邪神の秋、西野秋

KP:駆駆、だいぶ困惑してるみたいだね。


 スマホ内蔵のカメラ越しに、俺の表情を覗いたんだろうか。しのぶ(?)はそう言って笑った。俺が知っているしのぶの声じゃない。言い回しも、こんなじゃなかった。駆駆「くん」と、くん付けで呼ばれるのも変だ。


Calc:きみ、本当に、俺が知ってるしのぶなのか?


KP:そうらしい。かつてのアタシとは、だいぶ違うと思われるよ。


Kengo:儂からすると、同じだよ。数年ぶりに会ったら、相手が別人のように変貌してると感じる事なんて、世の中では普通にあるだろう?


Calc:いや、そういうレベルの変貌じゃないと思うんですが……。人間の「人工知能化」って……。


 いろいろと、言いたい事が、心に噴出している。


 異世界を、「小説を生む土壌」として利用している、マルヤマ書店とか。

 異世界で、邪神呼び放題サービスを展開する、パパゾヌとか。

 異世界を、「通信路」とみなしちゃう、健吾おじさんとか。


「お前ら、人を何だと思ってるんだ!」

 と言いたいところだ。ツッコミ入れる相手が、あまりに多くて、あまりに巨大。


 あと。


「お前ら、異世界を何だと思ってるんだ!」

 とも言いたい。


 異世界と、人工知能と、通信ポートと、作中の世界観とが、概念として組んつほぐれつ、混ざっちゃってる感じがする。


 もう、なんなんだよ!

 

 概念が混沌としていて、こんな怪しげなプラットフォーマーやら異世界IT技術者が這い寄る、この世界こそが、「這い寄る混沌ニャルラトホテプ」なんじゃないか? とも、思ってしまう。


 極めつけは、しのぶの件だ。


 人の精神のAI化って、そんな軽いレベルの話だろうか? 今のをしのぶだと認識したい俺と、認識したくない俺とが、頭の中で戦っていた。


 そりゃ、どういう形であれ、しのぶが生きているなら、凄く嬉しい。それが、かつての俺の望みだったから。


 『座椅子の偉大なる種族』だって、本当は読んでもらって、笑って貰えればよかったのにな、と考えながら、書いた。


 でも、健吾おじさん達の話を、まるっと本当の事だとして受け入れると、とても困る事がある。


 それは何か?


 俺は、異世界で『現実に』苦しんでいる人を、助けられなかった事になるからだ。

 

 ――中学生の頃の俺と、同様に。


 この俺のスマホ経由で垣間見た、TRPGチャットの向こう側――おじさんが言う所の「パラレルワールド1583」――が、ゲームではなく、異世界のなのだとしたら。


 おそらくは朽ち果て、灰になっているであろう、ノットウイッチ教授。


 それを追って人生を投げ出し、クァチルウタウスに若さを奪われ、狂気に陥り、今、世界を滅びの道へと向かわせようとしている、冬佳先生。


 異世界に起こる破滅カタストロフィ


 俺はそんな事態を、導いてしまったのか? に?


 異世界通信チャットに、俺は既に2回、参加した。

 ノットウィッチ教授の時と、冬佳先生と、それぞれ話した。

 そのセッション中に、救うチャンスがあったかも知れなかったのに?


「事実は小説より奇なり」って言ったって、今回のはひどすぎる。せめてもっと早く、「ピンチなので救ってください」と知らせてくれよ。異世界転移モノのラノベだって、普通はそうじゃないのか? なんで、カタストロフィが起こってから呼び出されるんだよ。一介の大学生をさぁ?


 ……。


「俺に一体、どうしろっていうんだ……」

 つい、そんな投げやりな言葉を吐いてしまった。


 そうしたら、背中に衝撃が。

 どん! と押された。比喩じゃなくて、物理的に。


 驚いて後ろを見ると、にしのんだった。


 厚底サンダルをはいてもなお、にしのんは俺よりちびっこい。少し下から、まっすぐ見上げて、彼女は言った。


「よくわからんけどさ。頑張って、駆駆。わたしの時みたいにさ。『助けて欲しい』って、お願いされてるんでしょう?」


(???)


「わたしの、とき、って?」


「大学入学の頃に、駆駆が助けてくれたでしょ? わたしが見学で連れてきた、歳の離れた従兄弟のちびっ子。広いキャンパスではぐれちゃってさ。駆駆が方々走り回って、見つけてくれたじゃん」

 にしのんは、そんな意外なことを言い出した。


 長谷川先輩も、両手をぽんと叩いて、その話に乗った。

「そういえばにしのん、そんなこと言ってたよね、サークルに入る時に。結局、食堂でその子を見つけて、一ノ瀬くん、その時は名乗りもせずに、タブレットに向かってなにやら入力しはじめたんだっけ?」


「ですです、いおり先輩。食堂で『降りてきた!』とか言って」

「一ノ瀬くん、そんな事言ってたの? 相変わらずなんだねえ、えへへ」


 ええと、


 ええと、


 あー! あったなぁ、そんな事も。


「あの時の女の子、にしのんだったの!? キャンパスに紛れ込んだ中学生か高校生だと思ってた!」


「……どうせちびっこいわい」

 にしのんはそう言いつつ、ジト目のまま背伸びした。


「ちがうちがう。あの時は、処女作の執筆が、追い込みに入っててさ」

 なんせ、マルヤマ大賞の応募期間が、差し迫っていたから。


 にしのんは言った。 

「わたしが、『ありがとうございます!』ってお礼言ったら、駆駆、『困ってる人優先なのが、当然です』って言いながら、真剣な顔で、なにやら入力してんの。なんか、いいなあ……って思って、わたしはサークルに入ったんだよ? そういえば、夏フェスの時に聞かれてたよね? 入った理由」


「そ」

 そんな、事情だったのか……。


 にしのんは珍しく、顔を赤くしていた。


 まぁ……。


 その、さ。


 こんなかわいい子に応援されちゃったら、頑張らざるを得ないよね。男としては。


 ◆ 


「一ノ瀬くん。私たちにも、事情を説明してもらえないかなあ? 正直、話について行けて無いというか……」


 長谷川先輩が言った。わかる。健吾おじさんの、さっきの説明じゃ、展開が早すぎて普通は理解出来ないよ。


「了解です。かなーり込み入っているので、かなーり丸めて話しますね?」


「はい」

「あいよ」

 そして俺は、2人に話した。かなーり丸めて。


「まず。この、俺のスマホは今、異世界と繋がっています」

「……」

「……」


「異世界に居る冬佳先生が恐慌状態になって、異世界が滅びようとしています」

「?」

「?」


 このあたりで既に、2人の女性陣の頭の上には、まるで「?」マークが見えるようだった。


「KPという女性の正体は、俺の中学時代の同級生、しのぶでした。男性の声は、その父親の健吾さん」

「???」

「???」

 彼女たちの頭上に、「?」の数が増えた。


「健吾おじさんは、異世界が滅びると困る。娘のしのぶと、会話ができなくなるから。なのでおじさんは、異世界の滅亡を防ぎたい。そして、なぜかは知らないけど、俺が頼られているらしい。ざっくり言うと、こんなとこ。わかりました?」


 話した内容が2人の頭に浸透するように、俺は黙って、しばし待つ。2人ともあごをつまみながら、まるで『考え中。考え中』と、頭上にテロップが出ているかのような状態になった。


 WEB作家の丁鳥ていちょうさんでもある長谷川先輩は、数瞬早く、頭上の「?」が「!」に変わった。概略だけでも、理解してくれたようだ。


 にしのんは、「?」を頭上に乗っけたまま、物理的にぐるぐる、円を描くように歩き始めた。動きながらの方が、考えが進むみたいだ。


 やがて、にしのんの頭上の「?」も、「!」に変わる。


 そしてこの時、俺はデジャプーを感じた。


 にしのんが、目をまんまるに見開き、口を三角にして、こう言ったのだ。


「まじかよ!」と。

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