第14話
「クローリオ様、現時点で前方180度、2km先までの平原には野生生物以外の動体は確認できません」
「それより先はどうなんだ」
「野生生物から外れる熱源はございません、せいぜい人と同サイズの動体が木の上で団子で寝ている程度でしょうか」
「猿か何かか?」
「申し訳ございませんが、ウズメアイはもっふもふの団子になってるおさるさんをみるので忙しいのであります」
「了解した、猿なんだな……撮影して事が終わったら見してくれ」
「欲しがりさんですねぇ、しかたないにゃぁ」
夜、村入り口に建てた即興の見晴らし台の上でそんな会話をしつつ黒江は過ごしている。
昼に大まかな方針を決めた後、起きたばかりだった黒江は再び寝ることになったため、その間に起きた出来事をウズメに聞く前提ですぐにこの日が沈む前に完成した見晴らし台に来たのだが最初の会話が今のものだった。
「それはそれとして、監視しつつでいいから報告頼む。俺が寝ている間何か起きたか、どういう復興支援をしたのかの2点でいい」
「特に事件はありません。騎士団の皆さまは気力充実といったものを感じられ、村人の方々はストレスで少しずつ消耗してきております。復興支援に感してはトイレとお風呂、そして食堂を作りました」
「ストレスに関しては想定通りだし、衛生面と食事面の補助を優先したのか」
「はい、衛生面に関しては医務屋だけでは不十分でしたし、もとよりこの村では排便を肥料に変換する魔法を活用していたらしいので優先しました。お風呂もその作業の後と医務屋での治療難度の緩和を目的でありますし、食堂も肉体的、精神的両面における栄養の改善が見込めますので」
「暖かい美味い食事はそれだけで治療になるときもあるからな、了解した」
ウズメの報告を聞いた黒江はかがり火が点々とする村のほうを見やる。
教会広場の正面、土台だけ残していた住居跡の部分がそれぞれ真新しい木造の建物が建っているのが確認できる。それが報告にあった食堂と浴場だろう。
トイレに関しては教会と畑の間、灯りが少なくなっているが騎士の一人が松明をもって立っている場所にやはり真新しい小さめの建物があるため、それがトイレだろう。
まだ瓦礫ばかりの南部――地図に起こした際に教会を北としたため便宜上の方角だが――にもかがり火が点在しているのは崖からの奇襲対策というのがわかる。
「正面以外、村に接する崖上も確認しておりますが今のところ熱源は確認できておりません」
「野生動物もか」
「はい、鳥さんや鹿さんなども確認できていないです。後方の森から害獣指定の動物の姿も確認できておりません」
「それは害獣除けの魔法が生きてたんだろ、こっちの人里では常備されて当然の代物だからな」
本来なら真っ先に確認すべき事項であるが、それ故に騎士団が到着した際黒江から事情を聴いている間に部下が確認を済ませていたため特別話題にしなかった。
これは忘れていたわけではなく、クロークの提示した騎士団配置を見たうえで後方にも即応できる騎士が2名配置していたため、何か問題が発生した場合照明弾、またはそれに該当する魔法による連絡を行うことを徹底するだけでよかったためである。
「しかし皆さん会議やミーティングなどはさっさと切り上げてしまってよろしかったんでしょうか」
「状況的に大それたことなんてできないし、打って出るのは下策なのが双方理解していたからな、できることは籠城だけなんだから後は配置とローテーションを決めて陣地構成と村人へのケアを詰めればいい」
「そういえばこの国の騎士団というのは隊単位での呼称でありましたか」
「だからクロークも騎士団長とは言え決定権はそれほど大きくはない、むしろ俺よりも少ない可能性すらある。だからこそ現場判断の即応性はそれぞれ認められているし、クローク自身が俺を中心として会議を組んでるんだろうさ」
「わかれば単純ですね、この辺は既に条約の取り決め内なんでしょうか」
「今の話の内容に関しては割と国交初期からだな、現地に権限を残す形……現場で該当人員に与えられている権限によって主導権を決めていいことになってる、この際の提案、決定権は現地団体に与えられてる」
「こちらに拒否権は」
「無論ある。生存権等の人権を著しく損なう内容は拒否していい、まぁ今回のような状況でしか使われない協定だからお互いが虚勢を張ったら割とこじれる」
その点クロークは実直で誠実な人間といえる。
初めからこちらに全体指揮権を譲りつつも、自身の部下への指揮系統を維持して円滑に進むように提案してきていたからだ。
「随分と現場に配慮していますね、政治家らしくもないです」
「お前のAIを組んだ奴が楽しい奴なのはわかったが、どちらも問題の元凶になりやすい現場での取り決めを重要視した結果だな、たった数人の問題行動で国交が悪化につながりかねない要素をつぶしたと思えばな」
「それこそな気がします。現場の粗末ごとに上が掛け合うとはウズメちゃん不肖にも思えないのですよ」
「俺たちのほうは大破壊以前からの民主主義、ついでに言えば軌道エレベーターができてから衛星軌道からこっちの空撮ができるようになっちまったからな」
「あぁ民衆支持ですか」
「無編集で流すだけでも効果的な政権転覆や交代の材料になりうるからな、あれができるまでは結構現場は大変だったらしい」
「ではあちらは?」
「単純すぎる、戦力の問題」
「あぁ、人型PDAには騎士団全員でかかる必要があるうえに箱がありますし」
実のところ軌道エレベーター以前からも人型PDAの記録データは開示規定があったため事後ではあるが政権にダメージを与えることはあったらしい。
「黎明期ならヒャッハーがいても不思議ではありませんからね」
「記録だといたらしいから否定できないのが悔しい……」
「くっころでもあったのでしょうか、ウズメちゃんその辺照会してないし権限がないのです」
「くっころは、まぁあった。それだけなら多分政治家連中は揉み消しただろうがそこからが問題だったんだよ」
その事件の顛末はこうだ。
民間人がヒャッハーに襲われているところ、挟み撃ちをするため治安監視委員の女性は人型PDAと別行動で正面から交渉した。
その女性が人命を必要以上に大切にする性格だったのが不幸の始まりで、村人の命を助けて欲しかったら奉仕しろという言葉を信じてしまったことがいけなかった。
作戦通り裏に回っていた人型PDAが到着したときは既にヒャッハーや治安監視委員の女性はおらず、人質になってた村人は皆殺し。
箱に搭載されているGPSのデータから集団のアジトを襲撃して救出したときには女性は既に廃人状態であったのだ。
「それなら政権にダメージはあるでしょうし、当該国にも表向きの制裁だけなのでは?」
「別れるとき女性はこう指示していたんだ『武装勢力を鎮圧する』ってな」
「それのどこが悪いので?」
「武装勢力を指定していなくてな、その国の武装勢力に該当するもの全部蹂躙して滅ぼしちまったんだよ、停止命令出せるのが廃人になってたからな」
「やだウズメちゃん怖い、私そんなことできません。さっさと本部が停止しなかったのが悪いです」
「不幸なことにタケミカヅチだったらしくてなぁ、本部が気づいたときには既に国土の4割蹂躙済みで、緊急停止プロトコル承認が通ったときには7割まで行ってたらしい」
「そこまでやっちまったのなら条約でガチガチになるのも当然とも言えますね。ウズメちゃん達にも人の命を大事にしないやつは殲滅程度しかプログラムがないのも納得です」
「治安監視委員の教本にもこの場合の対処が記載される事件だったからな、人質取るやつは出力絞ってさっさと燃やすに限るって文章を教本に載せたやつは一度殴られるべきとは思うが」
「あ、熱源が増えてます。この大きさは……戦車じゃな?」
ウズメの言葉通り、街道付近に夜でも見えるレベルの砂埃が上がっていた。
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