第4話

 場面は帰りの山道。

 城田が振り向いて由里子に手を貸そうとしたとき、背後の木立に人影が見える。思い切りわざとらしく、大木の陰に隠れる与太者氏。何事か話しかけようとした由里子を、目顔で制した城田、そのまま数歩を進んでから、不意に彼女の肘をつかみ、小走りになって画面から消える。

 これに慌てた与太者氏。大木の陰から、泡を食って飛び出すと、周囲をキョロキョロと見回す。で、二人を追って、フレームアウトするのだけれど、たちまち城田に胸ぐらを捕まれて、お手上げポーズで押し戻されてくる。

「僕たちの後を尾行けて、一体何をしようと言うんだ? 君は何者だ?」

「ぼ、暴力反対。待って。ちょっとだけ、待って。ぼ、僕の話を聞いてください」

 そのままワイプで診療所内部に画面が切り替わり、名刺を手にした城田、

「新聞記者?」

「へへ」黒眼鏡を外すと、いきなり人の良さそうな顔になった与太者氏、「東都新報の二見ふたみって言います。まだ駆け出しもいいとこなんですけどね」

「でも、記者さんがなぜ、わたしたちの後をつけたりなんか、なさったんです?」

「実はある特ダネを追ってましてね」美人に問われて、もったいを付けて見せる二見。

「特ダネ?」

「これは僕だけのネタで、本当なら軽々しく話せるようなネタじゃないンですが、ま、皆さんならいいでしょう。題して、〈謎の学生連続失踪事件〉です」

「連続失踪? 待ってくれ。それじゃあ、浅黄以外にも消えた学生がいると?」

「そうなんです。ここ一年の間に、各地の大学で生物学、ことに真菌類について学ぶ、それもとびきり優秀な学生ばかりが四人。由里子さんのお兄さんも入れるなら、五人が姿を消してるんです」

「それは本当なのかね」押し黙ってしまった二人に代わって、口を挟んだのは新内医師。

「本当ですとも。実は警視庁に取材に行ったとき、刑事さんたちとの雑談の中で、キノコの研究をしていた息子が行方不明になった、探してくれって母親に泣きつかれて往生してるって話を、刑事さんの一人から聞いたんです。それは笑い話だったんですけど、僕のジャーナリストとしての嗅覚には引っかかった。なぜなら、全然別のところで、キノコの研究者がいなくなったって話を耳にしていたんです。それで、改めて調査の結果、見つかったのが、今言った四人ってわけです」

「なるほど。それじゃあ、失踪者は――」

「もっとたくさんいるかも知れないってわけです」と話を引き取った二見記者。「それで、失踪した四人の共通項として浮かび上がってきたのが――」

「――眠宮寺博士?」意味ありげな沈黙を引き取って、城田が言う。

「ご明察。彼らはみんな、眠宮寺を崇拝してた。今度は僕からの質問です。眠宮寺って一体何者なんです? 社の資料室でも調べてみたんですが、天才と謳われながら、何だかスキャンダルを起こして学会を追われた、程度のことしか分らない。教えてもらえませんか」

 難しい顔をして、腕を組んだ城田、一つ大きくため息を吐くと、

「眠宮寺博士は天才でした。学閥のような大きな後ろ盾もなく、幾つもの定説を打ち壊し、ほぼ独力で新しい学問の潮流を産み出してきた。彼女の兄に言わせれば〈菌類学者の王〉です」

「へえええ」

「それが三年前、突然奇妙な学説を唱え始めたのです。それは人類に匹敵する知能を持った真菌類、つまりキノコが存在するというものでした」

「知能を持ったキノコ? おしゃべりでもするんですか? ははあ、それでイかれちまったと思われて、学会を追放になったんですね」

「それは違う。あなたは科学を誤解している。それはもちろん、学者だって人間です。あまりに突飛な新説には偏見も抱きます。それでも、きちんと追試が出来るだけの実験データを添えて、発表されたものなら、たとえどれほど突飛な学説でも頭から否定はしない。眠宮寺博士の学説は突飛なだけではなく、実験データの添付もなかった。とにかく自分の言うことを信じろの一点張りだったのです」

「なーるほど」

「博士は狷介な性格で、少数の崇拝者をのぞけば、周囲は全て敵でした。それがこんな発表をしてしまった。よってたかって散々な嘲弄を浴びせられたのです。その屈辱に耐えかねたのか、眠宮寺博士はおまえたちが欲しがった証拠を見せてやると言い出したのです。それは――」

 ここで画面はモノクロの回想シーンとなる。

 まともに立つこともできず、もうろう状態でうわごとを言う学生から、カメラはパンをして、周囲を睥睨する眠宮寺博士の憎々しげな振る舞いを捕える。彼は高笑いをして、叫ぶ。

「聞くがよい。愚か者ども。これが、おまえたちが聞きたがった真菌の言葉だ」

 画面は元の診療所内部に戻って、

「博士によって学生は、脳に真菌を寄生させられていたのです」

「噂には聞いていましたが」と新内医師。「あきれたことをしでかしましたね」

「直ぐに手当を受けた学生は、幸い後遺症もなく回復したのですが、博士を放っては置けません。司法に訴えるべきとの意見もありましたが、実験と言い張られれば、傷害の立証は難しい。第一、学会にとっても不名誉なことです。それで、既に博士が申し出ていた退会を受理せずに、あえて除名としたのです」

「はああ。とんでもない野郎ですねえ」

「けれど、こうした経緯が、却って一部の学生に博士を英雄視させる結果を招いた。彼らは保守的で無理解な学会に反旗を翻す、孤高の反逆者の姿を博士に見たのです」

「兄もその一人だったのですね」と由里子さん。「バカな兄さん」

「浅黄は――」と城田は天を仰ぐようにして、「自身の指導教授の些細な不正が見逃せずに、大学当局に訴え、却って非のない彼の方が詰め腹を切らされる結果になってしまったのです。以来、浅黄は世をすねてしまった」

「学者の世界もいろいろ薄汚いってわけですね」

「ええ。奴の気持ちは分る。けれど、眠宮寺博士のような人物に魅了されてしまうとは思わなかった……」

「それはともかく、もし彼らがこの島にいるとしたら、どうやって来たんでしょうねえ?」とあくまで実際的な新内医師、「連絡船で来たのは多分お兄さん一人でしょう」

「おそらくは例の裏の船着き場から出てる快速ボートですよ。結構遠出もしてるみたいでね。眠宮寺が書いたパンフレットの頒布会みたいのがありましてね。失踪した学生の元からは、みんなそれが見つかってるんです」

「あ」と由里子さん。「多分わたしもそれを見たことがあります。兄も持っていました」

「でしょう。その頒布会を通じて、学生たちは眠宮寺とつながっていた。失踪した学生たちとは文通もしていたようです。失踪前後の彼らの足取りと、ボートの寄港地は大雑把にですがクロスする。ま、そこまで確かめて、あたしはこの島に乗り込んだってわけです」

「うーん」腕組みをした城田。「それでは学生たちは今もあの館に閉じ込められていることになる」

「生きていればね」

 あっさり言い放った新内医師の言葉に、思わず目を伏せる由里子。男二人の非難の目線を浴びた医師は、頭に手をやって、「これは失敬」

「だとしたらどうします? 今日も門前払いだったんでしょう? 闇に紛れて忍び込む、なんてどうです?」

「それは止めた方がいいだろうね。不法侵入をしでかせば、向こうの思うつぼかも知れない」

「ええ。たとえやるとしても最後の手段でしょう。何か方法を考えないと」

「じゃあ、作戦会議といきますか」

 何だかはしゃいでいるような二見記者の言葉にいたたまれなくなったのか、立ち上がった由里子さん。そのまま「作戦会議」に熱中し始めた男たちから離れて――。


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