土井サウンド
結局俺たちは、ダイスのセットを人数分+予備の1セット、サークル用に購入した。
西野さんはその他に、4面ダイスを2個、パラでご購入。ご満悦だった。
その後、ショッピングモールの散策に精を出し、さすがに疲れの出た俺たちは、カラオケボックスに入った。
……駅前のカフェは、どこも激混みだったんだ。
「土井?」
「うん。土井」
「土井だね」
「店員さん、土井で」
「土井ですね、かしこまりました」
俺が中学生だった頃は、カラオケの機種は、高音質の「ドム」、アニソン曲の多い「ジョジョイン」の2強で、どっちを選ぶか迷ったこともあった。
なにせオタク系の人種なので、ジョジョインでマニアックなアニソン縛りで歌いたいのが人情なのと。
はたまた、ドムの高音質で、高画質アニメPVを見ながらアニソンを歌いたいのが人情なのと。
その両天秤だった。
(どっちにしろ、アニメかよ……)
心の中で一人、ツッコミを入れる。
しかし現在は、DOYSOUNDの開発者、土井さんのおかげで、悩みは解消した。
高音質の楽曲が、かゆいところまで手が届く程に配信されていて、マニアックなアニソン曲も豊富だった。PVも高画質。
ありがとう、土井サウンド。
たしか、マルヤマ書店の系列らしい。手広くやってるなぁ。
エレベーターで登ると、 部屋番号502は大きな窓に面していて、外からの光が入る、明るい部屋だった。
「歩き疲れたー!」
西野さんはそう言って、ドアの反対側、窓際の長ソファに「とーう!」って感じでダイブして、そのまま突っ伏した。「ああーふかふかでいいー」と言いながらピーンと、1本の棒のように、うつぶせになっている。
「にしのん、そんなとこ店員さんに見られたら、恥ずかしいよ?」
長谷川先輩はソファの隅、ドアの一番近くにちょこんと座り、苦笑しつつ、ドリンクメニューの紙(透明ラミネート防水)に視線を落とした。
「乙女がそんな姿見られるのはいいの? にしのん」
俺は、ドアから見て、西野さんより更に奥の、小さな丸椅子に座りながらそう言った。
そうしたら、ドリンクメニューへと落ちていた長谷川先輩の視線が、急に俺の方へと向けられた。西野さんが俺に視線を送るより反応が早くて、なんだか鋭くて、少しドキッとした。
「……駆駆にゃ、いいの別に。男として見てないから」
「何だよそれ」
笑いながら、俺は西野さんに返す。
長谷川先輩の目線は、俺から西野さんへと、また素早く移る。そして先輩が「仲が良くて結構な事で」と笑った。
その言葉で気付いたけど、そういや俺、今、西野さんのことを「にしのん」って呼んでしまった。長谷川先輩の呼び方につられて。馴れ馴れしく、心の距離を近づけすぎた? 一瞬キョドりそうになったけど、まぁ、西野さんが気にして無いみたいなので、内心ほっと一息ついた。
「いおり先輩、違います」
西野さんは、長ソファの上で棒になったまま、うつ伏せから仰向けへと、器用に回転しながら言った。それを見てまた笑う長谷川先輩の、黒髪が小刻みに揺れた。
「同意です」
俺もそう言う。そして、
「西野さん、そろそろ普通に座ろうぜ」
と続ける。
西野さんは、
「あー、空が青いなぁぁぁ」
と、あお向けのまま、窓の外をぼーっと見始めた。
「……ドリンク、何がいい? 一之瀬くん」
長谷川先輩は再び俺の方に視線を送って、メニューをこちらに見せながら、聞いてきた。
「そうだなぁ、アイスティーでお願いします」
歌う時には、烏龍茶とか緑茶みたいな、喉から油を奪っていく系のドリンクはあまり良くないと、聞いたことがある。本当は水が一番良いらしいけど。
「了解。にしのんは?」
「わたしはビール! プハーッてやりたい! プハーッて! お酒の気分!」
「にしのん、おっちゃんか」
「西野さん、まだ未成年だぜ俺ら」
長谷川先輩と俺が、そんな感じでツッコミっぽいのを入れたら、西野さんは、
「バレた。じゃあ、アイスティーで」
とのこと。
その後、カラオケボックスでの2時間で、いろんな事件が起こった。簡潔に列挙する。
・結局全員のドリンクがアイスティーに統一された事件。
・しかし種類が、ストレートティ、ミルクティー、レモンティーの3つに分散された事件。
・西野さんが棒のように横たわっている所を、店員に見つかり、顔を真っ赤にして跳ね起きた事件。
・長谷川先輩が、凄まじく歌がうまい、ウイスパーボイスだった事件。
・西野さんの選曲がロック系で、完全に「縦ノリ」になっていた事件。
・それにあわせて俺がヘッドバンキングしたら、ミルクティーのグラスを倒してしまった事件。
・隣の部屋(?)のリモコンが、なぜかこちらの部屋のカラオケ機と接続されていて、国歌が10回も連続で予約されてしまった怪奇事件。(俺が歌わされた)
事件の捜査本部は502号室。
捜査メンバーも、犯人グループも、同じ3人だった。
国歌を10回も連続入力した犯人だけは結局分からず、迷宮入りとなった。
◆
外に出ると、薄暗くなっていた。
夏のもやっとした熱気が、室内とのギャップとなって襲ってくる。
相変わらず、人の通りが激しい。
「楽しかったですいおり先輩!」
「にしのん、ありがと。また月曜に」
帰る方向が反対側の西野さん。
「駆駆さ。いおり先輩に、お礼言っといた方いいよ?」
西野さんは小声でそう言って、雑踏の中に消えて行った。
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