這い寄れ混沌。せめてゆっくり
(この人は、一体何を言っているんだ?)
Calc:あの、まったく話が見えないんですが! もうちょっと、わかるように……。
Kengo:噛み砕くのは、儂はあまり得意じゃないんだがなぁ……。まず、儂は今、グルグールに勤めている。マルヤマを追われた後、拾ってもらったんだ。かつてマルヤマで発揮していた、「異世界IT技術」を買われてね。
Calc:異世界IT技術?
Kengo:ITは、information technologyの略。情報をアレコレする技術だよね? その技術ってさ、駆駆くん。異世界にも適用できると思わないか? 異世界自体を、外国と同様、ネットの先にある世界だと解釈すれば。
Calc:いや……そもそも、異世界自体が存在するのかどうか……。
Kengo:異世界は在るんだよ。マルヤマ書店は、そこに目をつけている。「鮮魚ラリティ」と呼ばれている考え方だ。
Calc:せん、せん……ぎょ?
Kengo:駆駆くんは、「シンギュラリティ」という言葉は知っているかな? 「人工知能が人を追い越す特異点」みたいな感じで、一般には理解されているかもしれないが。そこから派生して名がついたのが、「鮮魚ラリティ」。つまり
Calc:異世界、に? 情報を、飛ばす? なにそれ?
Kengo:異世界を使って、本をより面白く、ブラッシュ・アップしてから出版するのさ。駆駆くんは、おかしいと思わないかい? この世界で売れ筋の出版物が、殆ど「異世界転生」「異世界転移」モノであることに。
Calc:いや、それは、そういうジャンルが、ラノベの読者に好まれるからで……。
Kengo:もちろん、その観点もあるだろう。しかし、マルヤマの、「異世界ブラッシュアップ」の影響も大きいと儂は考えている。
Calc:異世界、ブラッシュアップ……。
次から次と、知らない概念が襲ってきて、俺は首を何回もかしげた。
Kengo:出版業界が今、右肩下がりになっているのは、WEB作家の駆駆くんも知っているよね? 何がヒットするかわからない。より新奇なコンテンツを、読者は望んでいる。だからマルヤマは、面白い本を効率良く作る為に、「書籍」という情報を、異世界IT技術で異世界に飛ばすのさ。
Calc:そんなことして、何になるんですか?
Kengo:まぁ、飛ばした先の異世界にもよるんだがね。この世界の小説、つまりフィクションは、異世界に飛ばすと、その異世界での現実、つまりノンフィクションになる。この世界の常識に囚われない異世界で、異世界人が物語を紡ぐ。カ「異世界の現実」としてね? そんな異世界ドキュメンタリーをこの世界に戻してきて、編集、出版したら……新奇性のあるラノベになると、思わないかい?
Calc:まぁ……そんな事が、出来るなら……。
Kengo:出来たんだよ。マルヤマ書店の地下にある、巨大な暗黒空洞。そこに眠る邪神の力を借りて。
(つ、次から次と、わけわかんないのが出てくるなぁ……)
というか、地下の空洞に邪神って、何事だよ? ブラック企業かよ?
もっと俺に心の余裕があれば、そこもツッコんだかもしれない。でも、あまりにツッコミどころが多くて。結局、俺は少し考えて、こう答えた。
Calc:邪神……。そんなものが出てくるんですか? あと、異世界の人が居るというなら、その人の人権は?
(こっちの世界の都合で、異世界の人に、迷惑かけてるんじゃないの?)
と言うところが、俺は一番気になったわけだ。しかし――。
Kengo:邪神については、しのぶの件とセットで話すよ。異世界人の人権は……それこそ、その世界毎のモラルの問題だ。この世界と異世界とで、常識やモラルはイコールとは限らない。この世界の中でだって、ある国の常識が、外国では通用しないことだってあるだろう?
Calc:まぁ、それはわかりますが……。
(そんなレベルの話じゃないと思うけどなぁ……)
Kengo:あとは、しのぶの事を、かいつまんで話すか。しのぶは今、人工知能になっているという話は、さっきしたよね?
Calc:は、はい……。
Kengo:人工知能になった今のしのぶの本体は、マルヤマ書店の地下に居るんだ。
Calc:はぁ? なんでそんな所に?
(なんなんだよ! ほんとに次から次と!)
俺は、思わず、貧乏揺すりをはじめてしまう。
Kengo:マルヤマ書店に勤めていたからだよ。人間としてのしのぶが死んだ時に。君も覚えているだろう? 儂がしのぶの葬式を拒否した事。
Calc:そういえば、そうでしたね……。正直、不思議に思っていました。
Kengo:人格移植AI。しのぶの肉体は、しのぶの精神を入れる器だ。器が失われても、違う器に精神を移し替えれば、しのぶは生きながらえる事ができる。それが出来たのは、儂が当時、マルヤマ書店に、異世界IT技術者として雇われていたからだ。
Calc:……。
Kengo:邪神の力も使って、それを儂は成した。その点で、儂はマルヤマに感謝している。まぁ、結局、儂はマルヤマを追われたがね。
Calc:おじさんも、とんでもない事、やらかしたんですね……。
本来なら、その一言で済まないレベルの話だと思う。でも、襲いかかってくる話が、どいつもこいつも「なんじゃそら!」ってなるものばかりで、感覚が麻痺してくるような、そんな感じだった。
Kengo:あのまましのぶを死なせるなんて、儂には出来なかった。そして幸運な事に、新天地、グルグールで今の地位を得た私は、今のしのぶと、話が出来るようになった。社畜状態だったマルヤマ時代には、そもそもそんな時間が与えられなかった。
(あああ! もう!)
Calc:それは、良かったと思いますが……。それと、異世界とか、俺と、どう関係するんですか?
Kengo:それだよ! それ。だからこうして、駆駆くんに連絡を取っている。君の携帯を遠隔操作して、マナーモードを解除してまでね。グルグール謹製OSのスマホを使ってくれて、ありがとう駆駆くん。
Calc:遠隔操作……正直、気持ち悪いです……。
Kengo:すまんすまん。ただ、技術的には、どこのプラットフォーマーもやってることさ。ユーザーには知られていないがね。さて、ここで問題。グルグールに居る儂は、マルヤマの地下にいるAIのしのぶと、どうやって通信していると思うかい?
Calc:インターネットチャット、ですか?
遠隔通信だって言うなら、それが本筋だろう?
Kengo:半分は、当たりだ。マルヤマの地下でかつての儂が作った「マルヤマトランスレータ」と、グルグールでさらに改良して作った「グルグールチャット」との間で、通信している。まぁ、駆駆くんとは、グルグールチャット同士での通信だがね。
Calc:やっぱり、ベータテスト的なやつだったんですね。この、グルグール翻訳の、TRPGチャット機能って。
Kengo:そういうことだ。しのぶと駆駆くんが、中学の時にやっていたTRPG。あの時に作ったパソコンチャットの、バージョッアップ版でもある。だが……違いは、回線だ。
Calc:回線……。
Kengo:通信路として、この世界のインターネット回線なんか、使えるわけがないだろう? 暗号化がどうこう、ってんじゃなくて、そもそも通信自体を、マルヤマに探知される恐れもある。見つかったら、儂は八つ裂きにされるかも知れない。だから儂は、異世界そのものを、ポートとして用いた。
Calc:ポート……よくわからないです……。
正直、頭がしびれる。理解するのに疲れてきた。
Kengo:ポートも、IT技術だよ。たとえばファイル転送プロトコル「FTP」という機能を使って通信するには、20番と21番ポートを使う。WEBブラウザとかの、「HTTP」なら基本は80番だ。通信する両者で「このポートを通って情報をやり取りします」と取り決めるわけだ。
Calc:!! と、いうことは、もしかして……。
Kengo:おおっ! 察してくれたようだね? そう。儂は、異世界そのものをポートに見立てて、秘密の通信路を設定したんだ。マルヤマにも見つからない、異世界を間に挟んだ通信だ。通信「ポート」ならぬ、通信「パラレルワールド」とでも言えばいいかね?
Calc:通 信 パ ラ レ ル ワ ー ル ド … … 。
Kengo:ここまで説明すれば、わかるかな? 儂は、人工知能となってマルヤマの地下に居るしのぶと、話がしたい。その為に使っている通信パラレルワールドのパラレルワールド番号は、1583。マルヤマによるナンバリングに沿って表現すればだがね?
Calc:1583……。
それって……。
俺がマルヤマ大賞に長編処女作を応募した時の、受付番号じゃないか……。
Kengo:そしてその、通信パラレルワールド1583が、滅亡の危機に瀕している。冬佳さんという女性が、邪神をしこたま呼び出してしまったから。『パパゾヌ邪神アンリミテッド』サービスを利用してね。
Calc:ええっと……つまり、おじさんは、冬佳さんの居る異世界が滅亡すると、通信路が潰れて、マルヤマに居るAIになったしのぶと、会話が出来なくなるから、それをなんとかしたい、と、そういう訳ですか?
Kengo:ご明察。異世界が滅びると、しのぶと会えなくなるから、駆駆くんの力でそれを回避して欲しいんだ。
……。
……。
Calc:ええと……。
色々と、ツッコミどころも疑問点も多くて、とてもとても困るけれど、とにかく。
俺は一旦、目を閉じる。
そして、開く。
大きな声で、つい、こう言ってしまった。
「ゆっくり這い寄れよ! 混沌ならさあ!」
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