第4章 スマホの先にある世界

美声の中の人、見たくないですか?

『あの……すみません』

 おずおずとした声が、突然に響いた。

 ハイツ・ルルイエの101号室には、当然俺しか居ない。この間の、グルグール翻訳のチャット機能か?


 スマホのマナーモードを解除したままになっていた……って、音声ありなのか! このクトゥルフチャット!


(すごく、可愛い声だ……)


 「フユカ」という名のその女性は、アニメ声だった。


 鼻にかかっていて、元気そうなのに、大人しさも同居している。


 地声に吐息を混ぜ入れて、口腔共鳴こうくうきょうめいだけでなく鼻腔共鳴びくうきょうめいも使ったような、響きもある声。


 マルヤマ大賞でかつて金賞を受賞し、アニメ化もされたあの有名作品『オタク以外の一般人がことごとく美少女に変化してすこぶる元気(オタ美女)』のヒロイン、リーニャの声に激似だ。


 『オタ美女』は、遺伝子ゲノムの塩基配列が切り替わり、本当に女体化してしまう「ダーウィン事件」に翻弄される、人類の受難をテーマにした作品だった。

 ……まぁ、作中人物がことごとく美少女に変わって行くから、ヒロインも何もあったもんじゃないけど。


(ご尊顔を拝見したい!)


(人工知能じゃなくて、もしかして本当に、リーニャに声をあてている声優さん中の人なのでは?)


 テンションが上がった。


 ただし、「グルグールが用意した人工音声付き人工知能である説」「ネカマ説」などがまだ残っているので、手放しで喜ぶことはできない。


 やることは決まっていた。

 すなわち、このセッションに参加する。そして……。


(どうにかして、冬佳さんのご尊顔を拝見する!)


(昨月の、ノッ……なんだっけ教授とKPとの会話よりも、絶対に楽しいセッションになるはずだ!)


 俺は、期待に胸を踊らせた。


Calc:おわぁあ! マナーモードっ!

KP:あ、いらっしゃいませー。

冬佳:ひゃぁ。えっ? えっ?


 ぬおっ!

 こちらからの声も、スマホのマイクで拾って、チャット入力になるのか……。


 俺はあわてて、スマホをたくさんタップした。設定を変える。冬佳さんの美声は画面に文字だけでなく、スピーカーからも聞こえつつ、こっちからは、声操作じゃなくてスマホのフリック入力になるように、設定。


 冬佳さんは、先月の「なんとか教授」の時と同様、参加者が突然増えることに驚いたようだった。そのビックリ具合もかわいい。『ひゃぁ』って! 耳が至福だよ! 


KP:さっき説明した「探索者たんさくしゃ」ってやつだよ。冬佳さん。

冬佳:あ、あの、えっと……そんなことが、あるんですね。

KP:今、冬佳さんの探索を処理しているところだよ。Calcくんも混ざるかい?

Calc:よろしくお願いします!

KP:では、状況説明するね。冬佳さん、いいかな? 少し時間取っても。

冬佳:不思議なことがあるんですね……わかりました。


(くっそー! めちゃくちゃ上品な発声! これも翻訳機能だとするならば、グルグール、マジ凄い! 四天王の朱雀どころじゃない!)


KP:OK! では、Calcくんは、大学ではノットウィッチ教授のクラスの学部生であり、教授の助手である宮代冬佳みやしろ・ふゆか先生とも、当然ながら面識がある、って設定にしようかな?


Calc:先生? 冬佳先生! 今日も、すっごくかわいいですね!

冬佳:えっ? (困惑)

KP:こらこら。駆駆くんは今、現場には居ないの! ノットウィッチ氏の書斎に居る冬佳先生が、とある怪異に直面し、電話でCalcくんに連絡を取っている、という設定にしようかな。だから2人とも、片手は使えないと思ってください。


Calc:わかりましたー。


冬佳:片手が、使えない……?

KP:冬佳さんは左手に、文庫の方を持って?

冬佳 えっ? この、女の子だらけの表紙のやつですか?

KP:その文庫を「携帯電話」だと思いこんで?

冬佳:そんな想像力、無いです。

Calc:冬佳先生! その変な携帯で、先生の写メを撮って、俺に送ってください!

KP:はやいよCalcくん! ネットナンパか! そういうのは後でやりな。

Calc:はーい。


(ちぇー)


 冬佳先生のご尊顔は、まだまだ先になりそうだ。いいじゃん、人工知能なんだったら、それくらいサービスしてくれてもさあ。


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