西野さん、ごめん
「ふぅ……」
ちょっと息切れをしながら電車に駆け込み、バイトへと向かう。
正直、ルールブックを買って即座にプレイできるようなゲームじゃないんだよね。クトゥルフTRPGは。
部室ではあれから、言い出しっぺの長谷川先輩が、「私が
先輩、どんな張り切り方だったかというとー!!
すれ違った男子の多くが振り返るであろう黒髪美少女(大学生は、少女かなぁ?)が。
体を内側に縮めた感じで、右拳を軽くにぎり、白くきめ細やかな肘をこちらに見てるように腕を上げて「私、がんばる!」って、少し首をかしげてニコッ。
その反動で、スカートがふわりとなって。
あの
「可愛いは正義」という言葉を聞いたことがある。
長谷川先輩のそのジャスティスっぷりは、
男性陣がみな一様に、グエエエエエエエエエエエエエエ! (阿鼻叫喚)って、なる位には。
長谷川先輩が頑張ろうとしていた「KP」というのは、「ゲームキーパー」の事。要はゲームの進行役、司会だ。
KPの役割は。
・シナリオをプレイヤーに説明する。
・必要に応じて、プレイヤーに
・話の筋から脱線しそうなプレイヤーにそっと這いより、助け舟を出す。
などなど。
ゲームのルールとか、あと、クトゥルフ神話に出てくる、コズミック・ホラーな邪神達を把握していないと、とても務まらない。
そんなKPの役割を、ルールブックを買ってきた初日から実行しようってのは、いくら可愛さの
結局今日は、ルールの読み込みだけでタイムアップになり、「俺、バイトがあるので」と、一人抜け出てきた。
ちなみに。
「オフショルダーのブラウスの下に「なんと白シャツの肌隠し」が有って残念でした男性諸君!」なちびっ子西野さんは、ルールブックを読むだけで、げっそりとしていた。
本当に怖いものが苦手のようで、これまた小動物のように可愛い。いつもの男っぽいキャラとのギャップ萌えもあって、なおさら可愛い。
クトゥルフTRPG的には、このげっそり現象を「
クトゥルフTRPGのゲームを進めると、キャラクターの
減ったらどうなるかは……ふふふふふふふ!
ともあれ、
コンビニ謹製のふわふわクリーム蒸しケーキ。
別名、ジェネリック
『女子には甘い物』
はい! この公式、テストに出ます!
部室のサイコロ状(6面)冷蔵庫からスイーツを2つ取り出し、しっとりサラサラお肌の女子大生2人に
◆
中型書店「ブックス・マルファ」は、沖袋駅から徒歩5分。エスカレーターを登った2階にある。
そこでのバイト中、副店長から叱責を喰らった。
「一ノ瀬は、雑誌抜きが遅いわりに、雑誌の抜き漏れがある。特に今日は、それがひどい」という内容。レジ内での軽い注意ではなく、わざわざバックヤードに呼び出された。
雑誌は、次の号の出版が近い場合、今の号を棚から外して、返品する。
お客さんに古い号をお売りするわけにはいかないから。
その作業が、今日の俺は壊滅的だった。スピードも精度も。
「すみませんでした……」
素直に頭を下げる。いくらマルヤマ大賞に落選したからって、心ここにあらずで仕事に支障をきたしたのは、完全に俺が悪い。お金を頂戴しておいて、その体たらくはダメだ。
内心、「ICタグを本に埋め込めば解決なのになぁ」とも思う。大手の書店では、そういう対策、とっくに実行しているはずだ。
(本にICタグを貼り付けておけば、どこにどの本があるのか、パソコンでわかるんじゃないのか? 万引きも防げるんじゃないのか? 雑誌抜きも、楽になるんじゃないのか?)
そんな気持ちもゼロでは無かった。けれど、単に俺の注意力が散漫なだけだった。申し訳ありません、副店長。
今日も今日とて、いつも来店なさるお客様と軽く雑談をして、喰らった精神ダメージの軽減を図る。ハードカバーが好きなお姉様で、しのぶがもし生きてたら、こんな感じの、綺麗な女性に成長してたのかなぁ……とかこっそり考えつつ、本にカバーをかけ、お姉様に手渡した。
まぁ、そんなこんなもあったけど。
「おつかれさまです。先に上がらせていただきます」
「おつかれ、一之瀬」
本屋店員の象徴である「深緑のエプロン」をロッカーにハンガー掛けして、返す刀で俺のカバンを肩にひっかけた。
カバンに入れておいたスマホを見ると、
『ミッション発動!』『ダイスっていう、サイコロっぽいモノが、足りないんだって』とのこと。
クトゥルフTRPGをプレイするためのダイスが不足している、ということだろう。
ダイスには、結構種類がある。
テントのような形の4面ダイス。
レーザーを跳ね返しそうな、4角すいを2つ合体させたような形の8面ダイス。
トンガリな宇宙船を2つ、底面同士を合わせて、ズブズブとめり込ませたかのような形の10面ダイス。
他にも、12面、20面、果ては100面ダイスなんてのもある。
中学時代にTRPGをちょっとだけかじったから、ある程度は知っている。当時の事は、思い出すと、今だにちょっとつらい。
西野さんによると、
『どこに売ってるか、知ってる?』
とのことなので、
『わかんね。 西緩バンズか、パパゾヌあたりでよくない?』
と返した。それぞれ、百貨店と、ネット通販プラットフォームだ。
バイト先の本屋を出て、エスカレーターを下り、駅前を歩き始める。するとすぐ、西野さんからスタンプと共に、
『西緩バンズ付きあって』
とメッセージが飛んで来た。
バイト先の本屋から西緩ハンズへは、目と鼻の先ぐらいの距離だ。人間サイズではなく、巨人サイズでの目鼻だけど。
『俺、バンズの近くにいるから、買って来てもいいけど?』『何と何が必要なの?』
と返した。
おそらく、8面ダイスと、10面ダイスが足りないんだろう、と俺は予想していた。6面ダイスなら100円均一とかにもあるから。
しかし、西野さんから返ってきた答えは違った。
『一緒に行こうよー。いおり先輩から、わたしが頼まれたんだよー』
というメッセージと共に、黒猫がペコリと頭を下げている絵柄のスタンプが送られてきた。
(うーん、面倒だな……)
いつもの俺なら、「えっ? これもしかして、西野さんとのデートフラグですか?」と、ひそかに心をときめかせる所なんだけど。
今日はさすがに、お昼の出来事が、俺の
だって、だってだよ?
魂を込めた
さすがにもう帰って、風呂に入って、ゲームなり動画サイトなりで、ヤられた精神を癒やしたい。SNSですら今日は
西野さんにどんなメッセージを返そうか考えながら、俺は駅前をうろうろしていた。人通りも多く、電気屋とかカフェとかがたくさんある、明るい道だ。そこで、ズボンのポッケに入れたスマホが、た振動した。
(西野さんから次のメッセージが来たか)
そう思ってスマホを開くと、
差出人は……。
マ ル ヤ マ 書 店 編 集 部 !
(
途端に、俺の心をマルヤマ書店が占拠した。
風邪薬は、その半分が優しさで出来ているらしいけど、今の俺は、99%がマルヤマ書店で出来ている。
西野さんごめん! 残り1%の中に、西野さんもちゃんと居るから! いつもなら、もっともっとパーセンテージ高いから!
『ごめん! ちょっと急用できたので、ダイス購入の話は、明日以降でお願い!』
というメッセージを、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます