映画「悪女とキノコ人間」
南枯添一
第1話
クレジットタイトルが終わり、最後っ屁とばかりにジャアアーンと盛り上がったメインタイトルも余韻を引きずりながら消えていき、そのまま画面は暗転。やがて激しい風雨の音が聞こえてくる。と突然、お定まりの雷鳴が轟き、鉄格子のはまった窓が白く輝く。
カメラは招かれざる闖入者の、おずおずとした視線を真似て、雷光に照らし出された、古びた洋室の内部を舐めていく。所謂ロココ調の豪華だが、古びて薄気味の悪い調度は、到底二十世紀の日本のものとは思えない。
やがて、カメラは部屋の隅の机に両肘を付いた、若い男の後ろ姿を捕える。背後からすり寄るカメラワークはあざとく、男の顔と手が映りそうになると、わざとらしく避ける。
と、ここで男は立ち上がる。画面に映るのは男の酔っているような足取りだけだが、最後に男の視線に切り替わったカメラが、壁に掛かった姿見を映し出す。カメラ=視線は怯えたようにノロノロと上に向かい、ついに鏡に映った男の顔を捕えようとした、その刹那――。
ガラガラ、ガッシャーンと雷鳴が轟き渡り、それに男の絶叫が被さる。
カメラは切り替わって、稲光が産み出した男の影だけを映し出す。男は鏡から後ずさり、嘆き悲しむ者のように、両手を頭上にかざす。
風雨と雷鳴と、男の絶叫が続く中、フェードアウト。
場面は一転。カメラは晴れ渡る青空からパンして、のどかなキャンパスの一画を映し出す。一様に、バカっぽく見えるくらいの、にこやかな表情を浮かべたエキストラ諸氏をかき分けて、カメラはキャンパスの片隅、ポツンと植えられたクスノキの木陰で、人待ち顔で佇む、若い女性を映し出す。
めんどくさいので先に告げておくと、彼女こそがこの映画のヒロイン、
清楚で若々しく、健康そうで、問題なく美しい。観客が頭の中で補正をしないと、その役には見えないと言うようなことはないが、役のイメージからすると、少し意志的にすぎる容貌かも知れない。
さて、その由里子さん。ふと振り向くと、「あら」と声を発てる。
彼女の視線の先から駆けてくるのは、画に描いたような「好青年」。今度は、本編の主人公、
「やあ、由里子さん」
ところが由里子嬢、腕を高く組むと、軽く頬を膨らました顔をぷいと逸らす。
「いやだわ。城田さんったら。十分の遅刻よ」
「いやー失敬、失敬。研究室を出ようとした、ちょうどその時に電話が入ってしまってね」
「まあ。言い訳は、謝ってからなさった方がいいと思いますけど?」
「ああ、いや……。これは一本取られた。申訳ない。これこの通り、謝ります」
彼は合掌して頭を下げ、「こんなもんでいかが」とばかりに彼女をうかがう。彼女の方は鷹揚にうなずいて見せてから、
「まあ、そうまでおっしゃるなら仕方がありませんわ。今度だけは、許して差し上げます」
「かたじけない」
ここで二人は顔を見合わせて、「あははははは」。
……………………そこ、死んだ魚の目付きにならないように。昔の邦画はこれが普通なんだから。さて、気を取り直して。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
と言うんで、進みかけた由里子さん。けれども、ふと顔を伏せると、
「城田さん……あの、兄のことは?」
「ああ」城田青年の方も、今までの陽気さを拭うように消して、真顔になり、「――いや。その話は落ち着いて話せる場所に行ってからにしましょう」
場面は変わって、喫茶店の片隅。二人掛けのテーブルに相対して座る由里子と城田。由里子の前には紅茶のカップがあるものの、手も付けていない様子。城田の方はコーヒーカップの脇にハガキらしきものを置いて、その文面を睨んでいる。
「この浅黄から来た最後のハガキには、このまま北上して青森まで行き、そのまま北海道へまで渡ってみるつもりだと、確かに書いてある。けれど、いろいろ手を尽くして調べて貰ったのですが、札幌や室蘭の、どの知人のところにも浅黄は顔を出してない。青函連絡船にも乗っていないようだし、そもそも青森に立ち寄った形跡もないのです」
「そうなんですか……」
「このハガキは本当に浅黄のものなんですか?」
「ええ。間違いなく
「うーむ」腕組みをして考え込んだ城田は思いきったように顔を上げて、
「僕は
「ええ? 宇墨島?」
「そうです。消印から見て、このハガキは宇墨島の近くから出されたものです。浅黄が宇墨島に行ったことは間違いありません。問題はそこから先です。宇墨島で、あいつは消えてしまったかのようだ。宇墨島で何かがあったと僕は思います。その何かをこの目で確かめようと思うんです。幸い、明日から大学の方も休みになりますから」
「そうですか……」由里子嬢もまた決心したように、「城田さん。わたしもご一緒します」
「ええ? 由里子さんも」
「兄の行方を突き止めることは、本当なら、わたしの仕事なんです」
「うーん。しかし、それは」
「ご迷惑ですか?」
「そんなことは――」城田青年、一つうなずいて、「分りました。一緒に行きましょう」
「よかった」
「でも、由里子さん、一つ約束してください。そんなことはないと思いますが、万が一、危険なことに巻き込まれるようなことがあったなら、その時は僕の指示に従ってくださいね」
「ええ」
「あなたのもしものことがあったなら、僕は浅黄に合わせる顔がない」
「ええ……でも、城田さん、どうして、兄はその島へ行ったと言い切れるんです? その宇墨島には一体何があるんです?」
「ああ」城田青年、しばし考え込んで、「由里子は浅黄から
「それは何度も」と由里子さん、深くうなずいて見せて、「偉大な天才で、菌類学者の王とでも言うべき人だと」
「菌類学者の王?」彼は苦い表情を作って、「なるほど、浅黄が言いそうなことだ」
「違うんですか?」
「いや、間違ってはいません。間違いなく眠宮寺博士は天才です。ただ――」
「ただ?」
「いや、この話はまた今度にしましょう」てな感じで、引きを作ったところで、
「中央を引退した博士が引きこもった先が宇墨島なんです」
「じゃあ、兄はその眠宮寺博士のところへ?」
「僕は、彼の旅行の目的そのものが眠宮寺博士だったのではないかと疑ってるんです」
そう言ってうなずく、城田青年のどこか不安げな眼差しに、画面を過ぎる列車の画がオーヴァラップして――。
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