バッドエンド?


 パパゾヌフレッシュボタン。


 それは手のひらにすっぽり収まるサイズの、漆黒のボディを持つアイテムで、パパゾヌに申告して配布してもらう。


 以後、そのボタンを押すと、アカウントで指定していたキーワード、ジャンル等に合致する、ピチピチの書籍が郵送されてくる。フレーッシュ!


 人間の「面倒くさがり」な部分をトコトン追求し、狙いすましたボタン。


KP:それが今、冬佳さんの手に握られている。

Calc:あああ! それ、押さない方がいいですって!

冬佳:どうしてですか?

Calc:多分、よくないモノが届いちゃいます。


 ここまでの探索をもとに、想定される現状は。


 そのボタンをノットウイッチ教授が押したら、クトゥルフに詳しい人には周知なあの魔導書『マクゴナガルの遺言』が送られてきて、おそらくは不用意にも、教授はコズミック・ホラーに触れてしまった。


 教授は、急速に時間を経過させられ、灰になってしまった。


 そんな予測が立つ。


 クトゥルフTRPGでは、ありそうな展開だ。魔導書の入手経路を除けば。

 さすがはグルグール。おそらく、過去のリプレイデータを人工知能に機械学習させて、自動でシナリオを吐き出してるんだろう。


Calc:冬佳先生。その手にある本、読まない方がいいですよ。

KP:こりゃこりゃ。

冬佳:なにかこの本に、せんぱいの失踪に繋がるヒントがある……ということですか? もし、そういうことなら、確認しないといけません。

KP:いや、そうすぐに結論出さない方がいいと思うけどなぁ。

Calc:やめたほう良いですって。

冬佳:お二人のその反応……やはりこの本には、何かあるってことですよね? 私はノットウイッチ教授の助手です。知を追う者のはしくれとして、確認しなければなりません。

Calc:だめ、ぜったい!


 カルナマゴスの遺言は、読むだけで10歳も年を取ってしまう。

 しょうがない。言いたくない事だけど、代わりに俺が言うしかない。


Calc:冬佳先生。残念だけど、教授は既にお亡くなりになっているかもしれないんです。ここまで聞いた話から判断すると。

冬佳:……どういう、ことですか?

KP:こらこら。


Calc:だって、無駄な犠牲を出したくないじゃないですか。冬佳先生の目の前にある、その本が、原因かもしれないんです。人を灰にする力を持つ邪神を、呼び出す。そんな本なんです。


冬佳:証拠はあるのですか?

Calc:えっ、証拠?

 冬佳先生は、完全に怒った口調になっている。そうか。学者さんだから、確証の無い話は受け入れられないのか……。


Calc:いや……推測でして。絶対というわけでは、ないですがね……。

冬佳:だとするなら、やはり試してみないと。Calcさんの見立てが間違っている可能性もあるのですし。そして、仮に本当だとしても、私は、せんぱいの行方が知りたいのです。私はこの本を開きます。


KP:どうしてもやるの?

冬佳:はい。

KP:そうか……じゃあ、「言語学」でロールして。

冬佳:はい。コロコロ。成功。


KP:では、冬佳さんがその本を開くと、「灰を踏む者」、クァチルウタウスの存在を知ることになった。時間を加速させて、人を灰にする事も。


冬佳:ああ……ほんとうだったのですか……せんぱいは……! せんぱいは……! この、灰に……なったというんですか? 本当に……。


KP:そして冬佳さん。『マクゴナガルの遺言』を読んだあなたは、10年の時間を奪われる。


冬佳:確かに……体が、少し重くなった気がします……。


 冬佳先生の声は、相変わらず可愛いものだった。しかし。


KP:これからだよ。10年の重みを感じるのは。まぁ、10年老いても貴方の肉体年齢は30代。まだまだ健康に過ごすことが出来る。


冬佳 その代償に得たものは、この積もる灰が、せんぱい「かもしれない」という知識だけ、ですのね……。せんぱい……。


KP:女性の涙は綺麗だけど、やっぱり、見たいものではないね。


Calc:あ、あのう……。

冬佳:Calcさん?


Calc:は、はい。

冬佳:疑ってしまい、申し訳ありませんでした。


Calc:い、いえ……。

 俺には、それしか言えない。


冬佳:一度、自宅に戻って、考えてみようと思います。これから私はどうするべきか。


KP:その前に、やることがあるよ。SAN値正気度の減少ロールだ。


冬佳:あああ……。ロール失敗です。


KP:では、1D3のSAN値正気度喪失です。カルナマゴスの遺言ではない方の、文庫を閉じて。それを置いて、離れて下さい。


KP:Calcくんも、おつかれさま。今日のセッションは、ここまでにしよう。

Calc:わかり、ました……。


 不用意にネタバレしてしまったせいで、冬佳さんは歳を取り、先生の行方も確定しないまま。


「なんだよ、このひどいシナリオ」

 俺は、やるせない気持ちを、他罰的にそう表現するしか、術がなかった。

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