第3章 恋愛フラグは気づけない

嫉妬かもしれないな

 8月上旬のわだち海浜公園は、雨予報だった。


 そこに向かう道は、曇り。


 バスは空調が効いていたけれど、車内が密閉されていて地獄だった。酔い止めをちゃんと飲んでいたのに。


「ちょっと、大丈夫?」

 隣に座った西野さんが気づかってくれるけど、「ありがと」と小さく返す事しかできない。バス酔いで、それ以外は無理。


「窓側に座る? 窓を開けて、外の空気を吸えば、ちょっと楽になるかも?」

 お言葉に甘えてその行動を取ったら、排気ガスの匂いが入ってきて、気持ち悪さが増した。あわてて窓を閉め、とにかく大人しくする。


 大学に入ってから、ずっと小説書きに集中していたら、車の免許を取るのが遅れてしまった。


 マルヤマ大賞落選のショックを引きずって、どうにも次の執筆に本腰が入らないまま、大学は夏休みを迎えていた。どうせ執筆も進まないなら、そろそろ車の免許でも……と思ったのは遅きに失した。


 夏休みの教習所は予約で激混み。


 小説以外の事を、ついつい後回しにしたツケが、「バスツアー」として襲ってきた。


「西野さんと2人で、夏の野外音楽フェスへお出かけ!」

 外野から見たら、うらやましいシチュエーションかもしれない。


 けれど実際は、バス酔いがかなりの拷問だった。西野さんと、バス中で何をしゃべったかも、覚えていない。


(くそ、次は絶対、レンタカーか自前の車で来てやる!)

 変な芳香剤の匂いが充満するバス中で、俺はそう、心に誓った。


 現地に到着すると、天気予報に反してどぴーかんで、バスから降りた瞬間、もわっとした熱気が俺達を迎えた。

「うわ、あっつー!」

「日差しすごいねぇ、わたし日焼け止め塗らんと」

 バス酔い地獄から灼熱地獄へ移行したわけだが、後者の方が、俺にとっては、よっぽど楽だった。


 国立わだち海浜公園は、広大な敷地と豊富な緑とを備えた海沿いの公園で、毎年お盆前に、野外ロックフェスが開催されている。

 その駐車場は、次々に到着する車や、軽装の参加者が歩くのにあわせて、砂煙がもうもうと舞っていた。


「会場到着! っと。送信っ」

 西野さんが、スマホのLIMEリーメで、報告をポチッと送った。長谷川先輩宛だ。


 元々は、長谷川先輩と西野さんとが、2人で来る予定だったんだ。


「屋外音楽フェスは日焼けとか色々あって……」と渋る先輩を、ロック好きな西野さんが、押し強く連れ出そうとしたのが、当初の流れだった。


「みんなで行くなら……」と長谷川先輩も言い出し、俺も含めて3人になった。


 そして土壇場で、長谷川先輩が体調を崩してお休みになり、西野さんと2人、ロックフェス会場の駐車場に、今、居る次第。


「私の事は気にせず、楽しんできてね」

 長谷川先輩はそう言っていた。


「はいわかりました」となる西野さんでもなかったので、バスの中でも、到着してからも、長谷川先輩に連絡を欠かさないのであった。


「わたし達だけ楽しむのは、なんかズルいと思う。だから、先輩にも実況するの!」

 と鼻息を荒くしている西野さんは、かわいいだけじゃなくて、いい子だなぁ、と思った。


 ◆


 ゲート前で待ち合わせした「知らないお兄さん」は、このロックフェスの常連らしく、昨年度の公式Tシャツを着ていた。長谷川先輩の分のチケットを、現地で定価交換。公式チケット交換サイト「チケガエ」だと、手数料を結構取られるので、別の定価交換サイトを利用して相手方を見つけた。


 知らないお兄さんは、ニコニコと快活にしゃべる人だった。

「いやー、チケット転売とかが流行ってて、値段が馬鹿高くてさ! 今日の参加は諦めてたんだよねぇ昨日まで。定額で譲ってくれて、ホント助かるよ! ありがとね!」


「いえいえ。良さげなお兄さんに渡せて良かったです! 来れなくなっちゃっわたし達の先輩の分も、楽しんでくださいねっ!」

 短パンに、今季のトレンドカラーらしい、薄いイエローの半袖シャツを合わせた、ラフな格好の西野さんも、快活に答える。ニッコニコだ。


「うぁー、残念だったね。でも、まかせろ! 俺がガッツリ弾けてやっからさ!」

 と言って、お兄さんは頭を縦に何度か振った。


「あはははは!」

 と爆笑する、西野さん。


 お兄さんも西野さんも、どちらもロック好きなだけあって、話が弾む弾む。話題の展開(特に、お気に入りバンドの話)が速くて、俺はついていけない。


 こういう場面でのオタクは、大抵は、身も縮こまる思いで、フリーズして喋れないもの。俺もそのたぐいだった。


「彼氏さんも、もっと絡んできなよー!」

 と、お兄さんはフランクに話しかけて来る。


「あはは、駆駆くんは違いますよー」

 といって手をピラピラとする、にしのん。とにかくテンションが高い。


 どうやったら、そんなに楽しくしゃべれるんだ? って思いと、なんか、少しだけ締め付けられるような感じ。


「じゃ、俺さ、仲間と待ち合わせがあっからさ」

 と言って、そのお兄さんは、俺たちより先に入場ゲートをくぐっていった。

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