男っぽい娘はしゃべりやすい

「なにぼーっとしてんの! 行こ!?」

 西野さんに背中をポンと押されながら、俺たちも入場ゲートを通過する。


 受付のお姉さんに、緑色の、細いビニール紐みたいなのを手首に巻かれる。その紐には、プラスチックの白い丸ボタンがついていた。


「はい、留めますね! 一旦留めると外せないので、フェスが終わったらハサミとかで切ってくださいねー!」


「うええ……めっちゃ人いる……音でかい……」

 会場内に入った俺の感想だった。


 音が飛んできた。膜をピーンと張って、それを断続的に叩いた衝撃波が、次々に飛んでくるような、そんな感じ。って、そりゃそうか。ドラムってそういう仕様だもんね。


 総じて「Tシャツに短パン」な、ラフな格好の集団が、あちらこちらに向かっている。まるで、スクランブル交差点の地面を、アスファルトから土と植物へと代えて、その規模を、すこぶる大きくしたみたいに。


 とにかくみんな、元気に動き回っている。


「ライブステージがさ、大小合わせて5つあるんだよ」

 と、西野さんが教えてくれる。


「5つも? なんで1つにしないの?」

「同時にるんだよ。5つのステージで、違うバンドがそれぞれさ」

「それだと、お気に入りのバンドがかぶったりしないの?」


 そう聞いた途端、西野さんは、今まで見たことのないような変な顔をした。阿鼻叫喚あびきょうかんを表現しようとするかのように、顔を歪める。


「だだ被りだってぇの!」

 そう言って西野さんは、かわいい顔を積極的に台無しにしていた。


 そして、思った。

(ここでは、「好き」の度合いの強い、西野さんに任せた方がよさそうだな)


 入口から入って、やや近い所に、3つのステージがあった。


 小規模テントの「テントステージ」。

 中規模のオープン空間「シーサイドステージ」。

 中規模の森の中「ウッディステージ」。


 それらからだいぶ離れた所に、最大規模の「シャーウッドステージ」があって、ロックに大して興味が無い俺でも知っいてる大物アーチストが、こぞって、ライブスケジュールタイムラインをジャックしていた。若干、ロックっぽくないグループも混じっているけど……。


「最近は、何でもアリになってきてさ……」

 西野さんはそう言って残念がりつつも、しっかりと予定は立てた。


 基本は、お気に入りのアーチスト優先。合間の細切れ時間を、ご飯とか休憩とかに充てる。


 近場の3ステージ「テント」「シーサイド」「ウッディ」は、相互に行き来がしやすい。そこで、この3ステージの間でお気に入りがかぶったら、「前半にテントステージ、後半にシーサイドステージ」みたいな感じで半々で見る。


 申し訳ないけど、一番奥地に埋まった「DJステージ」は捨てる。


 シャーウッドでの夜のメイン「ホットプレイズ」は、絶対に見たい。

 でも、ホットプレイズの演奏直前まで、西野さんが推しの別バンド「カプリコン」がシーサイドステージでる。


 なので、シーサイドに張り付きつつ、終わったら即刻、シャーウッドステージまで移動しないといけない。


 おそらく、他のフェス参加者も似たような行動を取るだろうから、人混みに呑み込まれないよう、他の人より一瞬速く移動を開始するのがいいだろう。


 俺が買ってきた冷たいお茶と、かぶりつき肉とを食べながら、2人でそんな作戦を立てた。西野さんはもちろん、長谷川先輩へのLIMEリーメ報告も欠かさない。先輩から「良いなー楽しそう!」と返事があったらしく、ほっこりしていた。


 ほぼほぼ、予定通りにライブは進んだ。


 灼熱の炎天下。大自然の中に響く重低音は、お腹にズンと来て、なんだか心地よい。俺の体を、外側から、ドン、ドンとリズミカルにノックされているような感覚。


 俺が執筆の調子を崩す前、つまり、マルヤマ落選の件があるまでは、室内にこもって小説ばかり書いていた。けれど、その生活では味わえないような感覚で。


(この経験が、次に書く小説に活きればいいな)

(そんな日は、こないかもな)

 同時に思った。

 そのことで、俺は未だ、落選のショックから立ち直れていない自分を知った。


 自然の中での西野さんは、無邪気な子供のようだった。

 マンゴーミルクのかき氷で「頭いてー!」と、こめかみあたりをポンポン叩いていた。

 ステージの前列に突入して、もみくちゃになっていた。(モッシュ、と言うらしい。西野さんに教えてもらった)

 ライブに感極まりながら、縦ノリしていた。


 バンドが出す音と、観客(ステージ毎に、多い少ないの差はあったが)とが、全体として一つの生き物となったかのように、拍動していた。


 俺も知らずのうちに、それに共振しているのに気づき、その時は横で飛び跳ねていたチビッ子女子に、

「楽しいね! にしのん」

 と俺は言った。

「何がー?」

 という大声が返ってきた。


「ここ全体が!」

「上出来!」

 と、彼女は親指を立てる。


 なんというか……。


 にしのんのほうが、よっぽど「男前」な感じがした。

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