違う改札、同じ路線
西野さんを見送った後、少しの沈黙を挟んで、先輩と俺は改札へと歩き出した。雑踏に飲み込まれるように。
夏の風は長谷川先輩の髪を揺らし、さわやかな香りが俺に届いた。
「一之瀬くん、TRPGのこと、よく知ってるんだね」
「いやぁ。昔、ちょっとやってたことがあるくらいで。それにしても先輩、あんなに歌上手かったなんて、ビックリしましたよ。声優とか、行けるんじゃないですか?」
まるで、しのぶの声ように、膜の張った声だった。先輩のルックス的には、アイドルとかも行けるんじゃないかとも思う。
「えー? そんなことないよ。でも、歌うのはいいね。心のモヤみたいなのが、晴れる感じでさ」
「確かにそうですね。少し、スッキリした顔してますよ、先輩」
「まぁ、ね。一之瀬くんも、なんか、少し表情が穏やかになったみたいで、安心したよ」
「そうです?」
「あ、あのほら。昨日部室に来た時、なんか表情が、いつもと違ったからさ」
長谷川先輩の手がせわしなく動いた。
これか。西野さんがさっき、帰り際に言っていたのは。
「顔に出てましたか……。ありがとうございます、心配してくれてたんですね」
俺はペコリとお辞儀する。
「こっちこそごめんね。私のわがままで、今日はあちこち引っ張り回しちゃって」
確かに、ショッピングモール散策は、アウェイな環境だった。女性用の服屋に男があちこち入るのは、凄く緊張した。「連れです! 2人のオプションです!」って感じで俺は体を固くしっぱなしで、西野さんに笑われたりもした。
小説を書くという意味では、女性の服について勉強になったけど、筆が復活する目処は立たない。
「楽しかったですよ? 気分も晴れましたし」
「やっぱり、何かあったんだね、その表情だと」
「あの、えっと、小説のコンテストに応募していたって話は、前にしましたよね? あの結果が昨日発表されて、ダメだったんですよ」
本当はもっと色々とあったんだけど、話を丸めて伝える。
「……そうだったのかぁ。残念だったね」
悲しい表情をしてくれる先輩。これだけで、心が少し軽くなる感じ。
「まぁでも、こうやってお休みに、可愛い女子2人と遊びに出れる時点で、俺は幸せ者ですがね! えっへん!」
「また、変な事いうー。にしのんが可愛いのは同意だけどさ」
「先輩もね?」
「わ、私はダメだよう。そ、それでさ、一ノ瀬くんは、またお話、書くのかな? それとも、しばらくお休みな感じ?」
「ちょっと、今は厳しいですね……」
「そっか……。じゃあ、一緒にTRPGとかして遊びましょうか」
「はいです」
「よかった」
先輩はニッコリした後、少し表情を変えて、語を継いだ。
「書く邪魔にならない範囲で、ね」
「うーんと……次のお話を書く事を検討するよう、微力を尽くすことについて善処すべく、充実した日々を謳歌することを誓いつつ、前向きに検討する所存です」
「長いよ一ノ瀬くん。長くて、何言ってるかわからないよ」
同時に笑った。
改札が見えてきた。ここからは、俺と先輩は別の改札になる。
カバンから定期を出そうとした俺の右横で、長谷川先輩が足を止めた。
その向こうで、『馬泥棒の異世界メルオク出品記』の異世界ヒロイン、エネットさんが、銀色の髪でこちらを見つめている。ソロバンを持ちながら。
「……一ノ瀬くんは、にしのんのことは、どう思ってるの?」
「えっ? えっと、凄く可愛いっすよね。喜怒哀楽の感情が豊かで、元気で。先輩は?」
「私? そうだなあ、とっても優しい、妹みたいな感じかな」
「あーっ! それ、凄く良くわかりますよ! ダイス買った時も、姉妹みたいだったし!」
「そっか、えへへ、一ノ瀬くんにはそう見えるのかー」
長谷川は、また笑った。
「じゃ、また月曜日に、部室で」
「闇落ちしてなかったら、顔出します」
帰りの電車の、昨日との違い。
それは、乗客がちょっと少ないことと、私服の人が多いこと。
スマホが振動する。
長谷川先輩から
(???)
首を傾げていたら、続いて、目が点で描かれた、変なウサギのスタンプ。きもかわいい絵柄に少し吹き出す。
あ。
他に、もう一つあったよ。
昨日との違い。
車内を、凄く明るく感じたんだ。
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