癒やしの時間
「駆駆、なんか元気ない?」
にしのんが、俺の顔を覗き込んでくる。
今日のにしのんは、ミルクティーっぽい色のキャミソールに、ロールアップデニムという出で立ちだった。あと、俺たちの居る部室の窓側に、赤い花柄のガウンがかけてある。
「そうかな。いつもと変わらないよ?」
夏休み中にも、こうしてたまにサークル活動があった。
うだるような暑さの中、部室棟に顔を出した俺は、そう返事する。
「そうかなぁ。こないだのフェスの帰りとか、目がキラキラしてたけど?」
にしのんは言って、なにやら残念そうな顔をしていた。
程なくして廊下から、パタパタと足音が聞こえた。
「ごめんなさーい、ちょっと遅れちゃった」
長谷川先輩が到着だ。
先輩は、
三 つ 編 み !
「あれ? 一之瀬くん、元気なさげかな?」
先輩にも、にしのんと似たような事を言われ、「いえいえ、大丈夫です」と返した。
「いおり先輩が来たら、駆駆、復活しやがりましたよ?」
にしのんが、なぜかむすっとしている。
先輩は紺のバッグから、ダイスとか、ルールブックとかを取り出して、長机の上に置きはじめた。
「あの、先輩」
「はいはい?」
「今日は、クトゥルフTRPGじゃなくて、違う活動にしませんか? たとえば、神話についての談義とか」
と提案してみる。
昨日の、「グルグールでのTRPGセッション」が、いまだに喉にひっかかったような感覚だった。後味の悪い結末というか……。昔を思い出してしまうというか……。
グルグールの人工知能が作った、架空のシナリオなんだろうけれど、やはりバッドエンドは好きじゃない。
いつもなら、両手に花で、楽しいトークセッションなはずなんだけど。今日はどうにもこうにも、やる気が起きなかった。
女性陣2人は、表現方法こそ違えど、「何かあったの?」と聞いてくる。
「いや、特になにも」
何を察したのかわからないが、長谷川先輩が、ニコッと笑った。
「そっか……じゃあ、今日のサークルは、課外活動に行きますか」
◆
なんのことはない。
長谷川先輩のお買い物に付き合わされただけだった。
場所は
家電屋さんが何個も立ち並んでいる。
ビルの壁をびっしりと埋め尽くす、いろんなアニメキャラの絵。
その中でも、
海で主人公が、赤い髪のサブヒロインとビーチボールではしゃいでいる。一方のエネットさんは海に入らず、ビーチに居た。セパレートのビキニ姿に柔らかそうな肢体を包み、グラサンを頭の上に乗せて、舌をペロッとだしながらソロバンをはじいている。
ビーチパラソルを立て、ハートが描かれたストローでトロピカルジュースを飲みながら、健康そうな足であぐらを組んでいる。
パラソルの後方に見える小屋には、馬が繋がれている。異世界から転移させた馬だった。
そんな巨大な絵が、夏葉原のビル壁面にどどーんと。
見上げるとそんな感じだけど、目線を普通に戻しても、いかにも夏葉原な感じ。
人でごった返す道には、メイド喫茶の呼び込みが道に立って、オタクに話しかけている。
メイドだけじゃなかった。女忍者に幼女姿に女騎士、……。たくさん居た。
にしのんは歩きながら小声で、
「正直、しおり先輩の方が
と言い、先輩は、三つ編みをほどいたサラサラロングで、
「そんなことないよー」
と言っている。相変わらず、仲のよい姉妹のようなやりとりを、歩く俺の後ろでしていた。
俺たちは今、南に進んでいるが、
駅を出て西に行くと、電気屋と、萌えの世界とが広がっている。
東に行くと、大型電気店、土橋カメラがある。
赤いハッピに鉢巻姿のおっちゃんと、同じ格好の女性社員がずらっと横に並び、「イヨッ! 土橋!」ってやっている、あの有名なCMの、土橋カメラだ。
CM曲は、今まさに俺の後ろで、姉妹のような2人が、鼻歌の如く口ずさんでる、ソレだ。
「
「真ん中
「あんなのも こんなのも 置いているー♪」
「「夏
「なんで最後だけ、ラップ調なんすかね?」
「「なんでだろ?」」
綺麗めな先輩と、チビっ子にしのんとが首をかしげるタイミングが、ドンピシャで一致。
そんな他愛も無い会話を繰り広げながら、俺たちは左折。東へ歩いた。
高架ガードをくぐった先に「タワーブックス」があった。9階建ての、文字通り「タワー」状の本屋だ。
「夏休み神話フェア、やってるんだよ」
という長谷川先輩の後に続いて、エスカレーターをジグザグと9階、イベントスペースまで登ると、一面、POPだらけの世界だった。
「タワーブックス 夏の神話フェア」と書いてあって、壁一面に、
「うわー、神だらけだ!」
にしのんが、何冊か手にとりながら、感想を言った。
「多神教だねぇ、にしのん」
長谷川先輩が、謎の相槌を入れている。
「こんなに、種類あるんですね、神話って」
俺は珍しく、サークル「神話文芸亭」のメンバーっぽい事を言ってみた。すると、長谷川先輩が、びっくりするほど破顔した。そして興奮気味の早口に続けた。
「そうそう! 有名なところだけでも、愛憎溢れるギリシャ神話でしょ? 武勇伝のケルト神話に、滅亡に突き進む北欧神話。ほとんど歴史の日本神話。えとせとらえとせとら」
「いおり先輩、さすが部長! いっぱい知ってますね!」
にしのんの感想に、えへへと照れ笑いを返した先輩は、またスイッチが切り替わったかのように、そこからしばし無口になって、本の物色に精を出し始めた。
俺とにしのんも、暫くの間は、先輩と一緒になって棚を見ていた。
しかし途中から別行動。それぞれ違う階の本を物色をすることにした。にしのんは「音楽は4階かぁ」と、エスカレーターを下って行った。俺は、8階のラノベコーナーでエスカレーターを途中下車。
店を出ると、外はもう暗くなっていた。夕焼けが拝める「ゴールデンタイム」は、夏でも意外と短い。
「一之瀬くん、ありがとう」
「良いっすよ。しかし、随分とたくさん、買い込みましたね」
長谷川先輩の買った本は、どれも分厚くて、それらを入れた茶色い紙袋の紐が、俺の手のひらに、地味に食い込んでいた。いてて。よくこんなに買うお金があるなぁ。
「最近は、ネット通販で本を買えるじゃない? でも私は、こうやって、本屋に来てじっくり選ぶ方が、好きなんだよ」
長谷川先輩が、首だけ後ろに、つまり俺に向けて、そう言った。
「自由にあれこれ、物色出来ますもんね!」
にしのんが、先輩の横で飛び跳ねた。長谷川先輩が横を向き、ニンマリとする。先輩の、キメの細かいほっぺが上がる。
「にしのんも分かってくれる!? ほら、本との、偶然の出会いってのもあるじゃない?」
俺は
「ほんとほんと」
……。
「はぁ?」
後ろを振り返ったにしのんの、目が怖い。
「それ、ダジャレで言ったんじゃ、ないよね? 一之瀬くん」
ほほえむ長谷川先輩からも、謎の圧を感じる。
そんなこんなで喋りながら、駅へと戻り、構内を北へと突っ切る先頭の2人。
電車に乗るなら、駅改札は、構内の
「あれ? 先輩? 帰らないんですか?」
と俺は聞いた。
「こないだ、ちょっといい場所、見つけたんだ、私」
振り返り、微笑を見せる長谷川先輩の長い髪が、風にふわりと舞った。
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