第2話

 続く、旅の過程は、映像の用語をいい加減に使うならフラッシュバックと言っとけばいいだろう的な感じで、ちゃっちゃっと処理され、気が付けば二人は旅の最終目的らしい海辺の街で、日に焼けたおじさんと話している。

「このお人やったら覚え取りますよ」と浅黄真一の写真からの切り返しでおじさん。ちなみに何処の方言だ? とか余計なことは気にしないように。

「顔見知りばっかりの中に、こんな都会の学生さんが乗っとるんですから、忘れはしませんで」

「やっぱり、浅黄は島に来たんだ」と城田は由里子にうなずいて見せ、「それで、帰りの方は?」

「ありゃ。変じゃのう。そう言われてみたら、帰りの船に乗せたことは覚え取らんなあ。どうしたんじゃろ?」

「島の漁師の方に、舟に乗せてもらったのでは?」と由里子さん

「この辺りの海は潮が強うてのう。島の連中が使うとるような、ちゃちな小舟では渡れンのですよ。あとは……眠宮寺さんとこのボートかのう」

「眠宮寺?」城田は由里子と視線を交わし、「眠宮寺博士は船を持っているんですか?」

「そうじゃ。連絡船より立派なくらいでの。そうはいうても、乗せてくれと言うて、乗せてくれるようなお方じゃないがの」

「そうですか……いや、ありがとう」

「もうすぐ出港じゃで。これを逃すと次は二日先じゃから、乗り遅れンようにな」

 で、このシーンはここでお終いかと思えば、物陰から現れた、若い男にカメラがフォーカスする。アロハシャツにカンカン帽、止せばいいのに黒めがねと言う、与太者のテンプレファッションに身を固めた、この男、どうやら会話を盗み聞きしていたらしく、去って行く二人を見送って、わざとらしくニヤリと笑う。

 突如現れた黒眼鏡の怪人、果たして彼は敵か? 味方か? と言ったところでフェードアウト。


 連絡船上のカット(談笑する二人と、それをわざとらしく、うかがう与太者氏)を挟んで、島への上陸(好青年ぶりを発揮して、お婆さんに手を貸す城田、それを見て微笑む由里子、付いてくる与太者氏)もワンカットで処理され、島の子供に道を訊いていた城田が顔を上げると――。

 路傍の木陰に鄙びた漁村には似つかわしくない、小洒落たベンチなどが置かれているのだが、そのベンチで若い女性が休んでいる。彼女、胸元の大きく開いた赤いワンピースに、ウェーブした髪、濃いめの化粧と、ベンチどころではない場違いっぷり。メンソールを口の端に咥えた彼女、ハンドバッグからライターを出そうとして、

「あらっ」とライターを落としてしまった。間の悪いことにベンチは土手に面していて、ライターはその下にまで転げ落ちていく。

「どうしましょう?」

「僕が取ってあげますよ」と声を掛けたのは城田。大した高さではない土手を飛び降りると、ライターを拾って、すばやくよじ登り、にっこり笑って、「さあ、どうぞ」

「どうもご親切に。どうしようかと思いましたわ」

「いやあ、あなたのような美しい方なら、手助けしようという男には事欠きませんよ」

「あら。それなら、わたしがお婆さんなら、あなたはわたしは放っておおきになったのかしら?」城田が言葉に詰まると、ニッと笑い、

「うふふ。港で見ていましたわ。あなたは誰にでも親切な方だとわたしは分っております」

「いやあ。どうも……」盛んに照れる城田。

「今晩はどちらへ?」

「診療所の新内医師しんないせんせいのところへ泊めていただくつもりでいます」と由里子嬢が切り口上で割って入る。

「そうなの。あなた方とはまたご縁があるかも知れませんわね。ごきげんよう」

 と言い残して行ってしまう女性。狐に化かされたような表情で、取り残された城田青年。

「ああ。しまった。名前を訊くのを忘れた」

「まあ。そんなことを訊いてどうなさるつもりなの?」

「いやあ。こんな島には不釣り合いなきれいな人だと思って」

「まあ!」由里子さん、ツンと鼻を反らすと、「行きましょ」

「あ。由里子さん、待ってください」

 ベタな寸劇を終えて、二人が行ってしまうと、またも現れた与太者氏。意味ありげに笑って見せてから、二人を追いかける。ワイプで現れた次の場面は――。


 ――診療所の内部。画面を横切って現れる、白衣を着た、長身、白皙の人物がここの主、新内医師である。

「いいや、歓迎しますよ。お二人くらいなら、なんとでもなります。取りあえず広いことだけは、ここの取り柄ですからね」

「いやあ、有り難い。野宿をすることになったら、どうしようかと。僕はまだいいんですが――」

「まあ」とまだ機嫌の悪い由里子さん。「今の季節なら、わたしも野宿くらい平気ですわ」

「いや、野宿は止めた方がいいですね」と真面目に答える新内医師。「海流のせいで、ここは夜になると結構冷えるんですよ」

「そうですか」

「どうぞ。ご自由にお掛けになってください」

「どうも」

 ここで、時間の経過を示すらしい、一瞬の暗転が挟まれて。

「それはやはり、眠宮寺博士の元へ行かれたのでしょう」と麦茶のコップを手にした新内医師。

「そう思われますか?」

「帰りの連絡船に乗らなかったのなら、それ以外あり得ませんよ。連絡船を別にすれば、ここの海を渡れる船は眠宮寺さんのところにしかないのですから」

「なるほど」

「眠宮寺邸の裏に専用の桟橋があって、ボートが繋がれているのです。下男の鉄吉てつきちと言うのがいて、食料品、日用品の買出しや郵便物の受け取りまで、彼がそのボートを使って、全てこなすのですよ。つまり、島の他の人たちとは全くの没交渉というわけです。その辺、実に徹底していましてね」

「眠宮寺邸にはお寺の脇の道をまっすぐ行けばよいのですね」

「ええ。行ってごらんなさい。驚きますよ。どうしてこんなものが、日本の、それも片田舎の小さな島にあるのだろうとね。なんでもヨーロッパの没落した貴族の邸宅を買って、分解して、その全てではないですが、かなりの部分を運んできて再度組み立てたんだそうです。アメリカでは大富豪なんかがよくやることですが、気候風土の違う日本でそんなことをやっても却って暮しにくいだけだと思いますがね」

「お金も掛かったでしょう?」と由里子さん。

「それはもちろん。眠宮寺家の先代は軍部への食い込みに成功したんですよ。元からこの辺り一体の大地主の上に、戦前に軍部と結んだのですから、一時期は大変な権勢を誇ったそうです。そうそう、この島にも軍の秘密兵器の研究施設の誘致しましてね。軍の金で港湾の整備をさせたり、港にベンチなど置いた公園を造らせたり。分解した館も軍の資材に紛れ込ませて、輸送費を浮かせたりした、なかなか計算高い人物だったようです」

「今にお話しに出てきた軍の秘密兵器とは何です?」と真剣な間差しで城田が問う。

「今で言うバイオ・ケミカル・ウェポン、生物化学兵器と言う奴です。昔は隔離施設と言っても適当ですからね。万一漏出事故があっても、離島なら封じ込めも容易い、そんなことを言って誘致したそうですよ。それと、この島に固有の真菌類に何か、兵器になりそうなものがあったとも言います。先代はそんなことにも興味があったらしい」

「なるほど、そんなところに眠宮寺博士の菌類学者としてのルーツがあったのですね」

「そうなのでしょう。しかし、その先代も敗戦後は軍部との関係の深さが、今度は仇になりましてね。公職パージや財産没収で、地位も名誉も、財産も失ってしまい、最後は精神に異常を来して、自分で造った館の一室に閉じ込められて生涯を終えたそうです」

「ふうむ」と城田は難しい顔をし、由里子さんは、「なんだか、お気の毒ですね」

 医師はそれにうなずいて見せ、

「驕れる者も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし、ですよ。ハハハ」

 由里子とともに、釣られて微笑んだ城田青年、その表情を引き締めると、

「では、旅装を解いたら、一度、眠宮寺博士のお宅へうかがってみようと思います」

「それがよいでしょう。わたしから紹介してあげられればよいのだが、わたしなぞは、例の鉄吉に門前払いを喰った口なのでね」

 快活に笑う医師からカメラが城田と不安げな由里子に切り替わったところで、この場面はお終い。

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