テーブル・トーク
こういう笑い方をした時の長谷川先輩は、大抵何かある。なので俺は、
「な、なんでしょうか?」
と、若干後ずさりしながら言った。
「2人は、『TRPG』って知ってる?」
「……へ?」
長谷川先輩の話は、予想とは違った。
てっきり、「マルヤマ大賞、結果出たんだよね? 一ノ瀬くんどうだった?」の話かと思っていた。
サークルの2人には、「マルヤマ大賞に応募してみた」という話は、前もってしてあった。「どんなの書いたの?」については、「発表をお楽しみに」と濁していた。
結果、箸にも棒にもかからなかった俺は、報告しずらいなぁと、身構えていたんだけど。
でも、俺の応募の件なんて、2人はきっと忘却の彼方なんだろうな、って思って、少し寂しい気もする。
「ええと、テープルトークRPGですよね? 一応、知ってますよ?」と、俺。
「わたしは知らないです、いおり先輩」と、西野さん。
「そっか。えっとね、にしのん。テーブルトークRPGって言うゲームはね……」
長谷川先輩は、西野さん向けに解説をしてくれた。先輩が着たシャツのライムグリーン色のように、優しい解説だった。
長谷川先輩による解説を、要約すると、こうだ。
RPGというと、某、竜を退治する名作TVゲームシリーズとか、服屋の閉店セールのように「最後!」「最後!」と毎回謳いつつ、しれっと続編が発売され、「全然最後じゃないじゃんか」とツッコミを入れたくなる最後詐欺ファンタジーゲームとかが、真っ先に思い浮かぶと思うけど。
でも実は、
RPGの語源はそもそも「
TRPGのTは「テーブルトーク」のT。
複数人で集まって、ワイワイ喋りながら、役者のようにキャラを演じてお話を進める。例えばテーブルを挟んでトークしながら。そんなRPGだってあるんだ。
大抵は、ゲームマスター(GM)と呼ばれる進行役がシナリオを語り、他のプレイヤーは、重要な所で
それが、
……。
「……こんなとこだけど、わかったかなぁ? にしのん」
「ええと、概略だけじゃわかんないです、いおり先輩。ごめんなさい」
西野さんは、目に見えて、しゅんと落ち込んでいた。
西野さんは、長谷川先輩に憧れているのだろう。それが言動からいつもダダ漏れな西野さんとしては、「先輩のお話を理解できなかったあたしのバカバカ!」って心境なのかもしれない。
そんな西野さんを見る長谷川先輩のご尊顔に、会心の笑みが浮かんだ。
「だろうと思ってさ! みんなでやろうと思って、これ、買ってきたの! ててててーん!」
まるでN次元ポケット(N=4? 5? 不明)から秘密ツールを出すかのように、長谷川先輩が、机の下に置かれた彼女の鞄から、しゃっと取り出したのは……。
本。
「ひぃぃっ!」
表紙をチラッと見ただけで、西野さんが思わず後ろに飛び退く。
「クトゥルフ神話TRPG ルールブックーぅぅぅー!」
「先輩……そんな軽いノリで出す本じゃないっすよ、それ……」
俺はため息混じりにそう言った。
どんな本か、説明を試みるとですね……。
天は、血を連想させる、紅い空。その紅に消え入るかのように、煤けた尖塔が林立している。
地に伏した緑色の光は、水だろうか?
左右には、うねうねと蛇行する、ヒダのような何かが。これは崖か? もしそうだとしたら……。
中央に潜むモノ。そのサイズは、明らかに人のソレではない。
うねうねと延びる触腕。鉤爪のある手が二つ。
タコのような頭には、感情を読み取れそうもない目が、二つ埋まっている。
それらを上から覆っている、これは……なんだ? ドームテントか? 悪魔の翼か?
先輩が取り出したのは、そんなビジュアルの表紙の本だった。
はいはーい!
このクトゥルフTRPGをモチーフに使って、『マルヤマ大賞』にラノベを応募して、かすりもしなかった俺が通りますよ?
「長谷川先輩? これ、どう考えても、ホラーですよね?」
俺が言うと。
「怖いの、苦手なんです!」
西野さんは目をくしゃっと閉じ、元々小柄な体をいっそう小さくしていた。彼女のオフショルダーを飾るふわふわの波(レース生地?)がカツオ節のように踊る。おっ! 女子っぽい。カツオ節の形容は余計だ。
「にしのん、大丈夫だよ。これも神話の一つだからさ。SNSで見たんだけど、最近流行ってるらしいの!」
と、いつもは大人しめな先輩が、急に押しにかかる。
そうだった。
うちのサークル、活動実態としては、気になったラノベを読んだり、だべったり、カラオケに行ったりと、まったり活動しか、してこなかったけど。
「神話文芸亭」だった。
……にしても、ねぇ……。
サークルで、初めて接する神話が、ギリシャ神話でも、北欧神話とかでもなく、
邪神這い寄る「クトゥルフ神話」って、どうなの……?
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