伊緒のブラウスが縦に斬り裂かれた。
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