テーマパークでかかる曲

 踊浜駅は、待ち合わせの人だらけ。

 ガヤガヤと、パークのBGMとがあった。


 俺が改札を潜って出ると、隅っこに、長谷川先輩が佇んでいた。カバー付きの文庫本に視線を落としている。あっ、俺に気づいてくれた? こっちに向かって手を振っている。俺も振り返す。


「あっ、一ノ瀬くん居た!」

「はい?」


 長谷川先輩の言葉の意味は、すぐわかった。

 先輩の目線が、俺よりも後ろの方に向いていた。 


 振り返ると、人混みから颯爽と登場のちびっ子。

 おそらく俺と同じ電車で、にしのんもやって来たみたいだ。


「いおり先輩、おはようございます。駆駆もおはよ」

「にしのんも、一ノ瀬くんも、おはようございます」

「はよんです」

 と、朝のあいさつ。


 にしのんは、鎖骨の見えるVネックのボーダートップスに、薄いみずいろのワイドパンツ。彼女には珍しく、足首まで隠れていた。


「いおり先輩に、パークに行くならロングパンツにした方がいいってアドバイスを貰ってさ」とのこと。


 同じく先輩のアドバイスに従ったらしく、日差し避けの、麦わらカンカン帽、黒い帯つきのやつ。で、赤いバッグをプランと手にぶら下げてにしのんは登場。


 長谷川先輩は、やわらかそうな白のオフショルなブラウスで、にしのんとは違って体のサイズにあった、ふわふわのをチョイス。中に着たキャミソール型のタンクトップがほどよく肩周りの肌を隠しつつ、肩自体は出つつのベストバランス。スキニーデニムでスタイルのよさが強調されていた。

 

 今日の先輩は、髪がアップ気味になっていて、こりゃカンカン帽が似合いそうだなと思ったら、どっこい青系のキャスケットが頭に載ってて、フェミニンの中に少しのボーイッシュが混ざった状態。


 先輩、オシャレさんだなぁ……。


 で、いつもは手提げ系が多い先輩は、今日はリュックだった。なんか、結構重装備な感じで荷物を持ってきてる?


 俺の服装は……どうでもいいだろう。普通に、シャツとズボンにスニーカーだ。


 手すりまでキャラの形に造形された、「凝った」モノレールを使って移動。


「このモノレール、4駅しかない周遊なのに、定期券もあるんだって」

「誰が使うんです? いおり先輩」

「隣接するホテルの従業員さんとか、料理学校の生徒さん達とか、らしいよ? にしのん」

「ほえー」


 手荷物検査を受けて、前売り入場券のバーコードをエントランスにかざし、テーマパーク『ホロニガドリームシー』の中に入る。


 青空で、暑いけど、カラッとした爽やかな風。絶好のパーク日和。


 パーク内に入ると、猫のキャラクターがたくさん居た。お客さんが一緒に写真を撮ろうと、一斉にキャラへと寄って行き、あっという間に長蛇の列ができた。


「わたしたちも写真撮ろうよ!」

 という、にしのんの提案は、長谷川先輩に却下された。


「優先パスをとってからにしよう?」

 優先パスを発行してもらうと、アトラクションに早く乗れるのだった。


 3人でパークに入って、しばらく行動した結果、わかったのは、長谷川先輩とにしのんとで、楽しみ方のタイプが違うということだった。


 にしのんはとてもわかりやすい。とにかく、乗り物にどんどん乗りたがる「ライド」タイプだ。アクティブ!


「はいはい、次のやつ行こー!」

 と、元気に先頭を歩き……というか、今にも走り出しそうな勢いだった。


 長谷川先輩は、落ち着いてショーを楽しむ「ショー」タイプ。

「今日のニャモーキャットは、いつもよりお茶目だね」

 と、キャラクターの動きを観察していた。


「中の人が違……」

 ぐらいまでしか、俺は言わせて貰えなかった。長谷川先輩の人差し指がスッと伸びて、俺の口をすばやく塞ぎ、

「そういうのは、言っちゃダメ」

 とウインクだ。


(!!!)


 いや、これ、ドキッとするでしょうよ。

 俺の口にかすった、先輩の人差し指は、柔らかかったとだけ言っておく。


 ◆


 そんなこんなで、テーマパーク『ホロニガドリームシー』を堪能する俺たち3人。椅子に座ってお茶と、キャラクターを形どったおまんじゅうを食べながら、先輩は案内の小冊子を確認。そして言った。


「中央ハーバーでのショー、15時15分からみたい。そろそろ行って待ちましょう」


 にしのんが驚いた。カンカン帽が飛びそうになって、手で押さえながら言った。

「えっ? まだ1時間以上前ですよー? いおり先輩。もう1個、乗り物乗れるんじゃないですか?」


「見やすい場所は、早く行かないと埋まっちゃうんだよ、にしのん」


 そんなこんなで、女性陣2人の意見が珍しく割れた結果。


 ……。


「一ノ瀬くん、ほんと、ごめんね?」

「駆駆、行ってくるねー!」

 元気に去っていく2人組に、あぐらをかいて座った俺は、軽く手を振る。


 ……。


 つまり、こんな感じに決まった。

 長谷川先輩とにしのんの2人は、次のアトラクションに行く。そのついでに、次の優先パスのゲット。俺の分の入場券も2人に預ける。


 俺は、ショースペースで場所取り。


 まあ、それが妥当な選択でしょう。どちらの望みもかなえたいならば。


 ショーで、どのキャラがどの位置で踊るのかも、長谷川先輩はしっかりとチェックしていた。このパークを紹介する月刊誌なんかも発行されているようで、やたら重装備だと思った先輩のリュックから、「ざっしぃぃー」とアバウトな呼称でソレが出てきた。大まかな位置チェックを雑誌で行う。


 次いで、長谷川先輩は、ショーに詳しそうなパーク内の案内人さんをつかまえて、位置関係を最終確認。


 最終的に、架設ステージに向かってやや左ぐらいの位置を、長谷川先輩は俺に指定した。そこには、先輩お気に入りの、猫のミミーキャットが来るらしい。


「広く場所を取り過ぎないのがエチケットだよ? 少しでも多くの人がショーを見られるように」

 と、長谷川先輩は珍しく、釘をさすように俺に言った。


 ピニールの折り畳みシートを何枚か、長谷川先輩は持ってきていた。それをお借りして、3人分の領域をみんなで確保。


 シートを適宜折りたたんで地面に敷き、俺はその真ん中にあぐらをかいて座った。残り2枚のシートには、荷物をちょこんと乗せておく。長谷川先輩の重装備リュックも。


 そして女性陣2人は、次のアトラクションへと出かけていった。


 1人になったので、のんびり座ってあたりを見回す。

 

 正面には広大な海。そのバックに、巨大な火山と、帆船。

 静かな海を優雅に進む、カヌーみたいに長いゴンドラ。

 そんなハーバーに、あと一時間ほどすると、たくさんのキャラクターが訪れ、華やかに舞い踊る予定だ。


 俺があぐらをかいているショースペースには、家族連れのお父さんとかが、俺と同様にシートを敷き、冷たいものを飲みながら場所取りをしていた。


 そんなショースペースを左右に避けるように、お客さん――長谷川先輩いわく、異邦人ゲスト――がめいめいのアトラクションに向かって、談笑しながら歩いていく。


「ここにいる私たちは、お客様じゃなくて、異邦人ゲストなの。夢の世界を訪れた異邦人。そういうテーマが明確にあるのに、最近は、夢の案内人さん達ですら、私たちを『お客さん』と呼んだりして……」

 いつもと比べてちょっと怖い感じで、長谷川先輩がそう言ってたっけ。


 太陽の日差しは強い。

 でも、先輩から借りた、レース付きの日よけ傘(準備がいいなぁ……)を男がさすのもちょっと気恥ずかしい。


 なので、シートの上に傘を広げて置き、その下にタブレットを隠して配置。電子機器の熱暴走を防いだ。あと、日向は液晶画面が見えづらいから。


 ここ、『ホロニガドリームシー』で見聞きした事を、タブレット+キーボードで片っ端からメモしていく。小説の、日常パートを書く時に、使う時が来るかもしれないから。


 そんな感じで、1人でカチャカチャとやっていると。


 右斜めの方から突然、華やかな音楽が流れ出した。


 海辺のショースペースの周囲りには、リゾートホテルが併設されていて、それは、『とある3兄弟が建てた』という、パーク内設定になっていた。


 そのホテルの2階、だろうか。俺が見上げるような位置にあるバルコニーから現れたのは、ウェディングドレス姿の女性と、その手をジェントルに握ってエスコートする、タキシード姿の男性だった。


(あー。パークウェディングってやつか。ファンにはたまらないやつだ)

 多分、かなりの費用が掛かっているんだろうな、と、俺は下世話な事を思った。

 

 念のため、ウェディングのあれこれも、俺の描写メモに追加する。

 結婚式描写をする時に、使うかもしれないから。


 鐘が鳴る。


 曲がかかる。


 パークのキャラクターが2人、バルコニーに登場し、親族や友人と一緒に、新郎新婦をお祝いするという趣向だった。キャラクターグリーディングのウェディング版と言えばいいだろうか?


 当然ながら、参列者の皆さんはにこやか。


「素敵」

「綺麗ねぇ」

「おめでとー!」

「シーで挙式か。すげぇなあ」

 俺と同様に、座ってショー待ちしている異邦人ゲストも、祝福ムード。


 そして。


 かかっている曲に、俺は、聞き覚えがあった。


(曲で、昔の事を思い出すっての、本当にあるんだな……)


 しのぶが、あの時に歌っていた曲だった。

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