たのしいことをやる

Calc:前向きに、行ってみますかね。


 可愛い女の子に「頑張れ」って言われると、男は弱いんだよ。俺もそう。


Kengo:手伝ってくれるかい? 助かる! 三本満足棒、今度おごるからさ。


 あれだ。TVのCMで、「たった棒3本でお腹満腹」を謳った携帯食品、三本満足棒。「血糖値が一気に上がるとインシュリンが大量分泌されて体に良くないから」と、一本ずつ分けて食べるのが、おじさん流だった。


Calc:こっちはちょうど3人ですし、何箱来てもうまく分配できますよ?

Kengo:割り算の必要が無いケースだね。ははは。


 これは当たり前の事だけれど、過去は変えられない。

 なので、唯一変えられるのは、これから、どうするかだ。


 夏フェスで、にしのんは活き活きとしていた。

 長谷川先輩も、本屋で、神話を語りだした時、目が輝いていた。


 そんな2人から、つい先刻、言われたのが、コレだ。


「だって駆駆、好きな事にまっすぐじゃん。おそらく、アンタが思っている以上に、輝いて見られているよ。周りからね?」

「私も、そう思うよ。一之瀬くん」



 人は、好きな事にまっすぐ進む時、一番、輝く。



 ならば。

俺は、どうするべきかなあ?)


 自身に問いかけると、答えはすぐにでた。



 た の し い こ と を や る



 この一択。


Calc:あのさぁ、しのぶ? 確認、したいんだけど。

KP:なに?

Calc:このチャットの向こうに居る、今はおかしくなっちゃってる冬佳先生は、作り物ではない、ってことで、本当にいいんだよね? 異世界で人を愛し、挫折し、苦しんでいる、「等身大の人間」ってことで、良いんだよね? 俺と同じで。


KP:その解釈で、あっているよ。


Calc:じゃあさ。このセッションでの、俺たちの行動次第では、冬佳さんたちのいる世界も、変えられるかもしれないって理解で、あっているかい?


Kengo:イエスだよ、駆駆くん。儂はまさに、それを君に期待して、こうして連絡をしているんだから。なにせ、しのぶが持つ評価ルーチンに計算させたら、通信パラレルワールド1583を救うのに必要な、BEST(Butterfly Effect Seed Text)値が一番高かったのは、Calcくん……。


Calc:おじさん! 説明が長いです相変わらず。イエスだとわかれば、俺はそれで充分です。


Kengo:お、そうか?


 少し目を閉じて、考える。


 しのぶの死をきっかけに、中学卒業からこの歳まで、色々と考えてきた事。

 俺が小説に書きたかった事。いわば俺の原点。


 それは。


「悲劇なんて、まっぴらごめんだ」

 って気持ちだ。


 夏の「カキスギ」イベントで、マルヤマ編集者の安東さんにも、あっさり見透かされてしまった、その気持ち。


 しのぶが居なくなった、あの時のような気持ちを味わうのは、もうゴメンだ。

 しのぶとの約束に反し、あの時の俺は泣いた。後悔した。もっと、しのぶに対して何か出来たんじゃないかって。


 結局、ただの人間である俺に出来たのは、前を向くことと、ことだけだった。


 だから、「クトゥルフ神話」なんて、悲劇真っ盛りな題材ですら、ハッピーエンドで締めようとしたんだ。俺の長編処女作『座椅子の偉大なる種族』では。


 今の俺は、WEB作家。

 自作を卑下ひげすることを嫌う、自信過剰な跳ねっ返りだ。


 これからやることは、同じだ。ハッピーエンドを諦めない。


 俺は目を開いた。頭の上には、「ポクポクチーン」とテロップが出ているかもしれない。これは比喩表現だ。要は、ひらめいたんだ。


 顔を上げ、長谷川先輩とにしのんに向かって言った。

 ついでに響け。健吾おじさんと、しのぶにも。


「長谷川先輩、にしのん。俺達は今、異世界に這い寄るコズミック・ホラーに挑む、探索者です。探し求める探索者」


 我が意を得たりだったのかもしれない。


 健吾おじさんと、しのぶの反応は、


Kengo:おう!

KP:おう


 だった。

 

 その一方で。


 少し、俺の気負いが強かったのかもしれない。

 中二病すぎたのかもしれない。

 脳内思考を一人で回しすぎたのかもしれない。


 長谷川先輩と、にしのんの反応は、

「「お、おう……」」


 だった。

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