第3話

 木立の陰に潜んで、診療所を出てくる二人をうかがう与太者氏のカットと山道を進む二人のカットに続いて――。

「おお」立ち止まって、視線を上げ、同時に驚きの声を放つ城田青年。由里子さんの方も「まあ」

 二人が見上げた先には、古城と行ってもよいような、古びた洋館(のよくできたミニチュア)。

「すごいな、これは」

「ええ。――あ、城田さん。あれを見て。ほら、窓に鉄格子が」

「うん。さっきの新内医師せんせいの話にあった、先代が閉じ込められた座敷牢とはあれだね」

「そうね――」

 と、ここでいきなり、

「こらあ!」

 薄汚れた作業に身を包んだ大男が現れて、手にした猟銃を二人に突きつける。

「何をするんだ!」由里子さんを庇って、前に出た城田。「君は誰だ?」

「おまえらこそ、何もんだ? ここは眠宮寺先生の研究所だぞ。先生のお許しなく、敷地に立ち入るもんは、このわしが容赦しねえぞ」

「待ってくれ。そうか、解ったぞ。君は鉄吉だな」

「それがどうかしたか?」

「まあ、話を聞いてくれ。僕らは眠宮寺博士に用事があって、ここまでやってきたんだ。博士に取り次いでもらえないだろうか?」

「先生はおまえらなんかに――」

「お待ちなさい」

 ここで二人目の闖入者が現れる。大方のご想像の通りかな? むろん、先ほどの美人。

「あ? あなたは」

「どうも。わたくし、眠宮寺先生の助手を務めております。冴橋妙子さえはしたえこと申します」

「あなたが博士の助手?」

「なにか、ご不審でも?」からかうような笑みに、

「いや、そう言うわけでは……」しどろもどろの城田青年。

「鉄吉」妙子嬢、脇で突っ立ってる大男に視線を向けると、「この方たちは私が引き受けます。あなたは自分の仕事にお戻りなさい」

 明らかに不服そうな大男は、嫌な視線を彼らに向けると、のそのそと歩み去る。妙子嬢、にっこり笑って、

「こちらへいらっしゃい。博士にはわたくしから取り次いで差し上げますわ」

 顔を見合わせた二人。

「城田さん……」

「行ってみましょう。まさか、取って食われたりはしないでしょう」

「ええ」


 続いての場面は大きな洋間である。薄暗くて、だだっ広くて、天井が高い。扉の両脇には甲冑が突っ立ち、その奥の壁にはタペストリー。豪奢だけれど、埃まみれの肘掛け椅子が一脚だけ、中途半端な位置におっぽり出されているのが、部屋の空虚な感じを強調する。

 正面の高い位置に部屋の巾の廊下が渡っていて、その中央から大階段が下っている。控えの間とでも呼ぶべきなのかも知れないが、ここは玄関ホールとしておこう。

 立ち止まって、二人を振り向いた妙子嬢。口角を上げると、「ここで、しばらくお待ちに――」

「何をしておる?」

 と、この館の人間はこのパターンでしか出てくる気がないのか、ここで三人目の闖入者が現れる。妙子嬢ら三人が揃って振り仰ぐと、上空の廊下の右手奥から、一人の男性が現れる。

 長身痩躯にして、白髪白髯、削いだような鷲鼻に、酷薄さを漂わせた薄い唇、深く落ちくぼんだ双眸そうぼうには炯々けいけいたる眼光を宿す。この容貌魁偉な怪人が白衣に身を包んでいるとあっては、首から「わたしはマッドサイエンティストです」と看板をぶら下げてるようなもの。ちなみに、先代云々とかのエピソードからすると、精々四十代の設定のはずだが、六十歳以下にはどうしたって見えない。やれやれ。

「あら。博士、いらしたんですか?」としゃあしゃあした口調で妙子嬢。「この方たちは――」

「わしは」怒気を含んだ声で、彼女を遮って、「何をしておる? と訊いておるんだ」

「お客様を案内してきたのですわ」

 博士、太い杖の石突を床にガンと突き立てて、

「わしに許可なく、他人をこの館に入れてはならんと言ってあるはずだ」

「あら。そうでしたかしら?」

「待ってください。眠宮寺博士」とここでようやく城田が口を挟む。「お尋ねしたいことがあるのです」

 ギロリと城田をにらみ据えた博士、「おまえは誰だ?」

「僕は城南大学で生物学を学ぶ城田と言う者です。僕の友人で、ここに居る浅黄由里子さんの兄の浅黄真一くんのことなんです。彼は先月、お宅を訪れてはいないでしょうか?」

「そんなもの知らん」

「でも」たまらず由里子さん。「兄はここに来ているはずなんです。何かご存じのことがあったら、何でもいいんです。何か――」

「知らんと言ったら知らん!」博士は大音声を発して、「わしの邪魔をするな! どいつもこいつも、ここから出て行け!」


 博士に追い返されて、最後に館を見上げる城田と由里子。殊に、その由里子さんをカーテンの陰からうかがう人物がいる。顔は映らないものの、身なりからして冒頭の男性らしく、その後ろ姿がおこりを患った者の如くに震えている――と言ったところで場面はさっさと切り替わる。

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