第5章 過去と未来の交差点
安東さんのアドバイス
壁と天井にビッシリと、書籍化作品のイラスト。
会場BGMは、アニメ化作品の主題歌メドレー。
俺は、マルヤマ書店のWEB投稿サイト「カキスギ」のイベントに来ていた。
広い!
人がごった返してる!
さすが、天下のマルヤマ書店だなぁ……。
物販に、声優のトークショー、イベントステージに、キャラのコスプレ。そんなアレコレが、ごった煮になっていた。そんな中、俺のお目当ては、端っこに陣取られた、とあるブースだった。
『マルヤマ書店の編集者さんに、創作の方向性について、直接アドバイスをもらえるブースぅう!』 (ポケットからは出してない)
ちゃんと事前に参加申請をして、コメントがほしい作品はコレです、と伝えてあった。つまり、マルヤマ大賞落選後に「カキスギ」に投稿した俺の処女作『座椅子の偉大なる種族』。
ブースは、アイドルの握手会よろしく、何本かの待機列になっていて、周りの書き手さんはみんな、クリエイター名義の名刺を作り、編集さんと名刺交換をしていた。
(しまった……俺も名刺を作ってくればよかったなぁ)
自分の迂闊さを呪った。SNS「シュットドン」で、御大さんが「名刺は作った方がいいよ? 自分はこういうものです、って、相手に知ってもらうことにもつながるから」と、みんなにアドバイスしてくれていたっていうのに。無精者の俺め。
「そうですねえ……」
机の向かいに座った編集者さんは、言葉に窮するようにあごをつまんだ。
20代の後半位であろう編集さんの顔には、とにかく疲れの色が見えた。 目の下にはすごいクマ。
安東さんは、足を組んでしゃべりだした。
「『座椅子の偉大なる種族』拝読させて頂きました。ポイントポイントは、いいと思うんですよね。邪神が女の子になる、っていうのは、あちこちの作品で見かける王道ですし。やはり、かわいい女の子が登場すると、作品に
「主人公が座椅子になって、かわいい女の子をとっかえひっかえに座らせる所とか、メインヒロインが、座椅子である主人公の角度調整をして、主人公が腹筋苦しくてうめく描写とかも、いいと思います」
「ただ、出てくるキャラクターが、それぞれどんな人なのかが、まだ書き込みが弱いかな……。あと、説明が多くて、目が滑る感じ。読者さんに、どこで目を止めて欲しいか、考えてみるといいかもね」
「書いてるうちに、どんどん伸びるから、頑張ってください! 次も期待していますから」
5分ぐらいで、矢継ぎ早にポイントを指摘していただいて、俺は「ありがとうございます」と席を立った。
安東さんと握手。乾いた手だった。
去り際、安東さんの小さな独語が、俺の背中越しに聞こえた。安東さんはだいぶお疲れの様で、ついぼそっと声に出してしまったのかもしれない。
「まぁ……一族は、ひとつでいいんだけどね」
一族は、ひとつでいい……?
俺は思わず振り返った。
「んっ? あ、ああ。なんでもないです」
安東さんは、組んでいた足を戻し、両ヒザを両手で押さえて前のめりになりながら、そう言った。
「あ、は、はい」
俺は、言葉になっていない、あいづちのような返答をした。
独り言なら、聞き流してそのまま立ち去った方が、失礼にならないかもしれない。でも、気になる。だって独り言なら、俺の作品に対する、安東さんの、本音の感想かもしれない。
『本音の感想は大事で、次に繋がるものだから、しっかり受け止めるべきだ』
小説書きクラスタの「御大」さんも、以前そうおっしゃっていた。
俺はすこし迷ったけれど、立ち去らず、踏み込むことにした。
「座椅子以外に、一族を出し過ぎたってことですかね……」
実は俺は、「座椅子の偉大なる種族」の他に、「なんとか族」を作中にたくさん登場させていた。
例えば、
「丸椅子の華麗なる血族」
「パイプ椅子の凶行なる蛮族」
「キャスター付きの暴走族」
「ソファーベッドの混血族」
などだ。
(族をたくさん登場させすぎて、作品が混乱してしまったのだろうか?)
(もっと整理して書くべきだったのかもしれない)
安東さんのリアクションは、
「えっ? ……あ、うーんと、そうだねえ……」
しばらくして、言葉を選ぶように、安東さんの口から出た言葉は、
「一族をいろいろ出すのは、面白い試みだったと思います。そして、あの、作品のテーマから見た、登場させる必然性とか、それの書き分けとか、ですかね。その辺りを、えっと、考えてみると、いいかもしれませんね」
「そうですね。やっぱり、整理が足りてない感じなんですね。ありがとうございました」
俺はお辞儀をした。
「あー。あとね、Calcさん」
「なんでしょう?」
「これは、個人的な感想なんだけど。作中で出てくるセリフ、結構、印象に残る物があって。たとえば、主人公の『悲劇なんてまっぴらごめんだ』ってセリフとか」
俺は、何も返答を返せなかった。
俺の中の、「核心」を突かれた気がした。
「作中だとこのセリフ、日常パートのお色気回で使ってますよね? 主人公である座椅子が、自分の上に女の子をたくさん座らせて、うへへへって笑ってるシーンで。でもなんか、不思議な悲壮感というか、場面に合わない緊迫感みたいなのを、このセリフから感じて、ドキっとなったんですよねぇ」
「そう……ですか」
「Calcさんが、作品を読んでもらいたい人って、誰か特定の人、居るんですか? 想定している、対象読者の話です」
(困った質問だなぁ……)
そう思いつつ、俺は、「王道」と思われる答えを返すことにした。
「そう……ですね。やはりラノベなので、自分と同じような、男子学生とか、若い男性にウケたいですね」
「それはわかります。女の子をたくさん出している理由って、そこでしょ? 対象読者がその辺りなのだったら、このセリフは、主人公がピンチの時に登場させた方がいいかもしれないですね。終盤で主人公が、悲劇を打ち破っていく。その基点となる所にこのセリフを置くと、話がピリッと締まって、盛り上がるように思います」
「なるほど……確かにそうかもしれません。勉強になりました」
「あ、あくまで個人的な感想の話ですからね? いろいろ言ってごめんなさい」
「いえ、とても参考になります。本当にありがとうごさいます」
俺は、もう一度深くお辞儀をした。
「いえいえ、また書いたら、是非見せてくださいね。今日はありがとうございました」
安東さんも、そう言って軽く頭を下げてくれた。
♪~♪
さっきまで耳に入ってこなかった、BGMが聞こえてくる。会場でBGMのオン/オフなんてされていないから、それだけ集中してお話を伺うことができた、ってことだと思う。
うん。とても有意義だった!
イベント会場が広い、というのもあり、会場を一通り見渡しても、気楽に話せそうな知人は見つからなかった。御大さん、別のイベントと予定がかぶっているらしく。
クラスタの人探しを断念した俺は、会場を去り、帰途についた。
電車で、いろいろと考える。
安東さんの「整理した方がいい」というご指摘は、わかる。
テーマとか、起承転結とかも考慮せず、やみくもに書いているだけだったし。
このあたりを、御大さんとか、
ただ、対象読者か……。
俺の文章を、一番読んでほしかった人は、もういないんだよ。
(……改稿とかも、検討してみようかな)
そんな事を考えながら、俺は電車に揺られた。
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