フラグ絶対スルーするマン

にしのん西野秋さん、そろそろいかなくちゃ」

「……ん。そうだね」

 にしのんはゆっくり立ち上がり、ズボンについた草を払った。

 そして歩き出す。


 フェス参加者は、会場から大分はけてきた。


 小雨が降ってきた。フェスが終わるのを待ってくれていたみたいに。


「気づかなくてごめん、にしのん」

 俺は手を伸ばす。


「大丈夫、一人で歩けるよ」

 言うにしのんは、足をくじいたようだ。少し足を引きずっている。


「シャーウッド行く途中で、こけた時のやつかな?」

「多分それかな。ライブ中には、気にならなかったんだけどね」


(ライブスキー好きは、そういう生き物なんだろうな)


 俺が小説を書いている時も、集中すると雑音がまったく耳に入らなくなるけど、それと同じなんだと思う。多分。


 俺は、自分の荷物を背中から前へと回しながら、少ししゃがんだ。

「乗っていきねえ」

 江戸っ子口調で。


「えー! 恥ずかしいんだけど」

 にしのんはそう言って苦笑しつつも、意外と素直におんぶされた。

「バスの時間もありますしなぁ。へへへ」

 と、にしのんは笑っていた。


 チビっ子は軽い。

 彼女のバッグは俺が預かって、俺の左肩にかけた。


 そして俺は、暗がりの道の上で、歩を速めた。








「……あのさ、にしのん」

  「ん。なに?」


「にしのんは、どうして、神話文芸亭に入ったの?」

  「今、そっちかい!」


「そっち?」

  「あ、いやえへへ。なんでもない。なんでそんなこと聞くの?」


「ほら、にしのんなら、軽音部とかでも、良かったんじゃないかと思ってさ。今日のはしゃぎっぷりを見たらさ」

  「わたし、そんなはしゃいでた?」


「すっごく楽しそうだったけど? それはもう、異常なほど」

  「わたしゃ正常じゃ! ……まぁ、こういうの、初めてってのも、あるかもね。……フェスの話ね?」


「おー! 初フェスだったの? 意外!」

  「いや、そうではなくて……。ま、いいか。近場で単独ライブとかは、何回か行ったよ? でも、こんな風に遠出して、野外で楽しむってのは、初かな」


「そっかー。そりゃあ楽しいよね」

  「駆駆は、どうだった? 今日の……フェスは」


「すごく楽しかった! 俺、小説書いてばっかだったからさ。こんな世界もあるんだなぁ! って」

  「ふむふむ。良かったよ。なんか最近の駆駆、煮詰まってるみたいだったし」


「うぐっ。まぁ、色々あってさ」

  「駆駆、才能あるみたいだし、大丈夫大丈夫! いおり先輩がそう言ってたし。そのうちまた、面白いお話とか、浮かんでくるんじゃない?」

「うーん、だといいんだけどなぁ……」


  「これからも書きたい! って思ってるなら、きっと大丈夫だと思うよ」

「あざすあざす」


  「テキトーに流さないでよ。こっそり応援してるんだからさ、わたしたち」

「たち?」

  「いおり先輩も、ってことよ」

「そっかぁ、そいつはありがたいなぁ。あんな綺麗な先輩に応援されたら、奮起しないわけにはいかないよね、男としてはさ」


  「……」

「ん?」

  「……」

「どったの?」


  「……ま、いいか。駆駆先生の次回作に、ご期待ください!」

「それだと、最終回みたいじゃん!」

  「あははは」

「あ、入口のゲート、見えてきたね。バス、ちゃんと間に合いそうだ」

  「あのさ、駆駆」

「なに? にしのん」

  「あき、でも、良いんだけどね?」

「へっ?」

  「いや、なんでもない。小麦粉か何かだ」

「何だそりゃ」

  「そろそろ降ろすよろし。この距離なら、歩けるから」

「ん? そう?」

  「ありがと」




 ゲートの前には、フェスの公式Tシャツ姿のスタッフさんが何人か並んで、「ありがとうございましたー!」「最高だったぜー!」「うおおおー!」とテンションMAX状態で叫んでいた。それを見て、ふふふと笑うタイミングは、俺とにしのんとで、同じだった。


「ほれ、行くべよ」

 謎の東北なまりのように言って、俺の手を引っ張り、走りだすにしのん。


(だめだって! くじいた足で走っちゃ!)


 明るい所まで来たからわかるけど、降り出した雨の関係だろうか。にしのんのシャツが軽く透けて、その中の黒Tが、小柄な彼女の体を一層精悍に、引き締まって見せていた。


「にしのー。足! 足!」

 そう言いながら追っかける。


 結局、どうしてにしのんが神話文芸亭に入ったのかは、聞けず仕舞いだった。

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