西野秋と長谷川伊織@LIME

「バス乗りましたー」

(バスの絵柄のスタンプ)


    「お疲れ様ー。楽しかった?」


「めっちゃ!」

「泣いた!」


    「よかったよかった」

    「雨、大丈夫だった?(傘マーク)」


「ギリギリセーフでした」

「お目当てのアクト、完全制覇!」

(燃え尽きた……の絵柄のスタンプ)


    「グッジョブです♪」

    「無事見れて、よかったね!」


「ありがとうございますー(泣)」

「帰りがけ、服がちょっと雨でぬれて」

「エロい目で見てきた」

「てめえこのお!」

(怒り目のゆるキャラのスタンプ)


    「こわい」


「いおり先輩、ごめんなさい」

「いっしょに行けなくて」

 

    「しょうがないよ」

    「体調管理出来なかった、私が悪いもん」


「次はいっしょに行きましょうね!」

(絶対だぜ! の絵柄のスタンプ)


    「うん。よろしく」

    「詳しい話、聞かせてね」


(満面の笑みでOK! のスタンプ)


    「一之瀬君は?」


「今、隣で寝てます」


    (ドキドキ、の絵柄のスタンプ)

 

「違う、そうじゃない」

「先輩が心配してた件は、大丈夫みたい」

    「ホント?」


「先輩、反応はやっ」

「バス乗ってすぐ」

「『ヒントが降りてきた!』とか言いだして」

「鬼のようにスマホ入力してました」

    「よかったー!!」

    (やったぜ! の絵柄のスタンプ)


「先輩、心配しすぎですよ」


    「だってー」


「先輩も応援してるって教えたら」

「張り切ってましたよ」

「よかったですね!」


    「うーん、複雑……」


(素直に喜んどきゃいいんだよ、な兎の絵柄のスタンプ)

「先輩は、奥手すぎます」

「せっかくの美人がもったいないです」


    「そんなこと、ないし……」


「先輩! 自信!」

「あっ、駆駆起きそうです」


    「了解、また」

    「気をつけて帰ってね」


「また後ほどー!」


 ◆


 隣の席で、駆駆がむにゃむにゃと言い出した。

 いおり先輩への報告はこのへんで、早めに切り上げた方が得策だろう。


(しっかし普通、隣に女の子がいる状態で、寝るかね)

 緊張せずに接してくれている、という意味では、嬉しいことなんだけどね。


 ――


 帰りのバスに乗ってしばらくは、今日のフェス話に花が咲いて、盛り上がった。駆駆のバス酔いという問題を、思わず忘れてしまうほど。


 楽しい!


 ほとんどわたしが喋ってばかりだった。へへへ。


 その途中で、駆駆は突然、

「あのさ! 話の途中ですまないんだけど、小説で、ちょっと思いついたことあるから、メモってもいい?」

 と言い出して、凄い勢いで、スマホのフリック入力を始めた。


(なんだよ! もっとフェスの話しようよ!)

 って思ったけど、オッケー出さざるを得ないよね。


 一日一緒にいて思ったけど、駆駆は多分、ロックフェスには興味がない。そんな中、付き合ってもらったわけだし。


 そして不思議な事に、帰りのバスでスマホにかじりついて、一心不乱になにやらメモしていたさっきの瞬間こそが、キラキラとして、今日一番の、良い目を駆駆はしていた。


 それ、わかる。

 自分の好きな事、楽しい事に、全力にぶつかっている人がせる目だ。 

 

 何かに夢中になっている人を、横から見るってのも、なかなか幸せなもので。

 心がほっこりする、というか。


 食事に例えるなら、フェスで刺激の強い食材を昼からたっくさん食べたあと、〆のデザートが、ほんのり甘さの和菓子だった、みたいな感じかな。

 うーん、あまりうまい例えじゃない気もするな。


 いおり先輩と、うまくいって欲しいなぁと思う。

 でも、自分も負けたくないっても、思う。

 そのへんは、ズルや抜け駆け無しだと思っている。その意味で、今日は逸脱しすぎたかもしれない。反省。


(しっかしまぁ……こんだけサイン出しても、気付いてもらえないかね……「フラグ絶対スルーするマン」ですかね)


「人は自分の事には気づけない」って、今日フェスで聴いた曲のフレーズにもあったけれど、本当にそのとおりなんだなぁと、隣でむにゃむにゃ中の駆駆を見て思う。


「ん、んあ、ああ」

「おはよ。やっと起きたね」


「あれ? 俺、寝ちゃってた?」

「だよー。フェスの話を、そっちのけてにしてさ!」


「ごめんごめん」

 ぺこっと頭を下げる駆駆に、わたしはスマホの充電器を「はい」と差し出す。

 わたしが家から持ってきた、赤くて可愛い充電器で、充電ポートは2個ついていた。1つはわたしのスマホに繋がっている。


 フェスは一日がかりの長丁場だから、夜には充電やばくなるかも……と思い、持ってきていた。


「ん?」

「寝ぼけてるねぇ。駆駆もさ、携帯の充電、そろそろヤバイんじゃない?」

「ん? ……あぁ。ホントだ」

「凄い勢いで、メモしてたもんね」

「メモはそんなに電池食わないよ。これは単なる、充電忘れですー」

「よけい悪いわ!」

「ははは。ありがとね、にしのん」

 駆駆は、赤い充電器の、空いたもう一方の充電ポートに、彼のスマホを接続した。


 充電ケーブル赤い糸に繋がれた、2つの携帯には、どちらも「充電中」ランプが点灯した。

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