これぞ、解決策だろう?

 ハッピーエンドを諦めない、そう決めた。


 とは言え、実際に出来そうな事は少ない。

 なぜなら、事件は異世界で起きているから。


 出来るのは、クトゥルフTRPGの「探索者」らしく、情報を集めて判断すること。まずは状況をしっかり把握する。


「長谷川先輩、にしのん。2人にも協力して欲しいです。このスマホの、クトゥルフ神話TRPGチャットで、異世界をハッピーエンドに導きたい」


「……あー。神話文芸亭案件だね」

 さすが、同じくWEB作家の丁鳥ていちょうさんであり、麗しの部長、長谷川先輩。髪を揺らしてうなずいた。猫柄スリットのスカートも揺れる。


「探索って、部室でやってるアレ? ……あんまり怖いのは、勘弁してよ?」

 怖いのが苦手なにしのんは、厚底サンダルをカタカタさせて、ちょっとビビりつつも、オッケーしてくれた。

 

 俺たち3人は、ちょっと肌寒くもなってきた夏葉原の「秘密基地」で、椅子を3脚持ち寄って座り、俺のスマホを中心に、車座になった。


Calc:健吾おじさん。聞きたいんですが、こちらから、冬佳先生の居る異世界に向けて、出来ることって、一体何ですか?


Calc:私、長谷川です。小説とかだと、「異世界転移」とか、「異世界転生」とか、ジャンルがありますよね? そういう感じで、私たちが異世界に移動出来るんですか?


 俺たちは今、グルグール翻訳のチャット機能(健吾おじさん作だとさ!)で、「あっちの世界」と話している。だから、俺のスマホのスピーカーに向けて、長谷川先輩はそう聞いた。


Kengo:いいや。人を転移させることは出来ない。あくまで、情報が相手に届くだけだよ。異世界IT。つまり、テクノロジーだからね。


 むう。となると、異世界に俺たち探索者が直接乗り込んで、何か行動を起こすってことが出来ないのか。3Dプリンターでも使えば、モノなら情報として送れるかもしれないけど。


 あれ? でも現状、異世界に居る「リアルな」探索者である、冬佳先生は……。


冬佳:ふふふふ。もっと、もっと壊れて頂戴! 世界のすべてが!


KP:冬佳先生は、完全に狂気状態にあるね。邪神の暴れ具合も被害甚大だ。辺りの建物は崩壊し、大気を粉塵が覆い尽くし、火の手が上がり、逃げ惑っていた人も、続々と死に絶えている。


Calc:そんな状況じゃ、冬佳先生に声だけ届いても、全く意味が無いじゃんか! あっちの世界の、情報の受け手が正気じゃないんだからさぁ! 冬佳先生の近くに、3Dプリンターとかは無い?


KP:そんなもの、無いに決まってるでしょ。建物が、軒並み崩壊してるんだからさ。


Calc:うへぇ……。


Calc:西野です。冬佳先生って人に、声が届くってのは、どうやって? こっちの世界では、駆駆のスマホのマイクで、音を拾って送ってるわけですけど?


Kengo:スマホじゃなくて、魔導書だね。この「通信パラレルワールド1583」においては。


Calc:魔導書? それって、以前のセッションで、ノットウイッチ教授の机に置かれていたっていう、2冊のソレのこと?


KP:ええと……(ログを確認中)それだね。その魔導書を開くと、開いた者の頭に、直接言葉が響くようになっていて、逆にその者が頭の中で想起した言葉は、魔導書の余白に「注釈」として記載されるようだ。


Calc:注釈? あ、えっと、私、長谷川です。それって、文庫本の端っこに落書したり、コメント書いたりみたいな、あの感じですか?


KP:そのとおりだよ。アタシが毎日毎日、読んでは翻訳して……。


Kengo:しのぶ! 秘密保持義務は大丈夫? そこまでしゃべっても……。


KP:大丈夫。今のアタシは、人間じゃないから。契約は、私間で結ぶものでしょ? 心配性だなあお父さんは。


Kengo:いや、どこぞの外国で、訴訟当事者になる権利が「川」に対して認められたケースがあってだな……。川ですらそうなんだ。今のしのぶが訴追される可能性だって……。


KP:アタシ、川じゃないし。あと、人工知能にとっての「死」って、罰にならないでしょ? 自身をコピーできるってのに。


Kengo:たしかに、そうだけどさ……。


Calc:あの……ごめんなさい。俺ら、その話、全くついて行けないんですけど?


KP:あ、そうだね。ごめん。話を戻すと。冬佳先生の思考は、彼女が持つ魔導書に、注釈として記載される。その先は……お父さん、お願い。


Kengo:まかせろ。グルグールが実装した「異世界クローラー」というモノで、その注釈情報を異世界からこっちの世界へと持ってきて、で、こっちの世界の言葉へと翻訳して、ほんで、駆駆くんのスマホに出力しているわけだ。「グルグール翻訳」に儂が追加した、自慢の機能なんだぞ。えっへん。


KP:今のグルグールは、そんな感じなんだね。アタシは、異世界から、凄い勢いで遡ってくる落書き注釈を読んで、こちらの世界の人が分かる形に変えて、吐き出しているの。アザースの力を借りて。まぁ、が昔書いてくれた落書きには、的には、なーんか劣ると思うけどね。


Kengo:おい、ほんとに大丈夫か? 話しちゃって。


KP:が話す分には大丈夫だよ。あの一族、アタシが居なけれりゃブラッシュアップすら出来ないんだから。


(ん? 一族?)


Calc:あのう。また、話が見えなくなってきました……長谷川です。

Calc:脱線、自重! 西野です。

Calc:ごめん、にしのん。俺がこれからする話も、脱線かもしれない。で、しのぶ。君が力を借りているという、「アザース」ってのは、何なの?


KP:大いなる邪神「アザトース」のカケラ、「アザース」よ。


Calc:ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい? あ、長谷川です。「アザトース」って確か、クトゥルフ神話の、最強の邪神ですよね? そんな強大な存在と、交流があるんですか……?


Calc:ひいいっ!! 怖い話は駄目だってー! ……あのう、西野です。


KP:マルヤマの偉大なる一族は、数億年もの昔から、契約実務に長けていたからね。今もそうだけど。もうまいんだよ。


 マ ル ヤ マ ?


Calc:ちょい待ち! 今、しのぶ、「マルヤマ」って言った? しのぶが今居る、大手出版者の、マルヤマ書店?


KP:ん? そうだけど、何か?


Calc:な に か じ ゃ ね え よ !


 待て待て待て待て。


 俺が長編処女作『座椅子の偉大なる種族』を応募して、バッサリと一次落ちを喰らった、あの、マルヤマ書店が?


 邪神「アザトース」のカケラと?


 


Calc:な ん じ ゃ そ り ゃ (驚)


 にしのんは、頭から煙が出ているような状態。そりゃオーバーヒート起こすよ、こんな話。


 長谷川先輩は、美麗なご尊顔を曇らせながら、あごをつまんで、うんうんと考え込んでいる。考えることに真面目だなぁ……。


 ……あれ? ちょっと待て。


 夏の、マルヤマのイベントで、編集者の安東さんが、意味深な事を呟いてなかったか?


「まぁ……一族は、ひとつでいいんだけどね」


 一族は、ひとつでいい……どういう意味だ?

 マルヤマ以外の一族は、いらない、ってこと……なのか?


Calc:あの、長谷川です。とあるSNSで、御大おんたいさんって方が、「俺ら個人作家が、マルヤマとまともに契約しようとしても、太刀打ちなんかできない」って、昔、おっしゃってたことがあったんですが、それって、関係ありますか?


Calc:あー。御大さんなら、言いそうだなぁ。


 長谷川先輩の言いたい事は、なんとなくわかった。


 クトゥルフ神話において、人は邪神と契約を結ぶ。

 健吾おじさんの言によれば、その「邪神との契約」技術を、マルヤマ書店は、日々の業務で磨きに磨いて来たんだろう。何億年もの間。


 日々の業務。現代においては、例えば……。


 作家との、書籍化の交渉。

 アニメ化。

 グッズ化。

 海賊版とかパクリへの対応。


 等々。


 WEB作家として、さすがにその程度は思い浮かぶ程の知識を、俺は持っている。


 たしかに、「アザース」ほどの強大な邪神と契約が出来るとしたら、マルヤマの一族をおいて、他には無いかに思えた。


(……あれ? でも、グルグールとか、パパゾヌとかはどうなんだろう? あと、今のしのぶ、マルヤマで、一体どんな状態になってるんだ?)


KP:話を戻すね。マルヤマの場合、この世界の「フィクション」が、アザトースのカケラ「アザース」の力で、異世界へと転移して、具現化する。今回のパラレルワールド1583では、魔導書の形で具現化したみたいだね。異世界でも時間が流れるから、ノンフィクションとして話が進む。それが落書き注釈となって記録され、アタシがそれを読んで、マルヤマの一族に翻訳して伝える。


Calc:異世界の、ノンフィクションを、読む? は、長谷川です。


 ほれみろ。さすがの長谷川先輩すら、ポカーンとしてる。


KP:マルヤマの一族は、アタシが吐き出した異世界ノンフィクションを、さらに編集して、出版するんだよ。それはもう、面白くなるよねえ? 異世界の現実を用いて、ブラッシュアップされてるんだから。


Calc:あー! そういうことなんですね! だから最近、マルヤマの株価がどんどん上がっているんですね? あ、長谷川です。


Calc:え! いおり先輩、株なんてやってたんですか! 西野です。 


Calc:あはは。私じゃないよう。私のお父さんの話だよう。長谷川です。


 な、な、なるほど……。


「うーん……」

 俺は思わず唸った。マルヤマ書店が、そんな「トンデモ」なやり方で本を作っていた……事については、もうお腹いっぱいな程の「トンデモ」が集中砲火で襲ってきているから、あえて触れないこととして。


 長谷川先輩がバカバカと、無節操な程に本を買う、あのお金は、お父様の株の売上から出ていたのか。


 そこまで事情をヒアリングして、俺は気付いた。


Calc:あのう。俺、決定的なことに、気付いちゃったんだけど。

KP:なに?


Calc:だったら、マルヤマの人にお願いして、異世界で暴走している、数多あまた這い寄る邪神の群れを、止めてもらえばいいんじゃないの? 契約、得意なんでしょ? マルヤマの偉大なる一族はさ。

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